没落令嬢は恨んだ侯爵に甘く口説かれる

如月一花

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第三話

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 イーニッドはくすくすと笑いながら、ささやかな幸せを感じていた。
 ロバートは時々調子を崩すものの、王都への進言を欠かさず、なんとか戻れないかと考えているようだった。しかしそれでは領主としてはいけないと、最近は村や街に出向いて、諦めの色を見せている。
 領地の村や街は平穏で、突然来たロバートを受け入れてくれていた。
 叔父は別邸に住み、心配で色々と教えてくれている。
 このまま言いなりになっていても、それなりに平和ではあるのだが、やりきれない思いが胸の奥にあるままだ。
「ねえ。お父さま。村にも街にも、まだ本がないわね」
「うーん。そうだな。今度掛け合ってみよう。王都に知り合いがいる」
「でも……。笑われるわ」
「大丈夫だ。そんなことに屈してどうする? イーニッドが不便だと感じたことは、村や街の人間も感じていることだ。堂々と言いなさい」
「ええ」
 イーニッドもクッキーを摘まみながら、そっと咀嚼した。
 あれ以来、自分にも自信が持てなくなり夜会にも足が遠のいている。
 堂々と言えと言われても、もはや自分達には何もないのだ。
 一度誘われて夜会に出たが、イーニッドを笑う集団がいて、居心地の悪さから早々に帰ってきたのだ。ドレスが薄汚れているだの、ネックレスが新品じゃないだのとたっぷりと陰口を言われて帰ってきて、疲弊しただけだった。そして、没落した家の娘だもの、と笑われるのだ。
 顔を出さなくては結婚の相手は決まらないものだが、行く度に嘲笑されると思うと足が向かない。それにドレスも新調するのが難しく、多くはいけなかった。
 自然と婚約の話もなく、誰かに見初められることもなく過ごす日々。
 今では家のことをすることが生きがいになるのではないかと思うほど、引きこもり気味だ。
「イーニッド。明日なんだが」
「ええ」
 ティーカップを持ちながら、ロバートの方を見た。
 何か考えごとでもあるのか、難しい顔をしている。
「夜会に行きなさい。そろそろ年頃だろう?」
「でも……私……」
「行きたくない気持ちも分かるが、良い相手を見つければ、幸せな生活が出来る。イーニッドの美貌なら、必ずな」
「……」
 美貌と言われて、ロバートがお世辞を言ってまで夜会に行かせたいのかと思った。
 でも、そこまでして結婚をしろという理由も分からなくない。
 このまま夜会に行かない日々を送れば、いずれは行き遅れの令嬢と言われてしまう。
 結婚したくても出来ない状況になる前に、なんとか相手を見つけなさい、そんな意味くらいは分かるつもりだ。
 でも――。
「お父さま。私、もう少し家のことをしても良いと思うの」
「駄目だ。帳簿を付けることは私がするし、家のことはメイドや執事をもう少し雇えばいいだけだ。村も街も何か新しいことをして、活性化すれば問題ない。行きなさい、イーニッド」
「でも……」
「少しでも遅れたら、今度は行き遅れだと言われるぞ。いいね?」
「はい」
 イーニッドは渋々頷くと、ロバートの言う夜会が王都で開かれると聞いて、緊張してしまった。国中の令嬢が集まり、宮廷の大広間で夜会が行われるそうだ。
 王の取計いで、夜通し大広間では夜会が行われる。
 でも、イーニッドは自分が相応しいとは思えず、胸が絞めつけられた。
 かつてあんなにも楽しかった王都が、苦しい場所になるなんて考えられず、クッキーを摘まみながら、ロバートの話を上の空で聞いていた。


 *** 


馬車でかなり揺られて到着した王宮広間で、イーニッドは隅にいて扇子で顔を隠していた。
くたくたになって少し別室で休むことが出来たが、足が棒のようにだるい。
こんな想いをしてまで来た令嬢は自分くらいだろう。
今日は真紅の胸元の開いたドレスで、フリルやレースがたっぷりとあしらわれたものだ。
スカートにはリボンが沢山飾られて、とても可愛らしいデザインだと思う。
腰のあたりにも大ぶりのリボンがあり、お気に入りだ。
金髪は丁寧に結い上げて、髪留めはダイヤの施されたものを付けている。
そこまで身なりも整えたというのに、周りの絢爛豪華なドレスや装飾に身を包んだ令嬢を見れば、自分が頑張って着飾った分、惨めになってくる。
それに、ちらほらと見た顔があって、顔を隠さないわけにはいかなかった。
中庭に通じる広間は大きく窓が開け放たれて、出入り出来るようになっている。
風が入り、イーニッドは時々、熱気の暑さを凌いだ。
すでにカップルとなったふたりは、中庭を散策していたりして、そのまま広間から通じている回廊に消えていく者たちもいる。
ロバートが勧めるのも頷けるほど、デートにこぎつけるまでの期間は短そうだ。
結婚の近道ではあるのだが、自分が果たしてうまくやれるのかと、疑問も抱いてしまう。
(没落貴族のイーニッド・マッケンジーを年頃の人で知らない人はいないわ)
 落ち込む中、イーニッドに近寄る長身の男性が現れた。
 どこかで見たことがあると思いつつ、黒髪を流し、切れ長の漆黒の瞳が自分をじっと見つめていることに、はっとする。
 視線を逸らして、扇子で顔を隠すと、目の前にその男性が立った。
「はじめまして。ミスマッケンジー」
 滑らかな低音が、耳にすっと通った。
 優しい声音に、いやでも胸が鳴り始めてしまう。
(今、私の名前を……)
「あの……はじめまして」
「俺と一曲踊りましょう」
 扇子からそっと顔を出せば、瞳が艶やかに潤み、自分を熱っぽく見つめている。
 信じられないと胸が更になる。
 なんとか冷静にしなくてはと、そっと息を吸い込んだ。
 見たこともない美男子に胸が早鐘を打っている。確かに自分の名前を呼んだろうか。間違いじゃないかと自問自答するが、耳には甘い声音が残ってた。
「まずは、お名前を……」
 必死に笑みを作り扇子から顔を出す。
「ガウェイン・ソレクと申します。不躾でしたね、申し訳ございません。一曲いかがです?」
「……ソレク……」
 その名前を忘れたことはなかった。
 自分達家族を追いやった、ソレク候の名だ。
 親族の者だろう。そう考えた途端にぞっとするような寒気がした。また悪い罠にはめられるような恐怖だって感じている。彼が何も考えていなくても、そして悪人ではないとしても、結婚相手には相応しいとは思えない。
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