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108.白に覆われる街
しおりを挟む夜が明けた。
けれど、光は差さなかった。
窓の外は真っ白な雪と吹き荒ぶ風に閉ざされ、景色はまるで、塗りつぶされた絵のようだった。
時折、軋む音を立てて軒先の氷柱が揺れる。その向こうでは、幾重もの雪が風に流され、空と地を曖昧にしていた。
「……ひどい吹雪ですねェ」
ため息混じりに呟いたのは、タカチホだった。
宿の一室――地図と手帳を広げたテーブルには、ズメウとネロが向かい合って座っている。淡々と地形を読み解くズメウに対し、ネロは難しい顔で顎に手を添えていた。
「この天気じゃ、今日は動けそうにないな」
「決断は正しい。視界も効かんし、吹雪の山道で足を取られたら、命取りだ」
宿の別室。
布団を山のように重ねた中から、双子の頭がぽこぽこと覗いていた。
マヌルとメルルは背中合わせに丸まり、中心ではシーダが竜の姿で眠っている。
「シーダくん、あったかいですねぇ……」
「湯たんぽみたいです……」
「くすぐったいよ……」と眠たげに呟くシーダ。双子の尻尾が触れる度、どこかくすぐったそうに笑っていた。
窓の外は雪で真っ白。風の音を聞きながら、三人の寝息が重なるようにふわりと静まる。
「……明日は、お外に出られるかなぁ」
「星、見たかったですよね……」
「うん。でも……ここ、安心するね」
ゆるやかな時間が、そこには流れていた。
メリィは窓辺に腰掛けていた。片膝を抱え、外の景色を見つめている。
白い景色。どこまでも続く、音のない世界。
「……メリィ」
声に振り返ると、ネロが部屋に入ってきていた。
彼は何も言わずに歩み寄り、そのまま、メリィの肩を抱くように腕を回した。
「何か見えるか?」
「……ううん。あんまり。でも……」
窓をそっと開ける。吹き込む冷たい風に、ふたりの髪が揺れた。
「……雪の結晶、すごく綺麗なの」
差し出したメリィの手の上に、小さな結晶がふわりと舞い落ちた。
光を透かして、ほんの数秒だけ輝いて――それは、ふっと溶けた。
「……儚いね」
「凍えちまうぞ」
窓を閉めたネロの指が、メリィの頬をそっとなぞる。
思わず声が漏れたメリィは、その手を両手で包んで、くすっと笑う。
「ネロ、冷たい……お風呂でも沸かそっか?」
「いや……」
ネロは、そっとメリィを抱き上げる。
「オレは、おまえの熱で温まりたい」
「ちょっ、ネロ……!?」
そのままふわりとベッドに倒れ込む。
ネロの体が重くのしかかって、メリィは顔を真っ赤にしてジタバタする。
「ネロ、重いってば……! 潰れちゃうよ……!」
「少しだけ……こうしてろ」
「……もう……しょうがないなあ……」
メリィは小さくため息をつきながら、腕を伸ばしてネロを抱きしめ返す。
やがて、ふたりの寝息が、静かに重なった。
そのぬくもりだけが、吹雪の朝に灯る小さな火のようだった。
* * *
その少し前――
「……次の目的地の話だが」
部屋の隅で、ズメウとタカチホが向かい合っていた。ネロもまたそこに腰を下ろしている。
「シェプエングイナー……覚えていますか?」
「……あの教会があった場所か」
ネロの表情が強張る。
夢守り達が悪夢に操られていた悍ましい光景の、あの場所。
「あの場所で小生、ネロサンの弟とお会いしました」
「……は?」
「やっぱり驚きますよネ。ツヅリの時といい、小生のスカウトにいらっしゃいましてネ。もちろん丁重にお断りしましたが」
「シュヴァルが……?」
ネロは呆気に取られていた。
「あと…もう一つ。」
タカチホは少し声を落とした。
「黒の魔王についてお話しされて行きました。黒の魔王は、白の魔王の番とされている。
黒の魔王は白の魔王が眠りについた後、深い悲しみに沈んだ。流した涙は湖となり、黒の魔王は今も湖面の底で嘆き続けている、と」
「黒…?白じゃなくてか?」
「小生も全く同じことを言いましたヨ!」
「前置きが長い。その黒のとやらと縁がある場所がこの先にある…という事だろう?」
ズメウが目を細めて言う。
ズメウが言うと、「ええ正に」とタカチホが返した。
「次の目的地はワーネスという湖です。その湖こそ、黒の魔王がいる場所だと。彼はそう言いました。――メリィサンを連れて行くようにと」
「罠だな」
「ええ。ですが、小生、あの男を信じてはいません。ただ……あの目は、何かを知っている者のそれでしたヨ」
そう言うタカチホは一つ深呼吸をする。
「何か、良からぬ事が近付いている気がしてなりません……ネロサン」
タカチホはわずかに言葉を区切った。
「どうか、メリィサンから目を離さないでください」
吹きつける風の音が、言葉の後をさらっていった。
やがて、眠る者と眠れぬ者が入り混じる部屋で――
その雪の朝が、静かに更けていった。
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