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第十五話
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ここまで素直になんでも言うことはなかったと反省し、すぐに背を向ける。
彼の言うとおり、待っていなくてもいいのに、待っていたいなんて言って、バカみたいだ。
「では、少し時間をください」
そう言って出て行ってしまうと、ガウェインは険しい顔でティールームを後にした。
急に寂しくなったイーニッドは、さっきまで食べていなかったクッキーを、なんとなく摘まんだ。そこはさっきまで、ガウェインが申し訳なさそうに摘まんでいたクッキーが並んでいたからだ。
(なんとなく……美味しそうに見えただけよ)
***
「で? ゴシップ記事がなんです?」
書斎に執事長とふたりきりになると、ガウェインは腹を立てて睨みつけた。
びくんと身体を震わせた年上の彼に、はっとしていきり立つ肩を落として笑みを見せる。
「すまない。楽しいティータイムを、そんな記事で邪魔するなど無礼でしょう?」
「申し訳ございません」
「悪いのは、その新聞社だ。見せてください」
最近流行りだした新聞社で、ゴシップ専門の記事が多かった。
人々が喜びそうな下品なネタを集めては、記事にして見出しに大きく書くのだ。
最近では、宮廷貴族の不倫がスキャンダルになったり、真面目で有名な侯爵が女遊びで私生児が沢山いたり、嘘か本当かもわからないものだった。
とはいえ、ガウェインはそのふたつのことを知らないわけではなく、一部の人間には有名な話ではあったのだ。ただ、公けにして楽しむことの意味が分からず、その新聞社はいつか潰してやろうと思っていた。
イライラしながら身だしを見れば、
『没落令嬢マッケンジー家のイーニッド嬢とガウェイン候の結婚の真意は!』
などと大きな見出しが躍っている。
その内容を読むと、マッケンジー家の復讐の一幕が上がったとか、ガウェインが愛人にするだとか、ろくな内容がない。
しかし、どれも本当のように書かれていて、何も知らなければ信じるだろう。
頭をかきむしりたい思いになるが、ここで冷静にならなければ父アランを追い落とすことなど出来はしない。
しかし――。
「嗅ぎまわっているのでしょうか?」
「大々的に結婚式を挙げましたし、お二人の結婚は皆さま腹の中では何を考えているか分からないと思います。このような記事は、そんな彼らの心理を満たすだけで、嘘でも本当でもどちらでも構いません」
執事の言うことはもっともで、ガウェインは余計に頭を抱えたくなる。
嘘だろうが本当だろうが、面白そうなことを書ければいいのだ。
イーニッドは元宮廷貴族であるし、そんな彼女がガウェインと結婚したらゴシップ記事としてはもってこいだろう。ただ、今のイーニッドにこんな記事を見せたくはない。
「分かっていますが。ここに、イーニッドの実家の領地のことが書いてあるし、彼女の得意なことは菓子作りだと書いてある。それは一部の者しか知らないことではありませんか?」
ガウェインは不信に思いながら執事長を見据えた。
彼にイーニッドの最近のことを調べさせたから、身内の者しか知らない内容も載っているのは、メイドか執事が口を滑らせていると考えるのが自然だ。
訝しげに彼を見つめるが、首を振られた。
「領地の人間に金を握らせれば、すぐに話すことでしょう。私はメイドや執事ではなく彼らにイーニッド様のことを聞きましたから。マッケンジー家が献身的に村や街に頑張っているとはいえ、元々は叔父の治めていた土地ですから、よそ者だと思っている者もいるかもしれません」
「なんてことだ。このまま黙っているわけにもいかない。イーニッドの家族を王都に呼び戻すのに」
ガウェインは苛々してきて、腕を組んだ。
今こうしてイーニッドと甘い時間を過ごせるのは嬉しいのだが、それは父アランが宮廷貴族として、一線に今だにいるということだ。
