宴会クローク、菱野でございます!

智月 千恵実

文字の大きさ
4 / 25
第一章 曇った向上心

3

しおりを挟む
 五階クロークをオープンしても、幹事のグループが時々エレベーターに乗り降りするだけだった。INインが始まるまで特にすることもないので、舞香はカウンターでぼんやりしていた。
 INインというのは宴会が始まる時間のことで、逆に終わる時間のことはOUTアウトと呼んでいる。十二時半に始まる宴会なら「十二時半INイン」という言い方をする。

 しばらくすると、茉紀が五階のホワイエに続くゲスト用の階段を上がってくるのを目の端で捉えた。茉紀に続いて二人のクローク係も上がってきた。
 INインOUTアウトも基本的にクロークインチャージがいなければいけないことになっている。同じ時間に他の階で宴会があるという以外は。茉紀が来るということは、麗奈が四階にいる訳で、今日は四階で宴会はない。ということは……

 舞香は呼吸が乱れそうになり、必死でそれを抑えた。「そういうことなんだ」となにか裏切られたような気持ちになった。麗奈は、茉紀に全てを任せて自分は一クローク係のように四階の留守番をしているということなのだ。茉紀はクロークに入ってきてまだ数ヶ月しか経っていないのに。それは麗奈のお気に入りであることを意味する。
 舞香は、麗奈と茉紀の顔を代わる代わる思い浮かべながら、ホワイエに敷いてある豪華な模様の絨毯を一心に見つめていた。

 ポーンと音を立てて満員のエレベーターが到着する間隔が短くなってきた。
うけたまわります」と言ってゲストの駐車券を受け取り、「三時間までのサービスでございます。いってらっしゃいませ」と駐車場サービス券を添えて返す。

 車で来館するゲストのほうが多いので、クロークカウンターの中はこのようなやり取りだけがハーモニーのように木霊していた。
 前例どおり預かったものも少なく、薄手のジャケットと日傘だけだった。薄手のジャケットは二つありどちらも黒のボレロ風のもので、違いがあるとすればボタンの形だけで、少し見ただけでは見分けがつかないほどだった。舞香はずいぶんと似通ったデザインだなとじっと見ていた。

「大丈夫そうだから、四階に戻りまーす」

 茉紀は二人のクローク係に食べるジェスチャーで食事に行くように指示すると、四階に戻っていった。

 しばらくしてセミナーが始まったのか、ソファに座っていたゲストも姿が見えなくなった。
 静まり返るホワイエにゆったりとしたBGMが流れている。舞香は眠気に逆らえなくなりそうで、そのたびに裏に行き、持ってきたペットボトルの烏龍茶を飲んだり、伸びやストレッチをしたりしていた。
 それを何度か繰り返しカウンターに戻ってくると、再び眠りの海をさまよい始めた。
 半分目を閉じた状態で顔を上げると、そこには、規則正しいプリーツの入った白いシフォン素材のローブを羽織り、頭には同じシフォンの布を冠のように巻いた女性の姿がうっすら見えた。古代エジプト風の装いのその女性は落ち着いた表情でこちらを見ていた。

 静寂を破り、プルップルッと内線が鳴った。

「五階クロークです」と慌てて電話に出た舞香の声に被さるように、麗奈の刺々しい声が聞こえてきた。

「地下の駐車場から電話があって、間違えて南パーキングのサービス券を渡されたゲストがいるみたいだから気をつけてだって。もしかしたらフロントかもしれないけど」

 舞香はびくっとした。ホテル ドゥ マリーの地下駐車場と南パーキングは駐車券もサービス券も似ていて間違えやすい。
 そういえば、さっき南パーキングのサービス券を渡したような気がする……
 心臓が高鳴り、かあっと熱が込み上げてきた。舞香は一気に目が覚めた。その瞬間にまた、あの強い甘い香りが鼻をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

【百合】Liebe 二部開始

南條 綾
キャラ文芸
人と一線引いた少女のお話 あの時あなたを助けた時から気になった。 あなたにあって私の景色が色が付いた

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...