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101.夜の街(後編)
しおりを挟む翌朝。
早朝の空気に混じって、メリィたちの宿には緊張が立ち込めていた。
「メルルとマヌルが、いない……?」
メリィが呆然と呟く。
確かに、昨夜隣の部屋で寝ていたはずの双子の姿がどこにも見当たらない。
ネロやワノツキたちが他の部屋や宿の裏口を確認するが、痕跡すらない。
「シーダ、起きて……」
メリィが小さな肩を抱き起こすと、シーダはゆっくりと瞼を開いた。
目を擦りながら、かすれた声で告げる。
「……ボク、ばしょ……わかるよ」
そう言って、小さな指をまっすぐと窓の向こうに向けた。
**
シーダの案内で、一行は朝霧に沈む夜の街を歩いた。
黒い木の並木の先、古びた蔦に覆われた洋館が静かに佇んでいる。
「……ここか?」
ネロが低く呟く。
扉に鍵はかかっていなかった。軋む音と共に開くと、中は最小限の灯りだけが灯り、どこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。
「気をつけろ。何が出てくるかわからねぇぞ」
「了解でス、隊長」
ワノツキの声にタカチホが冗談めかして返すが、その目は鋭く警戒を解かない。
シーダは黙ったまま、左の通路を指差す。
そのまま一行が進んだ先の部屋の前で、シーダの指が扉を指す。
「ここ……」
顔を見合わせた仲間たちは、息を合わせて一気に扉を開いた。
「メルル!マヌル!大丈夫か!?」
ワノツキの声が響く。
「ひゃわぁっ!?」
中から聞こえた声に、皆が思わず動きを止めた。
部屋の中では――
メルルとマヌル、そして見知らぬ少女が、優雅にお茶とお菓子を楽しんでいた。
「おん…?どういうことだ……?」
ワノツキが困惑して呟く。
ネロも眉を寄せ、メリィは呆然と立ち尽くす。
「あ……え?もう朝です!?」
「暗いままだったから気付かなかったです!」
双子はきょとんとしながらあわてている。
そして、見知らぬ少女がふわりと立ち上がり、メリィに視線を向けた。
「マヌル様、メルル様。此方が、あのお話されていた……?」
「そうですっ!姉さまです!!」
双子がにこにこしながら紹介する。
少女は薄紫色の髪を揺らし、スカートを摘まんで優雅に一礼した。
「私、ジョアンヌ・フォン・ブローディアと申します。お二人をご相談無しに連れ回してしまった事、深くお詫び申し上げます」
「……貴族か」
ネロが警戒し呟くと、ジョアンヌはにっこりと微笑む。
そして再び視線をメリィへ。
「お二人からお話は伺っていましたが……本当に可愛らしい方ですね」
そのまま、一歩。
気づけばメリィの鼻先まで近づいていた。
「ここ……と、ここ……跡が残っていますよ」
白い指先がつうっと首筋を撫で、耳元で甘く囁く。
「本当に……愛されていらっしゃるのですね」
「~~~っっ!!」
メリィは顔を真っ赤に染め、慌てて首元を両手で隠す。
その隙に、ジョアンヌはいつの間にか双子の隣に移動していた。
「お二人の言う通りでした!!なんて情熱的な恋路でしょう……もっと詳しくお話、聞かせていただきたいわ!何でしたら私、このお話を書物にしますわ!!」
その宣言に、ぽかんとする一行。
「お前らなぁ……」
呆れたようにワノツキが額を押さえる。
「恋バナですか~! その話、小生も混ぜていただきたいですねェ♪」
タカチホは軽く手を打ち鳴らしながらニコニコしている。
「……何だその花は」
恋バナを花と勘違いしているズメウの腕に抱かれたシーダは、すやすやと寝息を立てていた。
紫水晶のような瞳は閉じたまま、夢の中で安心しているように。
ネロはため息をつきながらも呟く。
