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第十三話
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久しぶりのたっぷりの花々に胸が鳴った。
このまま、幸せになれるかもしれないと頭によぎる。
でも、自分の幸せをソレク家の人間が望んでいないのは変わらない。
イーニッドのことを悪く言っているのは分かっていたし、晩餐やティータイムでは蚊帳の外だ。ガウェインが気さくに話しかけてくれていなければ、本当に辛い時間になっている。
「ガウェイン。あなたって変わっているわ」
「そうでしょうか?」
「だって、親に歯向かってまで私と結婚したいなんて。もっと素敵な人がいたでしょう?」
「いいえ。あなた以外にいませんよ。あなたが否定しても、俺は何度だって甘く囁くでしょうね」
「どうして……?」
「大切な人だからです」
その言葉を聞いて、胸が早鐘を打ちだす。
そんな上辺だけの言葉を信じてはいけない、駄目だと思うのに、くらくらしてしまう。
固まる気持ちがほぐされるような感覚になって、イーニッドは俯いた。
「駄目よ。私はただのお飾りの妻でいいの。あなたもそのつもりでしょう?」
「そんな人とは結婚しませんよ。あなたはそんな風に言うけれど、優しさに溢れていることも知っています」
「ガウェイン? どこかで会っている?」
ぐっと腰を引かれて、抱き寄せられると、イーニッドの質問は掻き消されてしまう。
でも彼はまるでイーニッドのことをちゃんと知っているから、結婚を決めたと言わんばかりだ。
だがイーニッドにはガウェインとの思い出がないのだ。
どうしたらいいのか分からないでいると、そっと耳朶に囁かれた。
「もう少し素直になってください」
「私……本当のことしか言ってないわ」
「そうでしょうか?」
「……」
なんとか押し返すと、イーニッドは恥ずかしくて俯くしかない。
初夜を迎えることなく、ただデートを済ますだけの日々にガウェインが満足しているとは思えない。
弄ばれて、愛人に成り下がるものだと思っていただけに、本当に困惑しているのだ。
大切な妻として迎えられていることは、当たり前のことなのに心が乱されている。
「戻りましょう! 私……つ、疲れたわ」
「そうですか? そうですね、頬が少し赤いです。熱でもあるのかもしれません」
すっと手が伸びてきて、頬を撫でそうになる。
咄嗟に避けると、ガウェインがまたくすっと笑った。
「元気そうでなによりです。それだけ動ければ、美味しいお菓子も食べられるでしょう。寝室に持って行って、のんびりと食べましょうか」
「……ありがとう」
「いいえ」
そのまま手を引かれて邸に戻ると、ガウェインと共に寝室に向かう。
まだ互いの温もりを確かめあったことのないそこに、ぎこちなくイーニッドは身を預けた。すると、ガウェインが枕を背中に当てて、すぐ隣に寝そべる。
「メイドを呼んで、スコーンでも食べましょう。それとも、ソルベやアイスがいいですか?」
「じゃあ、アイスがいいわ」
ベルを鳴らすと、すぐにメイドが来て用件を言う。
自分は只の我儘な妻じゃないかと思う中、隣で笑みを絶やさずにいるガウェインを見つめた。
彼はどうしてこんなに優しいのかと、疑うばかりだ。
じっと見つめてしまうと、彼が不思議そうに目を細めた。
「どうかしました?」
「い、いいえ。あの……もう私のことはいいの。放っておいてもなんとかやるわ」
「それは出来ません」
低い声音で言われて、イーニッドは身体を震わせた。
「どうして?」
「イーニッド。こんな言い方はしたくありませんが、ここはあなたの楽園ではありません。周りが慣れるまで、俺の傍に居てください」
「分かったわ」
やはりそうなのかと気落ちすると、すぐにガウェインが肩を抱きしめてくれる。
ひくっと震えてしまうが、その温もりが嫌な感じがしない。
しばらく胸に顔を埋めてしまいそうになって、はっと我に返った。
「や、やめて……こういうことは……」
「じゃあ、どうやって夫婦の仲を深めるんです? 強引な手は使いたくはありません。仮初の夫婦ではないのです。俺が好きだから、あなたを迎えた」
