宴会クローク、菱野でございます!

智月 千恵実

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第一章 曇った向上心

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 五階クロークをオープンしても、幹事のグループが時々エレベーターに乗り降りするだけだった。INインが始まるまで特にすることもないので、舞香はカウンターでぼんやりしていた。
 INインというのは宴会が始まる時間のことで、逆に終わる時間のことはOUTアウトと呼んでいる。十二時半に始まる宴会なら「十二時半INイン」という言い方をする。

 しばらくすると、茉紀が五階のホワイエに続くゲスト用の階段を上がってくるのを目の端で捉えた。茉紀に続いて二人のクローク係も上がってきた。
 INインOUTアウトも基本的にクロークインチャージがいなければいけないことになっている。同じ時間に他の階で宴会があるという以外は。茉紀が来るということは、麗奈が四階にいる訳で、今日は四階で宴会はない。ということは……

 舞香は呼吸が乱れそうになり、必死でそれを抑えた。「そういうことなんだ」となにか裏切られたような気持ちになった。麗奈は、茉紀に全てを任せて自分は一クローク係のように四階の留守番をしているということなのだ。茉紀はクロークに入ってきてまだ数ヶ月しか経っていないのに。それは麗奈のお気に入りであることを意味する。
 舞香は、麗奈と茉紀の顔を代わる代わる思い浮かべながら、ホワイエに敷いてある豪華な模様の絨毯を一心に見つめていた。

 ポーンと音を立てて満員のエレベーターが到着する間隔が短くなってきた。
うけたまわります」と言ってゲストの駐車券を受け取り、「三時間までのサービスでございます。いってらっしゃいませ」と駐車場サービス券を添えて返す。

 車で来館するゲストのほうが多いので、クロークカウンターの中はこのようなやり取りだけがハーモニーのように木霊していた。
 前例どおり預かったものも少なく、薄手のジャケットと日傘だけだった。薄手のジャケットは二つありどちらも黒のボレロ風のもので、違いがあるとすればボタンの形だけで、少し見ただけでは見分けがつかないほどだった。舞香はずいぶんと似通ったデザインだなとじっと見ていた。

「大丈夫そうだから、四階に戻りまーす」

 茉紀は二人のクローク係に食べるジェスチャーで食事に行くように指示すると、四階に戻っていった。

 しばらくしてセミナーが始まったのか、ソファに座っていたゲストも姿が見えなくなった。
 静まり返るホワイエにゆったりとしたBGMが流れている。舞香は眠気に逆らえなくなりそうで、そのたびに裏に行き、持ってきたペットボトルの烏龍茶を飲んだり、伸びやストレッチをしたりしていた。
 それを何度か繰り返しカウンターに戻ってくると、再び眠りの海をさまよい始めた。
 半分目を閉じた状態で顔を上げると、そこには、規則正しいプリーツの入った白いシフォン素材のローブを羽織り、頭には同じシフォンの布を冠のように巻いた女性の姿がうっすら見えた。古代エジプト風の装いのその女性は落ち着いた表情でこちらを見ていた。

 静寂を破り、プルップルッと内線が鳴った。

「五階クロークです」と慌てて電話に出た舞香の声に被さるように、麗奈の刺々しい声が聞こえてきた。

「地下の駐車場から電話があって、間違えて南パーキングのサービス券を渡されたゲストがいるみたいだから気をつけてだって。もしかしたらフロントかもしれないけど」

 舞香はびくっとした。ホテル ドゥ マリーの地下駐車場と南パーキングは駐車券もサービス券も似ていて間違えやすい。
 そういえば、さっき南パーキングのサービス券を渡したような気がする……
 心臓が高鳴り、かあっと熱が込み上げてきた。舞香は一気に目が覚めた。その瞬間にまた、あの強い甘い香りが鼻をついた。
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