「……まぁ、二人に何もなかったんなら、いいか」
だがその横で、今まさに顔から火が出そうなメリィが叫ぶ。
「ぜんっぜんよくなーーーーーーーい!!!!」
朝の静けさを切り裂く叫びに、街の鳥たちが一斉に羽ばたいたのだった。
ーー
「――昨晩、姉さまの部屋から声がしたのです!」
「メルルとマヌルで、窓からこっそり聞き耳を立てていたら鬼畜さまの声が聞こえて……」
頬を赤らめながらも誇らしげに言う双子に、メリィの顔はさっきまでの赤さからさらに倍増していた。
「ふふっ」
微笑んだのは、双子の隣に佇む薄紫色の髪の少女――ジョアンヌ。
「その時、たまたま宿の前を通った私が、お二人を見かけまして。
……いけませんわね、良い所で声をかけてしまったのでは?」
「確かに……あの後どうなったのか気になります!!」
嬉々としてメリィを見る双子。
ジョアンヌは扇子で口元を隠して微笑んだ。
「私、体質の関係で陽の下へは出られないのです。だからこそ、旅人の方々から聞くお話が、唯一の楽しみでして。特に……恋バナは!!」
そこだけやたらと語尾が強くなったのは、きっと情熱の現れだろう。
「……この街で、悪夢関係の話は聞いたことないか?」
ふと、ネロが話題を切り替えると、ジョアンヌは首を横に振った。
「いいえ、あまり聞きませんね……そういえば、悪夢かどうかは分かりかねますが……隣村に、“人を飲む沼”があるという噂は耳にしました。
何人も行方知れずになっていると……そんな恐ろしい沼近付かなければ良いのに、奇妙な話です」
「人を飲む沼……」
タカチホが顎に指を当てる。
「スライム系の亜種か……いや、悪夢の影響で変質した地形、あるいは……」
「村の人が困ってるなら、わたし達で解決できたほうが良いよね!」
メリィが前のめり気味に言うと、ネロがやれやれと肩を竦めた。
「おまえはそう言うと思ってた」
「と・こ・ろ・で」
タイミングを見計らったかのように、ジョアンヌがぐっとメリィに身を寄せた。
「お二人の……初キッスは、いつ頃ですの?」
「~~~~っっ!?!?」
再び頬が真っ赤になるメリィ。
隣で双子は目を逸らしているが、尻尾と耳がだだ漏れに反応している。
興味津々なのがありありと分かる。
「……ひ、ひみつっっっ!!」
メリィが叫ぶと、ジョアンヌは満足そうに微笑んだ。
ーー
旅立ちの朝。
宿の前にはジョアンヌと、少し名残惜しそうな双子の姿があった。
「お手紙、いっぱい書きますからねー!!」
「恋の進展もいっぱい書くのですー!」
双子は彼女とすっかり意気投合し、文通を約束していた。
「近くに梟を飛ばしておきますわ。お手紙は其方に。旅路の話も恋の進展も、楽しみにしております。……特に、恋の進展を!」
再び恋の話になると語気が強まるのはジョアンヌらしさだろう。
「……圧がすごいな」
ネロが苦笑しながら言い、
「じゃあ、またね!」と手を振るメリィに、ジョアンヌは静かに礼を返した。
一行が街を離れ、姿が見えなくなったその時――
夜の街に、ひんやりとした空気が走った。
「……よろしいですか」
ジョアンヌは立ったまま、凛とした声で告げる。
「彼らを害する者があれば――私自ら罰を与えます」
その声音に甘さはなく、まるで氷の刃のような気迫が宿る。
ひるんだ街の住民たちが道を空ける中、
ジョアンヌはスカートを翻し、洋館の中へと静かに戻っていく。
ジョアンヌ・フォン・ブローディア。
夜の街を統べる領主。
見た目は可憐な少女――
だがその実、推定年齢は……
……夜の帳に包まれ、真実は静かに、誰にも告げられることなく消えていった。
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