信じていいのか分からない言葉が耳に入る。
このままその身を委ねてはいけないと、一定の距離を保っていると、彼もそれ以上のことはしなかった。
ほどなくしてアイスが運ばれてきて、互いの膝の上に置かれる。
とろっと少し溶けたアイスを見て、イーニッドの胸が弾むが、ガウェインの『好きだから』という言葉が胸に引っかかって、ぎこちなくスプーンを動かす。異性に言われたのは初めてだからだろう。親の事情がなければ、素直になれたのだろうかと、頭によぎる。
「どうぞ。そんな顔をしていないで食べてください」
「別に……遠慮なくいただくわ」
すっとスプーンで掬って、口に運べばとろりと甘さが口に広がる。
思わずどんどん掬って食べてしまう。
「お菓子も好きだと聞いたもので」
「女性なら誰だって好きよ」
イーニッドは久しぶりのアイスに、夢中になってしまった。
王都を離れて以来、お菓子は自分で作り、不格好なクッキーばかりだった。
ソルベやアイスなどはもう食べられないと思っていただけに、ついつい止まらない。
「満足していただければ、それでいいのです」
優しい声音を聞いて、無心で食べてしまったことが恥ずかしい。
手を止めると、イーニッドは言い訳を考えた。
令嬢として恥ずかしいことをしたのだし、妻がこれくらいで浮足だっては、夜会にだって連れていけないだろう。
「あの……その……。久しぶりだったから」
「ええ。知っています。お菓子作りを楽しむことも、アイスやソルベが好きなことも」
「ガウェイン?」
イーニッドは首を傾げた。
その話を知っているのは家族だけだ。なぜ知っているのだろう。
「あなたは、俺から本当に愛されていることにもっと早く気が付くべきです」
「もしかして……。私のことを調べたの……?」
「ほんの少し」
「どうして……。だって、関係ないじゃない」
関係ない、そう口走った後ではっとした。
ガウェインはたった今ほ本気の愛だと言ってくれたのだ。それを関係ないと突っぱねてしまった。おずおずと顔を見れば少し寂し気な顔をしている。
イーニッドはなんとか取り繕うことが出来ないかと話題を逸らすために慌てた。
「菓子作りが好きな令嬢なんて、珍しいわよね」
このまま、幸せになれるかもしれないと頭によぎる。
でも、自分の幸せをソレク家の人間が望んでいないのは変わらない。
イーニッドのことを悪く言っているのは分かっていたし、晩餐やティータイムでは蚊帳の外だ。ガウェインが気さくに話しかけてくれていなければ、本当に辛い時間になっている。
「ガウェイン。あなたって変わっているわ」
「そうでしょうか?」
「だって、親に歯向かってまで私と結婚したいなんて。もっと素敵な人がいたでしょう?」
「いいえ。あなた以外にいませんよ。あなたが否定しても、俺は何度だって甘く囁くでしょうね」
「どうして……?」
「大切な人だからです」
その言葉を聞いて、胸が早鐘を打ちだす。
そんな上辺だけの言葉を信じてはいけない、駄目だと思うのに、くらくらしてしまう。
固まる気持ちがほぐされるような感覚になって、イーニッドは俯いた。
「駄目よ。私はただのお飾りの妻でいいの。あなたもそのつもりでしょう?」
「そんな人とは結婚しませんよ。あなたはそんな風に言うけれど、優しさに溢れていることも知っています」
「ガウェイン? どこかで会っている?」
ぐっと腰を引かれて、抱き寄せられると、イーニッドの質問は掻き消されてしまう。
でも彼はまるでイーニッドのことをちゃんと知っているから、結婚を決めたと言わんばかりだ。
だがイーニッドにはガウェインとの思い出がないのだ。
どうしたらいいのか分からないでいると、そっと耳朶に囁かれた。
「もう少し素直になってください」
「私……本当のことしか言ってないわ」
「そうでしょうか?」
「……」
なんとか押し返すと、イーニッドは恥ずかしくて俯くしかない。
初夜を迎えることなく、ただデートを済ますだけの日々にガウェインが満足しているとは思えない。
弄ばれて、愛人に成り下がるものだと思っていただけに、本当に困惑しているのだ。
大切な妻として迎えられていることは、当たり前のことなのに心が乱されている。
「戻りましょう! 私……つ、疲れたわ」
