12 / 77
第十二話 竜人の一員
しおりを挟むセレナが岳牙の用事で家を空ける時は、カシュパルは一人で過ごさなければならなかった。適当に夕飯を外で済ませようと、慣れた町をぶらぶらと歩く。
今頃セレナはヘルベルトと食事をしているのだろう。自分の関与できない繋がりがセレナにあるだけで何故だかとても嫌な気分にさせられた。
けれども子供の様にセレナにその不満を口に出す事はしなかった。
理性では自分の為にしてくれていると分かっている。カシュパルはセレナにとって面倒な子供にはなりたくなかった。
ただ頼られたいのだ。もう自分は、こんなにも大きくなってきているから。
ふと、目の前の人混みが少しいつもと違う空気である事に気がついた。雑多に行き交う人の群れが一区画だけ誰かを避けている。
まるで、カシュパルが初めてこの町に足を踏み入れた時のような空気。
まさかと注視している内に人垣から捩じれる二本の角が見え、予想した事が当たったのを知る。
正面から近づくように歩いて来たのは、一人の竜人の男だった。
尖った耳とそれを縁取る鱗は純血の竜人の証。190㎝はあるような体格の良さで、カシュパルもその顔を見上げてしまう。
人間でいうと二十代後半のような外見だが、竜人の寿命は五百年程もあるので見た目通りではないかもしれなかった。
彼はカシュパルを見つけると、楽しそうな笑みを浮かべた。
「お前がアーロン・カシュパルか」
俺を探していた?
成人した竜人という、明らかに自分の手に負えない相手に胸が不穏に騒めいた。
「そういうアンタは?」
「有鱗守護団団員、マルケイ・ラウロ」
正当な竜人に対して敬語でも使うべきか一瞬考えたが、カシュパルはあえてそうしなかった。寧ろ威嚇のように普段通りの遠慮ない言葉遣いをした。
それを咎める事も無くラウロは友好的な笑みを向けてくる。それはまるで子猫が毛を逆立てているのを可愛いと思うような、そんな強者の余裕だった。
「偶々近くに寄ったら、竜人と人間の混血児がいるって聞いてな。それで顔を見に来たんだよ。少し話したいから、俺についておいで」
提案の形をしていたが、カシュパルの意見は聞いていなかった。背を向けて歩き出したラウロの後を追う。
竜人の情報など周囲の獣人と同じ程度にしか知らないカシュパルにとって、ラウロの登場は良い予感がしなかった。
カシュパルの希望はセレナと平穏な日常をいつまでも続ける事であって、竜人の一員として認められたい訳ではない。
「何処出身なんだ?」
「……アリストラ国」
「へえ。こっちに来て何年経った」
「四年」
そんな事情聴取のような会話を淡々と続けながら二人で歩く。いつしか人の少ない町外れへと来ていた。
「誰と暮らしてるんだ?」
「叔母さん」
「ああ……血縁者か」
それに少し含みのある言葉を返し、ラウロはカシュパルの顔を見た。
「竜人についてはどれだけ知ってる?『強き者は他者を守らねばならない。恩寵こそ竜の意思』……聞いた事は?」
「知らない」
「竜人なら誰でも知ってる神話の一節だ。お前本当に知らないんだな。お前の父親は何も教えてくれなかったのか?」
「俺が生まれる前に母さんを捨てたよ」
カシュパルの無知はセレナがさり気なく遠ざけて来たからだった。
セレナは凡庸な獣人としてカシュパルが暮らす事を望んでいた。栄えある竜人の一員としてではなく。
その事についてカシュパル自身も異論はない。そんな事は二人の生活の中でどうでもいい事だ。
「そうか」
カシュパルが父親に対して少し苛立って答えれば、ラウロはきまり悪そうな顔をした後に彼の頭を撫でる。
「混血児だろうが、強さがあるなら我らが竜人の同胞だ」
親し気に話しかけてくるラウロに認められる事に、カシュパルは何の喜びも見いだせなかった。
「俺が色々教えてやるよ。俺達が特別なのは神話の時代、この世界を去る前に竜が特に祝福したからだ。皆を守れるようにと。だからカシュパル。強さには意味がなくてはならない」
ラウロは心に響く事を願ってカシュパルを強い目で見つめたが、見つめ返す幼い竜人の同胞の目には何の感情も浮かんでいなかった。
「だから?」
「あー、むやみに他人に手を上げたりしちゃ駄目だって事」
「そんなの知ってるけど」
可愛くねぇ。
ラウロは目の前の子供を面倒な相手だと内心思ったが、表に出さずに好意的な仮面をカシュパルに向けた。
竜人と人間の混血児の話がラウロの耳に入って来たのは、ほんの一か月前の事である。
それほどまでに情報が遅くなったのは、カシュパルが混血児である事から能力がそこまで伸びないと考えた周囲の思い込みと、辺鄙な田舎という地理的事情の為だった。
