没落令嬢は恨んだ侯爵に甘く口説かれる

如月一花

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第二十話

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「眠っていたのか」
 わずかだが、イーニッドの出会いを思い出して胸が温かい思いになった。
 今から王に進言するのだから、心強いともいえる。
 ガウェインは衛兵に用件を言うと、ソレク家、というだけですぐに王への手紙が渡されることが可能になった。
 謁見となると大事になり、父にバレる可能性が高い。
「必ず、王に手渡してください」
 ガウェインはそういうと、宮廷を後にした。


  ***


 イーニッドは朝からメイドに囲まれて旅行の支度に慌ただしくしていた。
 ソレク家の持つ別邸に向かうとのことで数日は帰らないと聞かされ、胸が鳴り止まない。
 とうとうこの日が来たのだ、という思いもあるが、気持ちはガウェインにある。
 彼を思う気持ちを考えれば、純潔を捧げるなど――。
 考えると頬が熱く火照り始めてしまう。
「イーニッド様。お顔が赤いですが。熱でもありますか?」
「違うの……。色々あって疲れてよ」
「髪を結い上げましたら、すぐに階下にお向かいください。ガウェイン様がお待ちです」
「ええ」
 今日の為に作らせたデイドレスは、胸元が少し開いた、青い色のもの。
 レースが胸元やスカートにあしらわれ、袖にはフリルがふんだんにある。
 胸元にあるリボンが可愛らしく、イーニッドのお気に入りだ。
 素敵なドレスをプレゼントされてため息を吐いていると、髪が丁寧に結い上げられる。
 荷物はすでに馬車に詰まれ、後はイーニッドが向かうだけだ。
「では、留守の間はよろしくお願い」
「かしこまりました」
 イーニッドは踵を返すと、すぐに部屋を出てエントランスホールに向かった。
 裾を持ち階段を降りると、ガウェインが待っている。
 イーニッドに気がつくなり、笑みを称えてすぐに手を引いてくれた。
「ありがとう」
「綺麗です。そのドレス。似合うと思いました。肌が透き通るように美しい」
「そ、そうかしら?」
 肌をあまり露出しないせいか、余計に緊張してしまう。
 玄関を抜けて馬車まで手を引かれると、ふたりはゆっくりと馬車に乗り込み、椅子に腰かける。装飾がたっぷり施された内装の馬車に、イーニッドはちらりと視線を泳がせた。
 自分の乗っていた馬車よりも数段豪華な気がする。
「行きましょうか」
 ガウェインの合図と共に馬車が動きだすと、王都を走り抜け、丘陵地帯に向かった。
 向かう先は湖畔の別邸で、そんなに時間はかからないと言われている。
 丘を越えて少し向かうと森が広がり、その手前に湖がある。
 そこに、別邸があるそうだ。
「楽しみだわ」
 イーニッドが笑顔を見せた時。
 馬車が不自然に揺れた。
 がしゃんと音がしたような気がしたし、その後も揺れている。
「嫌な予感がします」
 ガウェインが従者に言って馬車を止めさせたその時だ。
 ガクンと馬車が激しく揺れて、イーニッドは悲鳴と共にガウェインに抱き着いた。
 肩を抱かれて姿勢を保つようにされたが、イーニッドはゆらゆらとする感じに、怖くてたまらない。
「イーニッド、怖いかもしれませんが、一度外に出ましょう」
「手を、手を握って? 揺れてるわ」
「大丈夫です。離すことなどありませんよ」
 ぎゅっと握られて、腰まで支えられると、イーニッドは震えが幾分落ち着いた。
 従者も慌てて戸を開けてガウェインに手を貸しながら降ろす。
 地面に降りた途端、イーニッドはふわりと横抱きに抱えられていた。
 恥ずかしさもあるが、怖くてたまらなくそのままガウェインの首にしがみつく。
「なんだこれは」
 ガウェインの怒りの声に、イーニッドは恐る恐る顔を上げた。
 そして、馬車の方を見れば、馬車の車輪が脱輪しかかっているのだ。ガウェインは怒りで戦慄いていて、奥歯を嚙みしめている。犯人の検討がついているのかもしれない。
 イーニッドは自分が狙われたことが恐ろしく、犯人のことなど頭が回らなかった。
「なんて、ことを」
 イーニッドは途端に震えあがり、ガウェインに抱き着いた。
 もしも完璧に脱輪していたら、自分達はどうなっていたろう。
 馬が暴れて、馬車は横転してかもしれない。
 怪我では済まなかったかもしれないし、もし怪我を負っても、邸に助けを呼ぶまでは時間がかかる。大怪我だったら命が危なかったかもしれない。
「父だ」
 ガウェインの押し殺すような声が聞こえた。
「え……そんな。だって、ガウェインは息子よ?」
 イーニッドは震える声で訊いていた。
 いくら歯向かい邪魔になったからといって、息子に手を掛けるなどあり得ない。
 そこまで冷酷非情な男だったなんて。
「父ならそこまでするだろう。俺のしていることがバレたのかもしれない。もしかしたら、衛兵に渡した手紙も、届いていないかもしれないです」
「手紙?」
「ここ最近の父の悪行を書いた手紙です。王に直接渡すように、衛兵にお願いしたのですが。父の息のかかったものであれば、届くことなく破られたかもしれない。それに、それを読んだからこそ、こんなことを思いついたのかもしれないでしょう」
「だからって……こんな……息子に手を掛けるなんて」
 イーニッドは言葉に詰まった。
 自分の父ロバートは優しく、怒られたことなどほとんどない。
 イーニッドのことを考えてくれたし、この結婚だって常に心配していた。
 ガウェインは父は真逆のような人――。とても優しい彼を思うと、アランを反面教師にして育ったのかもしれないと思えてくる。
「ガウェイン。帰りましょう。帰って、王に言うのよ」
「いや、それではいけません」
「どうして?」
「私は父の手にかかったと見せかけましょう。数日後に帰ってきた時、あの人はどんな顔をするのか、見てみたいものです。それに、これは――いえ、イーニッドの前でやめましょう」
 ガウェインはイーニッドを降ろすと、すぐに従者に車輪の辺りを調べさせた。
 壊れた馬車では別邸などいけないと思うのだが。
 木のねじが緩むように細工されてあるとガウェインは見つけ、ねじをポケットにしまった。
 そして、従者に命じて王都に戻るように言う。
「どうするの?」
「馬車を借りるだけです。王都の端に住む子爵に知人がいますので。恐らく、彼が事情を話せばすぐに貸してくれるでしょう」
「でも、馬も馬車も置き去りに?」
「馬は俺が乗ります。イーニッドは借りてきた馬車に乗ってください。荷物もありますので。しばらくは、馬車に乗る前に一度点検をしないといけませんね」
 ガウェインは苦笑しているが、目が笑っていない。
 イーニッドだって笑えるほど、気持ちの整理がついていない状況だ。
 従者が汗塗れになって馬車を借り、取り付けて確認したり荷物を移動させたりする頃には、陽が昇り、イーニッドも疲れていた。
 なんとか走り出すことが出来ると、しばらく行って湖畔が見える。
 ようやく安堵して、イーニッドは疲れて馬車の中で眠りに落ちてしまった。
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