息子にその座を渡すことなく、派閥の長となり、王に好き勝手な進言をしている。
先日に言ったことは、庶民の学校など無駄でしかなく、取り壊すべき。
同様に、孤児院も街の景観や治安を悪くするという理由でなくすべきだと進言したそうだ。しかし、王は代々マッケンジー家のような発展的な意見を好み、首を縦に振ることはなく、アランの怒りの矛先は、追いやってもなお、マッケンジー家に向くばかりだ。
このゴシップ記事だって、誰の差し金かを突き止めたら、案外アランだったということだって考えられる。
息子の幸せなどどうでもいいのかと、新聞をぐしゃぐしゃにして捨てると、執事長が眉をぴくんとさせた。
普段怒らないガウェインが怒りを露わにしたからだろう。
「すぐに、父を宮廷から追いやり、マッケンジー家を王都に呼び戻します。その算段をつけたい。父の周辺に噂話がないか探してください。最近苛立っているでしょうから、女に手を付けているかもしれません」
「かしこまりました」
「私は自分に偽りがないことを、イーニッドに伝えます。もう時間がないようです」
もっとのんびりとふたりのゆったりとした時間が欲しかった。
彼女の気持ちを解きほぐし、深い関係になれるような時間が。
執事長が去るのを見送ると、ガウェインは慌ててティールームに急いだ。
彼女のことだから、待ってくれているような気がするのだ。
階下に降りて廊下を小走りに走ると、金色に光るノブを手にして回す。
「イーニッド。待たせて申し訳ありません!」
ティールームにいるだろうかと不安がある。
さっきまで楽しくしていたのだから、怒っても当然だ。
「ガウェイン。もういいの?」
ソファに腰かけた彼女がにこりと微笑み、自分の瞳を心配そうに覗き込でいた。
ブルーの瞳が、どこか寂し気でもあって、すぐに抱きしめたくなる。
「ええ、もう平気です」
衝動を抑えつつ、平然としてイーニッドの隣に腰かける。
上目で「本当に?」と見つめられて、どくんと胸が跳ねた。以前より甘えたように見つめられて、このまま抱きしめたくなる。理性を搔き集めて笑みを作った。
あの日、宮廷で会ったときよりも、確実に身近な存在になれていると実感する。彼女の優しさに触れて、すぐに好きになってしまったこと。家の対立なんてどうでもよくなったことを思い出す。
「大丈夫ですよ。それよりも、美味しいお菓子は堪能できましたか?」
「ひとりじゃ……多いわ」
寂し気に俯く彼女に、今にもキスをしたくなる。
しかし、それではいけないと必死にほほ笑みで誤魔化した。
自分は冷静で、笑顔の絶えない、優しい男なのだ。
父とは違う。
「イーニッド、食べましょうか」
「ええ! 実はね、ソルベやアイスだけは食べていたの。だって溶けてしまうでしょう?」
くすっと微笑む彼女を見て、ガウェインはたまらなくなってイーニッドを抱きしめていた。
胸の中で固まって、ガウェインの行動を理解出来ていないのが分かる。
自分だって同じだ。
冷静で、優しい男がこんなことをしてはいけないはずだ。
胸の中でイーニッドがもぞもぞと動いて、わずかに抵抗しているのが分かる。
それをぎゅっと強引に抱きしめた。
「何かあったの?」
顔が上がり、心配そうに見つめられる。
「イーニッド。すぐに領地から家族を呼びましょう。親戚はお住まいですよね、事情は説明しますから」
「でも……マッケンジー家は追放されたのよ。反逆罪に問われるわ。約束は嬉しいけれど、実際には無理でしょう?」
胸の中で、イーニッドの声が小さくなっていく。
か細くなる声を聞いて、ガウェインはたまらなく愛おしく思えてきて、尚更ぎゅっと抱きしめていた。
「俺は、父から守ると約束しました。手段は選びません」
「でも……それは……ソレク家への裏切りよ……? 分かるでしょう?」
ガウェインは何も言えなかった。
家族を裏切る男を、イーニッドは嫌うだろうかと不安になってしまう。
