果ての光~軍人侯爵の秘密と強制結婚の幸福~

百花

文字の大きさ
41 / 45
第十一章

第四十一話

しおりを挟む

 バリエ・マクシミリアンは生粋の高貴なる貴族である。六百年の長き歴史を持つバリエ侯爵家に次男として生まれ、何一つ不自由なく育てられてきた。
 彼にとって平民とは己に傅く者達だ。幼い頃は共に食事を囲む事もなかったし、敬語以外で話しかけられた事も無い。
 軍に入ってからは身分の区別がない強制的な寮生活に随分と苦労をしたものだが、それでも最後の一線はきちんと弁えた付き合いをされてきた。
 それが当然である。それが貴族である。
 そしてその待遇にきちんと責任が伴う事を、誇りと共に重々承知していた。
 教育の機会が無く、無知蒙昧な平民を正しく導く事。それこそが貴族の義務であると。
 軍施設内の廊下を荒々しく闊歩するマクシミリアンを、階級の低い軍人達はとばっちりを受けないようにそそくさと避けて歩く。

 一体、何があったのか!

 怒りが冷めやらない彼の脳裏には、今しがた抜け出して来た会議室の様子が鮮やかに思い出されていた。

『いい加減したまえ!』

 オールポート大将の怒りに満ちた罵声。

『最早、彼等も我々が守るべきこの国の民。それを認識せよ!』

 ……そんな馬鹿な事を、受け入れられる筈がない!

 尊敬していたオールポート大将の姿が、脳内で歪んでいく。

 何故分からないのだ。
 あれほど危険な集団を自らの体内に引き入れる事の愚かさを!

 誰にも理解されない孤独に、奥歯を強く噛み締めた。
 初めてアレに会った時の事はあまり覚えていない。朧会で親に連れられて、挨拶をするように促されたように思う。
 その時には気付かなかった。自分が向き合っているロードリックという男が、如何に自然の理から外れた異常な存在であるかを。
 年を重ねるごとに、違和感が少しずつ増えていく。
 変える事の出来る外見、歴史書のような古びた会話、人目を忍んで生活する虫のように薄気味悪い集団。

 違う。あれらは、我々人間とは余りにも違う!

 それは本能的な拒否感かもしれなかった。けれど本能を、理屈が武装する。
 天来衆の持つ特別な能力は、信じるには余りにも危険すぎると。
 いつしかそれは貴族の誇りと混じり、マクシミリアンの若い情熱と相まって怒りのように煮えたぎっていた。
 マクシミリアンが軍人になった時、既に天来衆は余りに深くこの国に根差していた。
 だから彼らを制御しなければならないと、他の事情を知る軍人達の先鋒となったつもりで働いて来たというのに。
 酷い裏切りだと思った。
 自分が彼らの家を探って裏切りの事実を見つけ出そうとした事も、上層部は把握していながら見過ごして来た。
 それは皆が、天来衆を何処かで信用しきれないと思っていたからに違いない。

 今更態度を変えると?

 戻ってきた自分の椅子にどっかと腰を下ろす。机の上には今後の作戦を左右する機密情報が溢れていたが、今は全てに意識が行かない。
 溢れ出る機嫌の悪さに、腫物を扱うように同僚達は視線を逸らした。
 最早誰にも頼る事は出来ない。自分一人であの悪魔達を排除しなければ。
 ロードリックが天来衆にとって特別な存在であるのは間違いがない。彼さえ殺せば、人間と天来衆の対立は必至であろう。
 そして対立さえしてしまえば、数の少ない天来衆など排除する事が出来るに違いない。
 いくら外見を変えられると言っても表立って軍から排除してしまえば、彼らに出来る事は精々暗殺程度である。
 長期的な視野で見れば、微々たる犠牲だ。
 天来衆を軍から取り除くには国内が落ち着いている今この時、この方法しかない。これは、極めて正当な暴力なのだ。
 マクシミリアンは深呼吸し、覚悟を決めた。
 怒りを抑え、己が成すべき事を冷静に実行しようと思考を巡らせる。
 ロードリックは自らの安全の為に、部下に自分の姿を模倣させる事があった。
 その為、顔を合わせていても本人だと思えるのは暫く会話をした後になる。そうしても、確信できない時も多々あった。
 それでは駄目なのだ。一回きりの機会を逃さず実行できる方法はないだろうか。

……アレの妻ならば。

 ふと、幾度か顔を合わせた人間の女性を思い出した。
 彼女は恐らく自分の夫の見分けがついている。
 妻を目印にすればきっと、ロードリックという男を捉える事が出来るに違いない。
 裏表のない何処までも普通の女性だ。だからこそ、天来衆との見分けが極めてつけやすい人物である。
 マクシミリアンは人知れず、脳内で不退転の恐るべき計画を練り上げていく。
 そしてクラリスの姿を思い出しながら、傲慢に笑った。

 許してくれたまえ。
 これはこの国にとって、人間にとって、必要な事なのである。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―

佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。 19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。 しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。 突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。 「焦らず、お前のペースで進もう」 そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。 けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。 学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。 外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。 「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」 余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。 理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。 「ゆっくり」なんて、ただの建前。 一度火がついた熱は、誰にも止められない。 兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

処理中です...