宴会クローク、菱野でございます!

智月 千恵実

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第一章 曇った向上心

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 今度はいったい何を言われるのかと憂うつな気分になりながらも、舞香は手早く準備していた。
 麗奈はデスクに座ったまま舞香に「おはよう」とだけ言うと、隣に座っている藤堂茉紀とうどうまきとおしゃべりをしていた。

 連絡ノートを見て、カウンターで本日の一連の流れを確認した。今日の舞香は、五階クロークの担当だ。
 宴会クロークは三階から五階まであり、三階には更衣室があるので、主に結婚披露宴のある土日だけ営業する。五階は宴会に合わせて営業するので、宴会がないときは閉まっている。そして四階のクロークはメインクロークと呼ばれ、荷物が届いたり、ゲストからの問い合わせがあったりするので、宴会が全くない日でも、十七時までは営業することになっている。

 舞香は「本日のシフト」に小さく「11:00~LUN」と書いてあるのを見て、準備していた手を止めた。LUNとはランチのことで、先に食事をとってから五階クロークのオープン準備をするということなのだ。
 舞香は、メニューにオリジナル黒カレーと書かれていたのを思い出し、従業員食堂にまっすぐに向かった。ちょうど食堂の扉が開いたところで、待っていた三人に続いて舞香も入っていった。


 ◇◇◇


 駐車場サービス券の入った缶とそのカウント用紙が挟まったファイル、五階用の宴会オーダーシートを持って歩きだした舞香に、後ろから声がかかる。

「もし、忙しくなったら電話して。すぐに人を送るから」

 舞香は「はーい」と高めの声で返事をしたが、次に出勤してきた二人のクローク係の笑い声にかき消されていた。

 舞香はまずゲストと対峙するカウンターを綺麗に拭く。次に裏の床とずらっと並んでいる大きい荷台付きのハンガーラックを掃除したあとに、番号札の束を三つ持ってきた。こんなに要らないかなと少し首を傾げる。
 今は十月だから、コートを着てくるゲストはほとんどいないだろう。参加人数は五百人くらい。セミナーがメインで食事は一時間出しの洋食の軽いコース。舞香はオーダーシートを見ながら考える。オーダーシートというのは、セミナーや会議の進行などから始まり、出る料理と共に立食パーティーなのか着席の宴会なのかという内容まで、各宴会の情報がA4サイズの用紙にまとめられているものだ。
 さらに表紙には「宴席一覧表」がつけてあり、昨年同じ時期に行われたものがクロークの前例として書き込んである。預かりの数は十数点だが、駐車場サービス券がたくさん出るということだった。
 舞香は「やっぱり二束ふたたばでいいかな」とひとりつぶやいた。それに応えるかのように、またあの不協和音のようなふたつの甘い香りが上がってきて、舞香の鼻を攻撃した。
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