彼女は家庭を大事にしていたし、幼い弟と妹を可愛がっているのも知っている。
彼の言うとおり、待っていなくてもいいのに、待っていたいなんて言って、バカみたいだ。
「では、少し時間をください」
そう言って出て行ってしまうと、ガウェインは険しい顔でティールームを後にした。
急に寂しくなったイーニッドは、さっきまで食べていなかったクッキーを、なんとなく摘まんだ。そこはさっきまで、ガウェインが申し訳なさそうに摘まんでいたクッキーが並んでいたからだ。
(なんとなく……美味しそうに見えただけよ)
***
「で? ゴシップ記事がなんです?」
書斎に執事長とふたりきりになると、ガウェインは腹を立てて睨みつけた。
びくんと身体を震わせた年上の彼に、はっとしていきり立つ肩を落として笑みを見せる。
「すまない。楽しいティータイムを、そんな記事で邪魔するなど無礼でしょう?」
「申し訳ございません」
「悪いのは、その新聞社だ。見せてください」
最近流行りだした新聞社で、ゴシップ専門の記事が多かった。
人々が喜びそうな下品なネタを集めては、記事にして見出しに大きく書くのだ。
最近では、宮廷貴族の不倫がスキャンダルになったり、真面目で有名な侯爵が女遊びで私生児が沢山いたり、嘘か本当かもわからないものだった。
とはいえ、ガウェインはそのふたつのことを知らないわけではなく、一部の人間には有名な話ではあったのだ。ただ、公けにして楽しむことの意味が分からず、その新聞社はいつか潰してやろうと思っていた。
イライラしながら身だしを見れば、
『没落令嬢マッケンジー家のイーニッド嬢とガウェイン候の結婚の真意は!』
などと大きな見出しが躍っている。
その内容を読むと、マッケンジー家の復讐の一幕が上がったとか、ガウェインが愛人にするだとか、ろくな内容がない。
しかし、どれも本当のように書かれていて、何も知らなければ信じるだろう。
頭をかきむしりたい思いになるが、ここで冷静にならなければ父アランを追い落とすことなど出来はしない。
しかし――。
「嗅ぎまわっているのでしょうか?」
「大々的に結婚式を挙げましたし、お二人の結婚は皆さま腹の中では何を考えているか分からないと思います。このような記事は、そんな彼らの心理を満たすだけで、嘘でも本当でもどちらでも構いません」
執事の言うことはもっともで、ガウェインは余計に頭を抱えたくなる。
嘘だろうが本当だろうが、面白そうなことを書ければいいのだ。
イーニッドは元宮廷貴族であるし、そんな彼女がガウェインと結婚したらゴシップ記事としてはもってこいだろう。ただ、今のイーニッドにこんな記事を見せたくはない。
「分かっていますが。ここに、イーニッドの実家の領地のことが書いてあるし、彼女の得意なことは菓子作りだと書いてある。それは一部の者しか知らないことではありませんか?」
ガウェインは不信に思いながら執事長を見据えた。
彼にイーニッドの最近のことを調べさせたから、身内の者しか知らない内容も載っているのは、メイドか執事が口を滑らせていると考えるのが自然だ。
訝しげに彼を見つめるが、首を振られた。
「領地の人間に金を握らせれば、すぐに話すことでしょう。私はメイドや執事ではなく彼らにイーニッド様のことを聞きましたから。マッケンジー家が献身的に村や街に頑張っているとはいえ、元々は叔父の治めていた土地ですから、よそ者だと思っている者もいるかもしれません」
「なんてことだ。このまま黙っているわけにもいかない。イーニッドの家族を王都に呼び戻すのに」
ガウェインは苛々してきて、腕を組んだ。
今こうしてイーニッドと甘い時間を過ごせるのは嬉しいのだが、それは父アランが宮廷貴族として、一線に今だにいるということだ。
息子にその座を渡すことなく、派閥の長となり、王に好き勝手な進言をしている。
先日に言ったことは、庶民の学校など無駄でしかなく、取り壊すべき。
