夢守りのメリィ

どら。

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100.夜の街(前編)

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一行が辿り着いたのは、木々の枝葉が天を覆い隠すように茂る深い森の中。
昼間にもかかわらず、街路に光はほとんど射さず、淡く灯る魔法灯の下、石畳の影が長く伸びている。

「ここが……“夜の街”ですか」
タカチホが感嘆のような息を漏らしながら、周囲を見渡す。
高く積まれた黒石の建物。赤い硝子窓がちらちらと灯を映し、まるで星空が逆さに落ちてきたようだった。

「ホントに、昼間なのに夜みたいです……!」
「ワクワクしますね!」
双子は目をきらきらと輝かせながら、シーダの手を取って歩いていた。シーダも不思議そうに周囲を見回している。

「黒い木の森……聞いたことはあったが、実際に見るとすげぇな」
ワノツキは首をかしげながら、頭上の覆いかぶさるような木を見上げた。
「ほとんど空が見えねぇ。太陽のありがたみが分かるぜ」

「ですが、闇を好む者にとって、ここは心地よい場所という訳ですネ」
タカチホはそう言って、近くを通り過ぎた人影に目を向ける。
すらりとした体躯、肩口から大きな翼膜がのぞく人々が多く行き交う。
――彼らは蝙蝠族だ。

「果物を主に食する者が多いと聞くが……中には、血を求める者もいる」
ズメウが呟く。

「……そんなヤツらが街の中をうろついてるってわけか。用心しないとだな」
ネロがメリィの手をさりげなく取る。
その動きに、双子がすぐにピクッと反応したのは言うまでもない。マヌルとメルルは瞬きもせずじとりとネロを見ていた。

やがて、街の中心部にある宿へとたどり着く。
宿屋は古びていたが、丁寧に手入れされており、軒先には赤紫の葡萄のような果実が吊るされていた。

「いらっしゃいませ。珍しいお顔ぶれですわね」
出迎えたのは、くさび石のような美しい目をした女性。年は四十を過ぎた頃だろうか、口元に品のある笑みを浮かべていた。

「旅の途中でして、一泊させてもらえますか?」とメリィが尋ねると、女将は頷いて、部屋の鍵を渡してくれる。

だが、その手を止めて、ふと視線をメリィ、メルル、マヌルへと移した。

「そうね……お嬢さん方」
少し声を落とした。

「この街は夜になると、本当の意味で“目を覚ます”場所です。蝙蝠族には穏やかな者も多いけれど、夜が深くなるにつれ、血に飢えた者も目を覚まします。女の子だけで出歩く事は、くれぐれもなさらないように」

その忠告に、双子はぴたりと足を止め、シーダの肩にぎゅっと手を添える。

「だいじょうぶですっ。メルルたち、姉さまをぜったい守ります!」

「ボクも、ちゃんと守るです、から!」

「ははっ!そう言って前伸びてたのは誰だかな……お前らのそういう気持ちはありがてぇけどよ」とワノツキは双子の頭を無造作に撫でた。

「大丈夫ですヨ~。小生もこう見えて意外と頼れる薬師ですのデ」とタカチホは袖から香草の束を見せる。

「安心して。わたしも皆と一緒にいるから。大丈夫」
メリィが笑顔で応えると、女将は小さくため息をついて微笑んだ。

「ええ、その“皆と一緒”というのは、とても大事なことですわ。……どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」

こうして、一行は“夜の街”に足を踏み入れた。
明かりの少ないその街は、どこか妖しく、美しく、そして――静かに何かを隠しているようだった。




夜も更けた頃
宿の窓辺には仄かに灯されたランプの光が揺れている。
淡く照らされる部屋の中、カーテンの隙間から見える外の通りには、音もなく人影がすれ違っていた。

部屋の扉が、静かに閉まる。
窓から外を眺めていたメリィは背後からふわりと身体を抱きしめられ、わずかに肩を震わせた。

「ネロ……?」

「あまり身を乗り出すな」
囁くような声が、耳元をくすぐった。
「闇に紛れて、誰が何をしてくるか分かったもんじゃない。お前が、誰かに見つめられるのも、触れられるのも……想像したくない」

メリィは顔を少しだけ振り返る。
その先には、淡く火の灯った瞳がある。じっと、自分を見つめていた。

「だ、だからって……今、そんなにぎゅうって……」
メリィの頬はほんのりと赤く染まる。

ネロは腕を緩めるどころか、むしろさらに抱き寄せた。
「マーキングだ」
悪戯っぽく言って、首筋に唇を寄せる。
「ここも……それから、ここも。オレのだって、分からせておかないと」

ネロの手が、ゆっくりと肩から腰へと滑り落ちていく。
上着越しでも分かるくらいの、はっきりとした輪郭を確かめるように。

「ちょ、ちょっと……ネロ……?」

「たまには……お前の全部がほしくなる時だって、あるんだよ」

切なげなその言葉に、メリィの胸がどくん、と跳ねた。
息を詰めて見上げれば、目の前にいるのはいつものネロ。
だけどどこか――獣のような気配を纏った、欲に曇る影がある。

ネロはメリィの頬を撫で、指を顎に添えて、ふわりと唇を重ねた。
深く、けれど優しく、重ねてはすぐに離れてしまうような、そんな口付け。

「お前が欲しい。でも、ちゃんとお前が"いい”って言うまで待つ」
「待つから、逃げんなよ」
そう言ってネロは、メリィの髪に顔を埋めた。
まるで安心を求めるように、ぬくもりを吸い込むように。心を落ち着けるように。

メリィは――顔を真っ赤にしながら、ネロの胸に額を預ける。

「……ネロは、ずるいよ……」
「知ってる」

その夜、ふたりは手を繋いだまま、しばらく何も言わずに灯りの消えた部屋の中に佇んでいた。
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