夢守りのメリィ

どら。

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122.娯楽の街②

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朝の光が石畳を照らす頃、一行は街を再び歩き出した。
眠らない街とは言うものの、夜のきらびやかさとはまた違う、柔らかな陽の光に包まれた街角には、すでに開いた露店や遊戯場が並んでいる。

「わ……あれ、なんだろう?」
シーダが目を丸くして立ち止まったのは、浅い水の張られた大きな桶。中には銀色の小さな魚が泳いでおり、傍らの看板には『銀魚すくい』の文字が踊っていた。

夢中で眺めていたシーダだったが――

「旅に連れて行くつもりか?」
後ろからのズメウの一言に、肩を落として諦めたようだった。

しょんぼりとした様子で水の中の魚を見つめるシーダを見て、メリィはそっと近くの露店で何かを買い、ふわふわした物を差し出した。
「はい、これ。甘くてふわふわだよ」

それは綿菓子。ほんのり桃色がかった大きな花のようなそれを受け取ると、シーダの顔にふっと笑みが戻る。
尾が再び嬉しげに揺れ始めた。


少し先では、双子が輪投げの台をじっと見つめていた。
その的には、色違いのぬいぐるみがずらりと並んでいる。

「……あのお二つですか……サイズ的にも輪がギリギリ入るか……という感じですネ」
タカチホが唇を押さえて分析するように呟き、にやりと笑った。

「ふふ……ならば、小生の出番ですネ」
店主に金貨を渡し、輪を受け取ると、軽く構えて――。

ぽん。

輪は、双子が欲しがっていたぬいぐるみへと、いとも簡単に、ふたつとも吸い込まれるように入っていった。
その場にいた全員が「おぉ……」と驚く中、タカチホはひらりと振り返る。

「小生、万能です故~~♪」

どこか胡散臭さすら感じさせる軽快な笑顔を浮かべるタカチホ。
だが、双子にぬいぐるみを手渡すその目は優しげだった。

「タカチホさま、ありがとうございます!」
「今日は……いえ、今日も! かっこよかったです!」

「……いつもだと嬉しいのですがネェ……」
タカチホが肩をすくめると、双子は無邪気に笑った。


ズメウは昨日タカチホに教えて貰えなかった店へと向かおうとした所を止められていた。
「……ズメウさん……」
タカチホが目を細め、厳しい口調になる。
「おやめなさい。あんな所にアナタが行けば、女豹達に骨まで食べ尽くされますヨ!!!」

「……何故だ」
「だからおやめなさい!!!」

そのまま肩を掴まれ引き戻されたズメウだったが、後で事情を聞いた時には眉を顰めてこう言ったという。
「……最初から言えば良かろう」


「メリィ、おまえは見たい店とかないのか?」
通りの脇でネロが声をかけてきた。

「わたしは大丈夫。ネロこそ、気になるところがあったら言ってね?」
「……あぁ」
穏やかな微笑みを返すメリィに、ネロも自然と笑顔になる。
その様子を後ろから見ていた双子は、ひそひそ声で囁き合う。

「メルル、お二人……いつにも増して甘々ではありませんか?」
「スゥィート……というやつですね」
目をキラキラと光らせる双子に、タカチホは小さく噴き出した。


そして、一行がたどり着いたのは街で一番華やかと評される、煌びやかなカジノの建物だった。

金と赤の装飾が眩しく、入口には黒服の門番が立ち、内装の一部が外からも見えるようになっている。
シーダが見上げながら呟く。
「眩しくて……音がいっぱいだね……」

「ここも入ってみるか?」とネロが言いかけたその時――
「申し訳ございません。当店、ドレスコードがございます」

入り口にいた黒服の男が手を広げて制止した。

中を覗くと、確かにドレスやスーツに身を包んだ大人たちばかりが優雅に立ち振る舞っている。

「なるほど~」とメリィは感心しつつ、少し肩をすくめる。

「出直すしかなさそうだな」
ネロの言葉に皆が頷くと、そのまま踵を返して歩き出す。

と、すぐさま双子がメリィの両脇にぴたりと寄ってくる。

「姉さまのドレス姿、メルル見たいです!」
「マヌルもです!……ネロさまも、見たいですよね?」
マヌルがにっこりと笑いながら言うと、いきなり話を振られたネロはどぎまぎして口を押さえた。