同様に、孤児院も街の景観や治安を悪くするという理由でなくすべきだと進言したそうだ。しかし、王は代々マッケンジー家のような発展的な意見を好み、首を縦に振ることはなく、アランの怒りの矛先は、追いやってもなお、マッケンジー家に向くばかりだ。
このゴシップ記事だって、誰の差し金かを突き止めたら、案外アランだったということだって考えられる。
息子の幸せなどどうでもいいのかと、新聞をぐしゃぐしゃにして捨てると、執事長が眉をぴくんとさせた。
普段怒らないガウェインが怒りを露わにしたからだろう。
「すぐに、父を宮廷から追いやり、マッケンジー家を王都に呼び戻します。その算段をつけたい。父の周辺に噂話がないか探してください。最近苛立っているでしょうから、女に手を付けているかもしれません」
「かしこまりました」
「私は自分に偽りがないことを、イーニッドに伝えます。もう時間がないようです」
もっとのんびりとふたりのゆったりとした時間が欲しかった。
彼女の気持ちを解きほぐし、深い関係になれるような時間が。
執事長が去るのを見送ると、ガウェインは慌ててティールームに急いだ。
彼女のことだから、待ってくれているような気がするのだ。
階下に降りて廊下を小走りに走ると、金色に光るノブを手にして回す。
「イーニッド。待たせて申し訳ありません!」
ティールームにいるだろうかと不安がある。
さっきまで楽しくしていたのだから、怒っても当然だ。
「ガウェイン。もういいの?」
ソファに腰かけた彼女がにこりと微笑み、自分の瞳を心配そうに覗き込でいた。
ブルーの瞳が、どこか寂し気でもあって、すぐに抱きしめたくなる。
「ええ、もう平気です」
衝動を抑えつつ、平然としてイーニッドの隣に腰かける。
上目で「本当に?」と見つめられて、どくんと胸が跳ねた。以前より甘えたように見つめられて、このまま抱きしめたくなる。理性を搔き集めて笑みを作った。
あの日、宮廷で会ったときよりも、確実に身近な存在になれていると実感する。彼女の優しさに触れて、すぐに好きになってしまったこと。家の対立なんてどうでもよくなったことを思い出す。
「大丈夫ですよ。それよりも、美味しいお菓子は堪能できましたか?」
「ひとりじゃ……多いわ」
寂し気に俯く彼女に、今にもキスをしたくなる。
しかし、それではいけないと必死にほほ笑みで誤魔化した。
自分は冷静で、笑顔の絶えない、優しい男なのだ。
父とは違う。
「イーニッド、食べましょうか」
「ええ! 実はね、ソルベやアイスだけは食べていたの。だって溶けてしまうでしょう?」
くすっと微笑む彼女を見て、ガウェインはたまらなくなってイーニッドを抱きしめていた。
胸の中で固まって、ガウェインの行動を理解出来ていないのが分かる。
自分だって同じだ。
冷静で、優しい男がこんなことをしてはいけないはずだ。
胸の中でイーニッドがもぞもぞと動いて、わずかに抵抗しているのが分かる。
それをぎゅっと強引に抱きしめた。
「何かあったの?」
顔が上がり、心配そうに見つめられる。
「イーニッド。すぐに領地から家族を呼びましょう。親戚はお住まいですよね、事情は説明しますから」
「でも……マッケンジー家は追放されたのよ。反逆罪に問われるわ。約束は嬉しいけれど、実際には無理でしょう?」
胸の中で、イーニッドの声が小さくなっていく。
か細くなる声を聞いて、ガウェインはたまらなく愛おしく思えてきて、尚更ぎゅっと抱きしめていた。
「俺は、父から守ると約束しました。手段は選びません」
「でも……それは……ソレク家への裏切りよ……? 分かるでしょう?」
ガウェインは何も言えなかった。
家族を裏切る男を、イーニッドは嫌うだろうかと不安になってしまう。
彼女は家庭を大事にしていたし、幼い弟と妹を可愛がっているのも知っている。
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