屁理屈娘と三十路母

小川 梓

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先生

先生 01

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「深田先生、おはようございます」
 朝、母に向けた声と同一の喉であることが不可解なほど、明るい声のトーンで門に立つ先生に声をかけた。
私は普段から、できる限りのいい挨拶をしようと心がけている。そのため、この元気さはいつものことであることは誰に聞いても口をそろえるくらい当たり前のことになる。
「松原さん、おはよう」
普段と変わらない綺麗な服を身に纏い、普段と変わらない柔らかい表情で反応してくれたのは、2年生の担任をしている深田先生。私のクラスの担任で、社会の担当をしている。
深田先生は、言葉選びが落ち着きを放っていて、物腰も柔らかくて、好感の持てる、いい先生だ。先生のことが嫌いな人なんていないのではないかと思うほど、悪い評判と言うか、噂を聞いたことがない。みんな滞りなく好きだと思う。
私自身が、この学校に嫌いな先生がいるわけではないが、仮に好き度ランキングのような低俗なことをするなら、上位に名を置く先生であることは確かだろう。
だからといっていい挨拶をしている、という訳ではないことを分かって欲しい。
私が挨拶に力を入れている理由としては、以下のことが重要になってくる。学校という場所で先生と言うものは絶対的存在なのは当たり前のことだろう。もし私が助けを求めたい時に味方となり力を貸してもらうにはある程度の好感を相手に抱かせておかないとならない。そういう理由の元に、朝は門に立つ先生が誰であれ、私は心を込めたいい挨拶をしている。ということだ。
「今日もお手本みたいな挨拶だね、ゆみちゃんは。おはよ」
先生への挨拶を済ませれば、次は同級生への挨拶が始まる。いわゆる友だちに対しての挨拶だ。
「おはよう、さやちゃん」
口々にクラスメイトへの挨拶を済ませていく。すれ違う際、目が合う際、誰からともなく、何の抵抗もなく挨拶が交わせるのはこの学校の雰囲気が和やかで薄い青のように綺麗だからだと思う。
笑顔の交換をしていたら瞬く間に風景が変わり、あっという間に教室にたどり着く。
窓際まであと一歩だった自分の席に座り、一時間目の授業の用意をしながらふと、考えに沈んでいった。
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