「そうですか? そうですね、頬が少し赤いです。熱でもあるのかもしれません」
すっと手が伸びてきて、頬を撫でそうになる。
咄嗟に避けると、ガウェインがまたくすっと笑った。
「元気そうでなによりです。それだけ動ければ、美味しいお菓子も食べられるでしょう。寝室に持って行って、のんびりと食べましょうか」
「……ありがとう」
「いいえ」
そのまま手を引かれて邸に戻ると、ガウェインと共に寝室に向かう。
まだ互いの温もりを確かめあったことのないそこに、ぎこちなくイーニッドは身を預けた。すると、ガウェインが枕を背中に当てて、すぐ隣に寝そべる。
「メイドを呼んで、スコーンでも食べましょう。それとも、ソルベやアイスがいいですか?」
「じゃあ、アイスがいいわ」
ベルを鳴らすと、すぐにメイドが来て用件を言う。
自分は只の我儘な妻じゃないかと思う中、隣で笑みを絶やさずにいるガウェインを見つめた。
彼はどうしてこんなに優しいのかと、疑うばかりだ。
じっと見つめてしまうと、彼が不思議そうに目を細めた。
「どうかしました?」
「い、いいえ。あの……もう私のことはいいの。放っておいてもなんとかやるわ」
「それは出来ません」
低い声音で言われて、イーニッドは身体を震わせた。
「どうして?」
「イーニッド。こんな言い方はしたくありませんが、ここはあなたの楽園ではありません。周りが慣れるまで、俺の傍に居てください」
「分かったわ」
やはりそうなのかと気落ちすると、すぐにガウェインが肩を抱きしめてくれる。
ひくっと震えてしまうが、その温もりが嫌な感じがしない。
しばらく胸に顔を埋めてしまいそうになって、はっと我に返った。
「や、やめて……こういうことは……」
「じゃあ、どうやって夫婦の仲を深めるんです? 強引な手は使いたくはありません。仮初の夫婦ではないのです。俺が好きだから、あなたを迎えた」
信じていいのか分からない言葉が耳に入る。
このままその身を委ねてはいけないと、一定の距離を保っていると、彼もそれ以上のことはしなかった。
ほどなくしてアイスが運ばれてきて、互いの膝の上に置かれる。
とろっと少し溶けたアイスを見て、イーニッドの胸が弾むが、ガウェインの『好きだから』という言葉が胸に引っかかって、ぎこちなくスプーンを動かす。異性に言われたのは初めてだからだろう。親の事情がなければ、素直になれたのだろうかと、頭によぎる。
「どうぞ。そんな顔をしていないで食べてください」
「別に……遠慮なくいただくわ」
すっとスプーンで掬って、口に運べばとろりと甘さが口に広がる。
思わずどんどん掬って食べてしまう。
「お菓子も好きだと聞いたもので」
「女性なら誰だって好きよ」
イーニッドは久しぶりのアイスに、夢中になってしまった。
王都を離れて以来、お菓子は自分で作り、不格好なクッキーばかりだった。
ソルベやアイスなどはもう食べられないと思っていただけに、ついつい止まらない。
「満足していただければ、それでいいのです」
優しい声音を聞いて、無心で食べてしまったことが恥ずかしい。
手を止めると、イーニッドは言い訳を考えた。
令嬢として恥ずかしいことをしたのだし、妻がこれくらいで浮足だっては、夜会にだって連れていけないだろう。
「あの……その……。久しぶりだったから」
「ええ。知っています。お菓子作りを楽しむことも、アイスやソルベが好きなことも」
「ガウェイン?」
イーニッドは首を傾げた。
その話を知っているのは家族だけだ。なぜ知っているのだろう。
「あなたは、俺から本当に愛されていることにもっと早く気が付くべきです」
「もしかして……。私のことを調べたの……?」
「ほんの少し」
「どうして……。だって、関係ないじゃない」
関係ない、そう口走った後ではっとした。
ガウェインはたった今ほ本気の愛だと言ってくれたのだ。それを関係ないと突っぱねてしまった。おずおずと顔を見れば少し寂し気な顔をしている。
イーニッドはなんとか取り繕うことが出来ないかと話題を逸らすために慌てた。
「菓子作りが好きな令嬢なんて、珍しいわよね」
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