夢守りのメリィ

どら。

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114.一晩の出来事

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春の陽射しがやわらかく街道を照らしていた。
風車の街を出発した一行は、次なる目的地を目指して緩やかな丘を歩いている。

街道はよく整備されており、行き交う人の姿も多い。巡礼者、商人、旅人、家族連れ──さまざまな人々が思い思いの荷を背負い、前へと進んでいる。
道の両脇には野の花が咲き乱れ、春の甘い香りが鼻をくすぐった。

「人がいっぱい歩いてますねっ!」
「びっくりですー!」
双子はきょろきょろと周囲を見渡しながら、楽しげに話している。
その後ろからズメウが、やや困ったように二人の背をぽんと押す。

「前を見て歩かねば危ないぞ」
「はーい!」
「はぁーい!」

シーダも小さく手を挙げて応え、子竜の尾がリズミカルに揺れる。

「この先にある街には、大聖堂があるらしい」
前を歩いていたネロがそう言うと、メリィの足が少しだけ止まる。
「観光や巡礼で賑わう街だそうだ。なるほど、道が混んでる理由も納得だな」

「大聖堂かぁ……」
メリィはぽつりとつぶやく。
「カーラさんの話を聞いたあとだと、ちょっと複雑な気持ちになるなって……」
胸元に手を当て、遠くの空を見上げるその瞳は、どこか沈んでいた。

「……世界を、遊戯盤だと思ってるって言ってたよな」
隣を歩くネロが、メリィの呟きに答えるように言う。

「行って神に会うわけではないのですからネ」
タカチホがひょいと肩をすくめる。
「建造物を見るくらいの気持ちでちょうどいいんじゃありませン? ほーーんと思っておく位にしておきまショウ」
どこか飄々としたその言い方に、双子も頷いた。

「そうですね!おっきな建物は楽しみですー!」
「メルルも楽しみにしてみます!」

メリィが小さく笑ったそのとき、不意にネロの手が差し出される。

「不安なら、オレの手を握っていればいい」

そのまま、メリィの手がしっかりと包み込まれた。

「ネロさまじゃなく、メルルたちでもいいんですよ、姉さま!!」
メルルがそう言って、反対側の手を取ると、マヌルもそれに倣うようにメリィの腕に絡む。

「わたしの手が足りなくなっちゃう……」
そう言いつつも、どこか嬉しそうなメリィ。

「我でも良いぞ」
背後からぬっと顔を覗かせるズメウがひょっこりと姿を見せた瞬間──

「ズメウさまは、シーダとおてて繋いでてくださいっ!!」
マヌルの声に、ズメウがわずかに眉をひそめる。

「……解せぬ」

その呟きに、一行の中から笑い声が広がっていく。


***


夕日が西の空に沈みかけていた頃、一行は街道沿いの宿屋を見つけた。
目的の街まではもう少しだったが、暗い中を無理に進むよりも、一泊して英気を養う方が得策だと判断したのだ。

素朴な木造の宿は小さいながらも清潔で、春の冷え込みを避けるには十分だった。
それぞれが部屋に案内され、旅の疲れを癒すように静かに休息の時間へと入っていく。

メリィとネロも二人で部屋に入り、ほっと一息ついていた。
そんな時──

……こん

控えめなノックの音が扉を叩いた。
扉を開けると、枕を両手で抱えたシーダが立っていた。心なしか、いつもより少し元気がない。

「……どうした、シーダ?」
ネロが尋ねると、シーダは少しだけ顔を伏せ、それからぽつりと口を開いた。

「今日は……父さま達と一緒だと、ビリビリする……。だから、メリィと寝たい」

「珍しいな」
ネロは少しだけ眉を上げたが、それ以上は何も言わなかった。

「ネロ、いいかな……?」
メリィが問いかけると、ネロはあっさりと頷いた。

「ああ。構わない。……けど、あいつらが心配するだろ。こっちに来てるって伝えておく」

そう言ってネロは部屋を出て行った。
その間に、シーダはメリィのそばにぴとっと寄り添い、ふわふわの毛に顔をうずめる。

「ふわふわ……やっぱり、メリィが一番安心する……」

「よかったね、シーダ。今日は一緒に寝ようね」

メリィがシーダの頭を優しく撫でていると、ネロが戻ってきた。
やがて三人は布団に入り、シーダを真ん中に挟む形で並ぶ。

「おやすみ、シーダ」
「おやすみ、メリィ、ネロ……」

シーダの寝息はすぐに規則正しくなった。
小さく丸まった子竜の身体は、ぬくもりを保ったまま、静かに夢へと沈んでいく。
メリィとネロも、手を繋ぎ、小さくおやすみを交わしてから目を閉じた。


──そして翌朝。


「……ん、くるし……」

メリィは息苦しさに目を覚ました。
何かにぎゅっと挟まれているような圧迫感。
顔を上げると──目の前に、見知らぬ青年の顔があった。

「!?!?!?」

声にならない悲鳴が喉に詰まる。
そのとき、布団が揺れ、青年のまぶたがゆっくりと開いた。

「ん……メリィ……?おはよう……」
「……え?」

青年はまだ眠たげな顔でメリィを見つめる。
澄んだ紫の瞳が、まっすぐに彼女を見つめていた。

「メリィ、小さくなった……?」

「……し、シーダ……?」

呆然と呟くメリィに、青年──否、かつて子竜だった彼がこくんと頷く。

「……は」
布団の隣で目を覚ましたネロが、間の抜けた声を出す。
青年の姿を見て即座に警戒し、枕元の短刀に手を伸ばそうとしたが──

「待ってネロ!!シーダだよ!!」

メリィの声に、ネロの手が止まる。
そして彼の顔に、ようやく状況を飲み込んだ気配が浮かんだ。



「成長期だな」
ズメウはいつも通りの無表情でそう言った。

シーダの姿を確認するため、一行はズメウとタカチホの部屋へと移動していた。
変わったのは姿だけではない。声も、雰囲気も、どこか年長びていて──だがその奥にある優しさは変わらずだった。

「ビリビリしたと言うのは、同種である我との力量差を、無意識に感じ取ったんだろう。そういう威圧感は成長の妨げとなる」
ズメウは軽く顎に手を当てながらそう言う。

「にしても、ホント突然大きくなりましたねェ……」
タカチホはまじまじとシーダを見上げる。
「竜の姿も大きくなられてるんでしょうネ?」

「見る?」
シーダがさらりと口にする。

「だ、だめ!!室内はダメ!!!」
焦ったメリィが慌てて手を振る。

この日の朝、一行に小さな騒ぎと新たな喜びが訪れた。
子竜だったシーダは、確かに一歩成長したのだった。


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