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第十六話

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 クッキーを作るのだって、弟や妹がいるせいもあるかもしれない。
「私の為にそこまでする必要はないわ」
「イーニッド。キスをさせてください。お願いです」
「え……」
 有無を言わさず、顎を掬いあげて唇を塞いだ。
 温もりがじわっと伝わり、彼女の息使いを感じるようで、ガウェインも熱っぽく啄んでしまう。
 イーニッドが困ったように逃げると、腰を抑えて逃がさなかった。
「ガウェ……イン?」
「これでも、堪えているのです」
 その言葉を聞いて、イーニッドは全てを理解してくれる。
 男が毎晩となりに女性を置いて寝て、ほったらかしに出来るなど、理性をどれだけ保てばいいと思うだろう。
 それが乙女である彼女であっても、少しくらいは分かるはずだ。
 ぷるんとした唇を吸う度に、ガウェインは満たされてしまう。
 彼女の息が不意に切なくなって、慌てて身体を離した。
 これ以上深いキスをすれば、理性は吹き飛んでしまいそうだ。
「すみません……。俺も、男なもので」
「……」
「こんな強引なことをするつもりはなく、もっと慎重に行くつもりでした」
「謝らないでガウェイン。だって、私あなたに何も捧げてないわ。その見返りにキスが欲しいと思うのは当然でしょう?」
「見返り?」
 ガウェインは意味が分からず、首を傾げる。
「こんな言い方しか……私だって出来ないもの。あなたにキスをされて、どう言えばいいの?」
「……それは……嬉しいと微笑んでくれればいいのですが」
 そうガウェインが言うと、イーニッドがぎこちない笑みを見せてくる。
「少しは、私だって何かを捧げたいのよ。ガウェイン。私何もあなたに尽くしていないわ」
「では、もう一度」
 ガウェインはイーニッドを抱きしめると、すぐにキスをした。
 今度は理性を少し外し、深いキスになる。
 イーニッドの息が少し弾み、いつもとは違う色気を帯びてきて、頬が上気してきた。
 このまま寝室に行きたいと思うのだが、約束は果たされていない。
 我慢して離れると、イーニッドは恥ずかしそうに顔を逸らした。
「誰かに見つかると大変です。気分転換に湯あみでも」
「え、ええ」
 頬を赤らめた彼女はもじもじしながら、ガウェインを上目で見つめてきていた。
 自分は嫌われていないと感じて、余計にイーニッドを好きになっていく。
 イーニッドの為にメイドを呼ぶと、すぐに湯あみの準備をさせた。
 先にティールームから出て行くと、ガウェインはすぐに書斎に向かった。
 自分の父を追い落とす為に、ありとあらゆる資料を集めることに決めたからだ。
 イーニッドに恋をし、手に入れたいと思った時から、父は壁になると思っていた。
 彼を追い落とすことが出来るのは、マッケンジー家でもなく自分だと自負している。
 幼少の頃よりのアランの女癖の悪さや、派閥内での人間関係のこと、王の身近な情報をどんどん集めていった。
 後は、ガウェインが宮廷に赴きそれを暴露することだけ。
(俺にそれが出来るかと、いつも自信がなかったが、必ずやってみせる)


  ***


「今なんと?」
 あらから一週間後、父アランの書斎にいきなり呼ばれ、ガウェインは嫌な予感はあった。
 しかし、自分の考えるよりも最悪な言葉に頭を殴られたような衝撃が走る。
「子が出来ないなら、他に女を作れ。随分と強情に純潔を貫いているようだが。マッケンジー家の女など力づくで抱いてしまえばいいだろう?」
「そんなことは出来ません。俺は、彼女を大事にしたいのです。それに、他の女性に手を付けるなどありえません。子が欲しいのは分かりますが、まだ時間はたっぷりあるでしょう?」
「そうだろうか?」
 アランがにたりと笑い、顎をさすった。
 さっきまで背を向けて話していたのに、ゆったりと振り向いてガウェインを睨むように見据えてくる。
 幼い頃から厳しく躾けられて、ガウェインも思わず息を飲んだ。
 アランの放つ絡みつく眼差しや雰囲気には子供ながらに恐怖を感じて育ってきたせいだ。
「私を追い落とす為に画策をしていると、耳に入っている。最近宮廷に出入りをしているそうじゃないか」
「それは……今後の勉強の為にです。偉大な父の後を継ぐのですから」
「私はまだ退くつもりはない。出しゃばるな。いいな、まずはマッケンジー家の娘を抱いてしまえ。傷物にして、さっさと放り出してやるといい」
「俺はそんなつもりで結婚したわけではありません!」
 怒りに任せて叫んでいた。父が結婚を許した理由は粗方そんな理由だろうと思っていた。
 一度きり関係を結び、何事もなかったように離婚を言い渡す。
 でも、自分はそんなことをする為にイーニッドを妻に迎えたわけじゃない。
 彼女の真面目さ、素直さ、色々な良いところを知っている。
 少なくとも、どこの誰よりも。
 脳裏にイーニッドの笑みが浮かんだ。
 見ず知らずの自分に優しく挨拶をして、落とした資料を手渡してくれる。
 宮廷で偶然出会った時、彼女は敵対関係の自分に優しく接してくれたのだ。
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