魔物狩人のチームにも入らないカシュパルは珍しい存在というだけに留まっていた。本人の実力が明白に認められるようになったのは最近の事だった。
ギルドでは手に負えない魔物討伐の出動要請がラウロに出て、近くに寄る事が無ければカシュパルの存在に気付くのは更に数年先になっていただろう。
情報を集めれば人間の女性と暮らしているのは直ぐに分かった。
混血児である事を考慮すれば、血縁者であるのは予想の範囲内だ。しかしそうすると法律上無理に引き離すにはいくつかの条件が存在した。
虐待の事実、本人の意思や、不法行為があれば連れ去る事が出来るが、安易にすれば子供の心に深刻な傷を負わせる可能性もある為に、非常に慎重に見極めなければならない事案だった。
最もあってはならない事は竜人の子供が洗脳、利用されて裏社会の一員になる事だ。
一人の竜人が裏社会に流れるだけで、その影響は甚大である。
過去の悲劇的な事例から、竜人の子供にはある程度関与すべき存在だと竜人達は考えている。
ラウロもそんな竜人全体の意思を受け、カシュパルが問題ない環境にいるのか見極める為に足を運んだのだった。場合によっては連れ去る選択肢も考えながら。
「叔母さんとは仲が良いのか」
「言う必要ある?」
警戒を隠さない視線がラウロに突き刺さる。けれど圧を込めてラウロは言った。
「ああ。あるね」
「……良くしてくれている。人間なのに、この国に俺を連れて来てくれたんだから。いつも気にかけてくれるし、優しいと思う」
客観的に判断できている。威嚇はするが、凶暴性は今の所ない。俺の質問にも答えてくれる。ラウロはカシュパルの様子から、警戒するレベルを少し下げた。
「そか、なら良いんだ」
そしてラウロの様子を観察していたカシュパルも、ラウロの目的を把握し終えていた。疑われるような事はあってはいけない。けれど、気に入られ過ぎてもいけない。
だから警戒する様子を解く事はしないまま、大人しく聞かれた事には答える事にする。
「まだチームには入っていないんだって?」
「ああ。まだ若すぎると」
「そんな事言うのは誰だよ。俺の時にはもうマンティコアぐらい狩ってたぞ」
「叔母さん」
「……まあ、人間はそう思うか」
そんなやり取りを幾つかする内に、ラウロの緊張感が抜けていくのをカシュパルは鋭敏に察していた。
カシュパルが他人に興味が無かったのは、今まで自分とセレナに影響を及ぼさない事だったからだ。
けれど今返答次第では脅かされる事態に直面し、ラウロに対していつもの通りではいけない事を悟った。
声の調子、顔の表情、歩き方まで。純粋な子供が保護者を普通程度に慕う様子を演出する。
他人の心を自分の思う通りに導いていく。それは今まで実行しようとしなかっただけで、やってみれば息をするように簡単な事だった。
一言一言に密かな意味を持たせ、気付かれぬ内にラウロの心を掌握する。
「……じゃあ、誰かに何かしろって命令された事も無いんだな?」
「むしろ危ないから何もするなって言われてる」
「そうか。なら良いんだ」
その言葉を最後に、ラウロから完全に警戒する気配が消えたのが分かった。探るような視線は消え、同胞の子供としての親しみの視線に変わる。
「折角だし時間があるなら、手合わせしないか?」
町の外を顎で示し誘うラウロに、これが最後の試練である事をカシュパルは悟った。
0
あなたにおすすめの小説
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
ただの新米騎士なのに、竜王陛下から妃として所望されています
柳葉うら
恋愛
北の砦で新米騎士をしているウェンディの相棒は美しい雄の黒竜のオブシディアン。
領主のアデルバートから譲り受けたその竜はウェンディを主人として認めておらず、背中に乗せてくれない。
しかしある日、砦に現れた刺客からオブシディアンを守ったウェンディは、武器に使われていた毒で生死を彷徨う。
幸にも目覚めたウェンディの前に現れたのは――竜王を名乗る美丈夫だった。
「命をかけ、勇気を振り絞って助けてくれたあなたを妃として迎える」
「お、畏れ多いので結構です!」
「それではあなたの忠実なしもべとして仕えよう」
「もっと重い提案がきた?!」
果たしてウェンディは竜王の求婚を断れるだろうか(※断れません。溺愛されて押されます)。
さくっとお読みいただけますと嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる