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119.白の魔王(後編)
しおりを挟む「空の者、メリィ。お前は……運命に。神に、抗う気はあるか?」
その問いに、メリィはじっと目を見返した。光の中に立つ白の魔王——アーク。その声音には穏やかさの中に、強い意志が込められている。
メリィは視線を少し落とし、考えるように唇を噛む。
「……わからない。でも……」
メリィは胸に手を当て、もう一度アークを見つめた。
「でも、わたしは……わたしの生きたいように、生きるよ。運命とか、神様とか、そんなもののために生きてるんじゃない。わたしは、わたしの道を選ぶ。それだけ!」
その瞳は、真っ直ぐだった。迷いの中にも、確かに宿る光。
白の魔王は、柔らかく頷いた。
「——ならば、託そう。我らの心、我らの力を」
アークがそっと掌を開く。
そこにあったのは、黒き結晶と、もう一つ。
澄んだ白の光を湛える結晶——まるで純白の雪が結晶化したような美しさ。
「これは……」
「これも、定められた盤上の事柄かもしれぬ。だが、優しき羊、メリィよ。お前に託したい。この力は、時に苦難を招く。だが、それを切り開く力にもなりうると——我は、信じている」
メリィはしばらく見つめ、それから小さく笑った。
「心配してくれてありがとう。……でも、もう大丈夫。わたし、弱い時もあったけど……今は皆がいる。皆が支えてくれる。だから……きっと、乗り越えていけるよ」
そっと手を伸ばし、二つの結晶を受け取る。
その瞬間、淡い白の光と、深い黒の輝きがメリィの胸元へと吸い込まれていった。
それは熱でも冷たさでもなく、ただ静かに、けれど確かに、彼女の中へと宿るものだった。
「……ありがとう。これで……我も、カーラの元へと向かえる」
アークの光が、ふわりと揺らいだ。
「お前はもう、只人ではない。我らの力を宿した存在となった。……その力、見誤るな。強さは時に、人の道を惑わせる」
「……力?それってどういう……?」
戸惑うメリィに、アークは少し困ったように首を傾げた。
「……カーラは何も説明しなかったのか。まったく、あいつらしい」
優しい口調に、ほんの少し呆れが混じる。
「カーラの力は、黒。破壊の力。
我の力は、白。再生と浄化の力。
——願えば、どちらも使える。だが、世界へと干渉する強き力を使えば相応の代償があるだろう」
そしてアークは、ふとネロに目を向けた。
「黒き者よ。彼女にはもう、新たな夢がある。——悪夢を喰らい続ける必要はない」
その言葉に、ネロは目を見開く。
「……それはもう、メリィと同室で眠る必要はないってことか……?」
いつもの日常が崩れてしまう事にネロは口元を抑え考え込む。
そんな彼の胸へ、メリィは勢いよく飛び込んだ。
「ヤダ」
ぎゅっと顔を押し付け、抱き付くメリィの予想外の行動に狼狽える。
「メ…メリィ……!?」
「わたしは一緒がいい……だから、同室も継続…!」
断言するメリィに、ネロは首から耳まで真っ赤になった。
「きゃーー!!!!姉さまがいつになく大胆ですーーー!!」
「ジョアンヌに何て伝えましょう!!メルル!!」
キャーキャーと盛り上がる双子の声が響く。
「……んふふ、良かったですねェ、ネロサン」
楽しそうに頬を緩めるタカチホ。
白の魔王はそんな彼らを微笑ましそうに見つめ、ゆっくりと光の粒子となっていく。
光が舞い上がり、空へ、空へと昇っていく。
「……行ってしまうのですね」
寂しげに呟くタカチホ。
「——輪廻の先でまた会おう。愛しき子らよ」
その言葉を最後に、白の魔王は光となって風に溶けていった。
タカチホが祠の石櫃をそっと開くと、残された身体も、優しく光の粒子となって消えていく。
まるで旅人たちを導く星のように、光は空へと昇り続ける。
森に差す朝の光と、粒子が交わるその瞬間——
そこには確かに、希望の気配があった。
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