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第十一章
第四十一話
しおりを挟むバリエ・マクシミリアンは生粋の高貴なる貴族である。六百年の長き歴史を持つバリエ侯爵家に次男として生まれ、何一つ不自由なく育てられてきた。
彼にとって平民とは己に傅く者達だ。幼い頃は共に食事を囲む事もなかったし、敬語以外で話しかけられた事も無い。
軍に入ってからは身分の区別がない強制的な寮生活に随分と苦労をしたものだが、それでも最後の一線はきちんと弁えた付き合いをされてきた。
それが当然である。それが貴族である。
そしてその待遇にきちんと責任が伴う事を、誇りと共に重々承知していた。
教育の機会が無く、無知蒙昧な平民を正しく導く事。それこそが貴族の義務であると。
軍施設内の廊下を荒々しく闊歩するマクシミリアンを、階級の低い軍人達はとばっちりを受けないようにそそくさと避けて歩く。
一体、何があったのか!
怒りが冷めやらない彼の脳裏には、今しがた抜け出して来た会議室の様子が鮮やかに思い出されていた。
『いい加減したまえ!』
オールポート大将の怒りに満ちた罵声。
『最早、彼等も我々が守るべきこの国の民。それを認識せよ!』
……そんな馬鹿な事を、受け入れられる筈がない!
尊敬していたオールポート大将の姿が、脳内で歪んでいく。
何故分からないのだ。
あれほど危険な集団を自らの体内に引き入れる事の愚かさを!
誰にも理解されない孤独に、奥歯を強く噛み締めた。
初めてアレに会った時の事はあまり覚えていない。朧会で親に連れられて、挨拶をするように促されたように思う。
その時には気付かなかった。自分が向き合っているロードリックという男が、如何に自然の理から外れた異常な存在であるかを。
年を重ねるごとに、違和感が少しずつ増えていく。
変える事の出来る外見、歴史書のような古びた会話、人目を忍んで生活する虫のように薄気味悪い集団。
違う。あれらは、我々人間とは余りにも違う!
それは本能的な拒否感かもしれなかった。けれど本能を、理屈が武装する。
天来衆の持つ特別な能力は、信じるには余りにも危険すぎると。
いつしかそれは貴族の誇りと混じり、マクシミリアンの若い情熱と相まって怒りのように煮えたぎっていた。
マクシミリアンが軍人になった時、既に天来衆は余りに深くこの国に根差していた。
だから彼らを制御しなければならないと、他の事情を知る軍人達の先鋒となったつもりで働いて来たというのに。
酷い裏切りだと思った。
自分が彼らの家を探って裏切りの事実を見つけ出そうとした事も、上層部は把握していながら見過ごして来た。
それは皆が、天来衆を何処かで信用しきれないと思っていたからに違いない。
今更態度を変えると?
戻ってきた自分の椅子にどっかと腰を下ろす。机の上には今後の作戦を左右する機密情報が溢れていたが、今は全てに意識が行かない。
溢れ出る機嫌の悪さに、腫物を扱うように同僚達は視線を逸らした。
最早誰にも頼る事は出来ない。自分一人であの悪魔達を排除しなければ。
ロードリックが天来衆にとって特別な存在であるのは間違いがない。彼さえ殺せば、人間と天来衆の対立は必至であろう。
そして対立さえしてしまえば、数の少ない天来衆など排除する事が出来るに違いない。
いくら外見を変えられると言っても表立って軍から排除してしまえば、彼らに出来る事は精々暗殺程度である。
長期的な視野で見れば、微々たる犠牲だ。
天来衆を軍から取り除くには国内が落ち着いている今この時、この方法しかない。これは、極めて正当な暴力なのだ。
マクシミリアンは深呼吸し、覚悟を決めた。
怒りを抑え、己が成すべき事を冷静に実行しようと思考を巡らせる。
ロードリックは自らの安全の為に、部下に自分の姿を模倣させる事があった。
その為、顔を合わせていても本人だと思えるのは暫く会話をした後になる。そうしても、確信できない時も多々あった。
それでは駄目なのだ。一回きりの機会を逃さず実行できる方法はないだろうか。
……アレの妻ならば。
ふと、幾度か顔を合わせた人間の女性を思い出した。
彼女は恐らく自分の夫の見分けがついている。
妻を目印にすればきっと、ロードリックという男を捉える事が出来るに違いない。
裏表のない何処までも普通の女性だ。だからこそ、天来衆との見分けが極めてつけやすい人物である。
マクシミリアンは人知れず、脳内で不退転の恐るべき計画を練り上げていく。
そしてクラリスの姿を思い出しながら、傲慢に笑った。
許してくれたまえ。
これはこの国にとって、人間にとって、必要な事なのである。
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