「……あ、あぁ……うん。まぁ、そうだな……」

「……変な時に奥手ですよね、ネロさま」
「普段はあんなに押しがお強いのに……」
スンッとした顔で指摘され、ネロは咳払いで誤魔化す。

「……んっふふふふ……」
堪えきれず笑い出したのはタカチホだ。

「……なら、服屋に行かねばな」
ズメウはどこ吹く風といった顔で、再び街路を進み出した。

その後に続きながら、一行はカジノを後にした。


一行が向かったのは、通りの一角に構える一軒の服屋だった。
店先からしてすでに個性的で、色とりどりの布地やレースが風にはためいている。窓には煌びやかなドレスと、凛とした燕尾服が飾られ、街の雰囲気に相応しく、華やかさと遊び心に満ちた空間だった。

「「うわあ……!」」
店内へ足を踏み入れた瞬間、双子が目を輝かせて声を上げた。

「どれもキラキラしてます! すごいです!」
「メルル、あっちのドレスも可愛いです! お姫さまみたいです!」

「さすが娯楽の街……洒落てますネェ」
タカチホも感心したように頷きながら、布地や装飾の細部を興味深げに眺めている。

シーダは一番端に並んでいた白銀のケープに目を奪われていた。
「これ、ふわふわ……メリィのケープに、ちょっと似てるかも」

「ほんとだね。袖の感じとか、ちょっとおそろいみたい」
メリィが微笑んでシーダと服を見ていた。

そんな中――
「……まぁ!まぁまぁまぁ!!なんて美しい佇まいと金の瞳……! あなた、少しこちらに立ってみて!」

突然、華やかな声が店内に響いた。
声の主は、ドレープの奥から現れた一人の女性――この店のデザイナーであり店主らしかった。片目を隠した鮮やかな紫髪、手には巻尺と筆記帳。どこか芸術家然とした風貌だった。

そのままズカズカと歩み寄った彼女は、ズメウをひと目見ただけで瞳を輝かせた。
「その立ち姿……この街にいる間だけでもいいから、うちのモデルになってくれない?」

「……断る」
ズメウは即答した。

だが――

「ズメウさん、記念になりますよ!」
「メルル、絶対似合うと思います! かっこいいですもん!」

「小生も、興味ありますネェ」
「お願い、ズメウ。きっと素敵だよ!」

口々に押されるままに、ズメウはしばし黙し……そして、ため息をついた。
「……一度だけ、だ」

それだけ言って顔を背ける。

「やったぁ!」
双子がぴょんと飛び跳ねて喜び、店主は興奮気味に手を打った。
「よし! 明日の夜の完成を楽しみにしてて! 最高の一着を作るから!」

「えっと、服ですが、カジノに行きたくて…みんなのもお願いしていいですか?」
「もちろん! 私が責任持って素敵にしてあげるわ!」

メリィが嬉しそうに微笑み、双子は顔を見合わせ「たのしみですね」とはしゃいだ。



店を後にした一行は、露店で軽食を買いながら夜の街を歩いていた。
スパイスの香りを漂わせじゅうじゅうと油を滴らせながら焼かれる串焼き、果物の飴漬け……夜の灯りの中で、それらは宝石のように輝いて見える。

「明日、楽しみだね」
並んで歩きながら、メリィが呟いた。

「ん?」とネロが横を向くと、
「ネロの正装も……見るの、楽しみだな」とメリィはにこにこしている。

言葉を詰まらせて、ネロは顔を背けた。
「べ、別に……オレは、そんなの似合わないって」

「そんなことないよ。ネロ、きっとかっこいいもん」
素直な笑顔で言うメリィに、ネロは少し恥ずかしそうに顔を背けていた。

そのやりとりを背後で見ていたタカチホは、にこにこと笑っていた。

「いやはや、恋というのは素晴らしいですネェ……」


その夜、宿に戻った一行は、明日への期待を胸に眠りについた。

灯りの絶えない街に包まれながら、それぞれの胸に浮かぶのは――
“明日、どんな姿になっているんだろう?”という、小さなときめきだった。
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