没落令嬢は恨んだ侯爵に甘く口説かれる

如月一花

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第十二話

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 ***


「イーニッド。今日はどこへ行きましょうか」
「どこって……。昨日も出かけたわ。宮廷に向かわなくていいの?」
「それも大事ですが、今はイーニッドの誤解を解くことが先決です」
 ソレク家の大きなティールームで、昼下がりの午後を過ごしていた。
 結婚式が終わると、盛大な夜会が開かれてイーニッドはへとへとで、途中で倒れそうになった。それを見かねて、ガウェインがすぐに寝室で寝かせてくれ、アラン達の小言もなく、済んだ。個室も与えられているが、寝室は一緒。
 翌日に目を覚ませたば、ガウェインがすぐ隣に眠っていて、飛びはねるほど驚いて、慌ててソファに逃げたのだ。
 寝室を新たにひとつ欲しいと言いたいのだが、そんな我儘が通るはずもないと思い、結局、ぎこちなくふたりでベッドで眠っている。
(ふたりで眠るのも、今日で五日目。夜の相手はなし。私にはデートの話ばかり)
「イーニッドは時々歯ぎしりがあるね?」
「……っ! そんなわけないわ!」
「でも、ふと起きたら隣でぎりぎりと音がして、イーニッドは険しい顔をしていました。今度医者に診てもらいましょうか。それとも、何か良いハーブがあるか、聞いてみましょう」
「……色々あって、疲れているのよ。他人事のように言うけれど、マッケンジー家の人間がソレク家に嫁ぐなんて、心臓に悪いだけなのよ?」
「じゃあ、今日は庭園に行きましょう。料理はハーブを使ったものを。足湯をして、湯あみにはたっぷりのバラを入れさせて、少しずつ心を開いてください」
ガウェインがそんなことを言うから期待しそうになる。
 彼には何の期待もしてはいけないと思うのだが、結婚式は酷いものだったが、ここに来てから苦痛を味わうことがなかった。
 メイドは献身的で、執事は礼儀をわきまえている。
 なにより、アランに会わないように取計い、食事の時間をずらしてくれていた。
 食事の時間はガウェインとふたりきりだが、彼が楽しく王都の流行りを教えてくれる。
 今の流行りはオペラの初演だと聞いて、イーニッドは浮かれてしまった。
「イーニッド? ぼんやりしてどうかしましたか?」
「い、いいえ。このお茶はなに?」 
「ラベンダーのお茶です。気が休まる時がないのではと、メイドが教えてくれました」
「そう……ありがとう」
 イーニッドはぽつんと呟いていた。
 こんなに何もかも用意された中で、自分だけが不満を言っている。
 ガウェインが歩み寄ることに尽くしてくれるだけでなく、メイドまで。
 それなのに、自分はそっぽを向いていていいのだろうか。
「ガウェイン。お庭は綺麗?」
「ええ。自慢のバラと季節の植物があります。庭師が毎日手入れしていますから」
「楽しみね」
 イーニッドは視線を彷徨わせながら言った。
 彼を受け入れることと、好きになることは別だ。
 少なくとも、結婚において恋愛感情は関係ないのだから。
「イーニッドの好きな花はなんです?」
「ありきたりだけれど、薔薇が好き」
「それでしたら、ソレク家の所有する薔薇は見事です。後で部屋に持ってこさせましょう」
「……どうして、そんなに優しいの?」
 イーニッドはティーカップを置いて、そっとガウェインを見つめた。
 切れ長の双眸が、優しい笑みを称えている。 
 嘘を付かない人だと信じたいが、心にブレーキがかかってしまう。
「俺は、好きな人に幸せになって欲しい。父と同じだと思わないで欲しいのです。でも、それは無理だと思います。だから、時間を掛けて知って欲しいのです。俺がどんな人物かを」
「そう……なの?」
「ええ」
 ガウェインの優しい笑みを見せられて、イーニッドの胸が跳ねた。
 頬まで染まってしまう。
 慌てて視線を逸らすと、ガウェインがくすっと微笑む。
「イーニッドは家を出て行くと啖呵を切るかとひやひやしていますし。俺だって、必死なのですよ?」
「そ、そんなことしないわ。私だって約束は守るつもりよ。それに、家族を王都に戻してくれるって事だって……信じてる」
 思わぬことを口走ってしまい、尚更赤面した。
 彼を信じていないと心の中で何度も呟いておきながら、口から出るのは真逆の言葉。
 心の奥底では、彼を薄っすらと信じているのだろうか。自分で自分が分からなくなりそうだった。
 ガウェインをそっと見ても、イーニッドを優しく見つめるだけだった。余計に胸が苦しくなる。なぜだろうと考えないようにして、顔を逸らす。
「信じて頂いて光栄です。でも、好きですと言われる方が嬉しいものです。もっと頑張らなくてはいけませんね」
 イーニッドは慌てて顔を上げた。これ以上何かされたら申し訳ない。
「もうこれ以上平気よ。宮廷貴族として、城に顔を出してください」
「父が存分に王都で顔を効かせているでしょう。イーニッドは肩身の狭い思いをしているだろうから、夫の俺が妻と仲良くしないと。あなたはいつまでも他人のフリをし続けるだろうから」
 しれっとティーカップに口を付ける所作に見惚れてしまい、イーニッドははっとして、同じようにカップに口を付けた。
 ほのかな甘みと苦みが口に広がり、ラベンダーのかぐわしい香りが鼻を抜ける。
 自分がガウェインとこんなにもお喋りをしているのが信じられないが、彼といて不快に思うことは一度もなかった。
 このまま、一定の距離を保ってくれた方が助かるのにと思うほど、彼は強引に求めてくることもない。
「イーニッド。では、庭を見に行きましょう」
 ティーカップが空になったのを見計らって、声を掛けられた。
 頷いて立ち上がると、彼は手を引いてくれる。
「庭師は十人ほど。薔薇の専門の庭師もいます」
「すごいわ」
 廊下を歩いてエントランスホールを抜け、広大な敷地を目の当たりにする。
 王都の中にありながら自然を思わせる木々の造りは、その庭師たちの想像によるものだろう。広大な敷地と資金の賜物だが、マッケンジー家の庭以上に凄いと息を飲む。
 手を引かれて歩くと、アーチ状の緑色の門が出迎えた。
 野ばらで作られた薔薇の門だ。
 それをくぐると、薔薇やクロッカス、ゆりやマーガレットなどの花の他にもセンニチコボウ、ブロンズカール、エンジェルレースなど、草花もたっぷりと植わっていた。
「綺麗ね」
「この奥はハーブが植わっています。東屋もあるから、疲れたら言ってください」
「ええ」
 ふわっと香る甘い香りに、鼻先がひくんと動いてしまう。
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