夢守りのメリィ

どら。

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118.白の魔王(前編)

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一夜を超えるほどの長い飛行の末に、ズメウとシーダは静かに翼をたたみ、着地した。
その地はかつて、メルルとマヌルの育った場所——今はもう、廃墟となった街の跡地だった。

メリィたちは、言葉もなくその地を見渡す。崩れた建物、草に埋もれた道。過ぎ去った時と、失われた命の残響が、痛いほどに胸を打った。
やがて、先頭に立った双子が森へと足を向ける。

森は想像よりもずっと穏やかで、静かだった。
木々は青々と茂り、風が葉擦れの音を奏でる。鳥のさえずりすら、この場を祝福しているかのようだった。倒木には苔が生え、朝露が宝石のように煌めいている。

「凄く……静かで、澄んでいる場所だね」

メリィが呟いた。深く息を吸えば、ひんやりとした空気に心が洗われる気がした。

「禁域とされ、普段人が入らなかった分、自然そのものが保持されてるのです」
マヌルが控えめに答える。

「あと……白の魔王さまの、再生や浄化の力が、今も滲み出ているとも言われてました」
メルルも続ける。

「だとしたら、あの方は……未だに世界を憂いておられるのかもしれませんねェ」
タカチホが目を細めた。柔らかな声色の奥に、かすかな敬意が滲んでいた。

「白の魔王って……どんな奴だったんだ?」
ネロが問いかける。

タカチホは少し黙ってから、懐かしむように語り始めた。

「……口調こそ厳しくとられがちでしたが……優しい人でしたヨ…誰に対しても。自分に害をなすような相手でさえ、拒まず、包み込んでしまう……そういうお方でした。小生なんて当時、荒れて荒れて仕方がなかったというのに、すっかり絆されてしまいましてネェ」

彼は軽く肩をすくめ、しかし瞳は過去の面影を追っていた。

「……ああ、メリィさんに少し似ていたかもしれませんネ」

「え!?わたし!?」
思わず声を上げるメリィに、タカチホは力強く頷いた。

「そうですヨ!だから見ていて危なっかしくて、心配になるんでス!!」
腰に手を当て、むんっとポーズを取る姿に、思わず笑いが漏れる。

そうして辿り着いたのは、森の中でもひときわ明るい場所だった。木々の合間から光が差し込み、ぽっかりと空の開けたその地の中央に、小さな祠があった。

「あそこが……祠です」
メルルの声が少し震えていた。

マヌルはメリィの服の裾をそっと握った。

「姉さま……どういった方法でかは、マヌルたちにはわかりませんが……長老は、姉さまをここで白の魔王の依り代にするつもりでした。だから……本当は、これ以上近付いてほしくないんです……」

その小さな手に込められた震えに、メリィは何も言わず、優しくその頭を撫でた。

そして一歩、また一歩と、彼女は祠に向かって歩き出した。

祠の中央には、一つの石櫃が安置されていた。
それは水晶のようでもあり、魔鉱石のようにも見える透明な石で作られており、まるでこの世界の理から逸脱した存在であるかのように、異質な光を放っていた。

中には、眠るように一人の女性が横たわっていた。透き通るような銀白の髪。閉じた瞼は穏やかで、痛みも苦しみも感じさせない安らかな顔立ち——

「この人が……白の魔王、アークさん……」

メリィの声が震える。

背後からタカチホがゆっくりと進み出る。

「まさか……こんな形で、あなたにまたお会いするとは思いませんでしたヨ……」

彼の瞳には懐かしさと、わずかな寂しさがあった。

メリィがそっと石櫃に触れると——

淡い光が石櫃から溢れ出した。

光はやがて人の形を成し、その姿がメリィの前に現れる。

咄嗟に警戒するネロが短刀に手をかけるが、メリィはそれを制した。
メリィはふと何かを思い出す様に、その姿を見つめる。

「……あれ。わたし、あなたに……会ったことがある?」

姿こそ見覚えがない。けれどその“光”は、いつか夢の中で感じた、あのやさしい気配だった。

「汝が夢の狭間へ迷い込んだ時……我の近くへと落ちてきた」

静かに告げられる言葉。その手が、メリィの胸元をそっと指す。

ピリッとした痛みと共に、メリィの胸元から、黒く艶のある結晶が浮かび上がった——カーラが託したもの。

「……カーラ、すまない。戻るという約束を守る事が出来ず、お前を待たせてしまったな」

白の魔王がそっとその結晶を包み込むように手を添える。

「アーク……」
タカチホが苦しげにその名を呟いた。

その声に、白の魔王は顔を向ける。

「蟠竜……いく時を経て、またお前に会えるとはな」

「今は……タカチホと名乗っています。まさか、またお話できるとは……」

タカチホは困ったように微笑む。
白の魔王もまた、やわらかな微笑みを返した。

「この者たちは、お前が守るに値すると……そう認めたのだな」

「……ええ。小生の、大事な仲間ですので」

その言葉に、白の魔王の表情がいっそう穏やかなものになる。

そして——彼女の目が、メリィへと戻った。

「空の者、メリィ。お前は……運命に。
神に、抗う気はあるか?」
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