夢守りのメリィ

どら。

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109.黒の魔王(前編)

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夜の風は冷たかったが、ようやく一行は湖畔の村へと辿り着いた。
吐く息は白く、街灯の光に照らされた湖面が遠くにちらちらと揺れて見える。
湖のすぐ傍にある小さな宿は、古びているが温かい明かりを灯していた。

「……やれやれ、寒かったですネ」
「はやく、あったかいとこ入りたいですよ~!」
「メルル、マヌル、がんばってもうちょっとだよ」
笑い混じりの声とともに宿の扉を開けると、中から柔らかな光と木の香りが迎えてくれる。

「ようこそ。旅の方かい?こんな寒い中、大変だったでしょう」
宿の主人はふっくらとした体に優しい声の持ち主だった。
上着についた雪を払ってくれながら、「これでも飲んで温まりな」と湯気の立つホットミルクを差し出してくれる。

「……ん、あったかい」
「「甘くて美味しいです~!」」
双子とシーダも、ようやく表情を緩めた。
張りつめていた空気が少しだけ、和らいでいく。

ワーネス湖へ行くのは明日、日が昇ってからにしようということで話がまとまり、一行はそれぞれの部屋へと散っていった。

メリィの部屋には、小さなストーブが置かれていた。火が優しく揺れ、窓からは遠く湖が見える。
外套を脱いでハンガーに掛けながら、メリィは微笑む。

「宿の人、優しい人でよかったね」
「ああ」
短く返すネロの声には、どこか力がない。
メリィが振り返ると、ネロは部屋の隅に立ったまま、目を合わせようとしなかった。

「……ネロ?」
声をかけても、返事はない。
けれどその沈黙が、何より雄弁だった。

「ねぇ、何か……隠してる?」
ゆっくりとネロの前に立ち、メリィは真っ直ぐにその目を見つめた。
ネロはわずかに肩を揺らし、やがて観念したように息を吐いた。

「……タカチホから聞いたんだ」
ネロの声は低く、少しだけ震えていた。
「この湖には、黒の魔王がいるかもしれないってシュヴァルが言ってたらしい……」
「黒の魔王…?」
「黒の魔王が流した涙は湖となり、黒の魔王は今も湖面の底で嘆き続けている……とかたしか言ってた。白の魔王とも関わりがあるって」

メリィの桃色の瞳が見開かれた。
けれど、そのままうろたえることはなかった。

「……シュヴァルが絡むと碌なことがない」
ネロは言葉を続けた。
「だから、おまえをここに連れてくるのも……正直、悩んだ。もし何かあったらと思うと……」

その顔は、どこか痛みを堪えるようだった。
けれど、そんなネロの頬に、そっとメリィの手が触れる。

「大丈夫だよ、ネロ」
「……え?」

「だって、ネロが一緒にいてくれるでしょう?」
迷いのない瞳が、ネロの目を真っ直ぐに見つめ返していた。
そこには、不安も、怯えもなかった。ただ、信じる気持ちだけがあった。

ネロはしばらく黙ってから、メリィの手に自分の手を重ねた。
その手は、冷たかった。けれど、それ以上に――温かかった。

「……そんなの、当たり前だろ」

小さな笑みが、口元に浮かぶ。

この手を離さなければ、きっと、大丈夫。
二人の心がそっと重なったその瞬間――

──湖面が揺れた。

誰も見ていない夜の湖。
静かな水面に、ぽつりと、一つの波紋が広がった。

それはまるで、何かが“目覚めた”かのように。
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