故国の仇が可哀想すぎて殺せない~愛は世界を救う。たぶん、~

百花

文字の大きさ
13 / 77

第十三話 望む通りの者に

しおりを挟む

 二人が町の外を暫く歩くと、川の横に開けた場所を見つけた。町からそう遠くもなく、誰かを巻き込むほど近くもない距離である。

「よし、やるか」
「……分かった」

 いやに陽気なラウロに、カシュパルは溜息を抑えて剣を構えた。
 力比べを楽しむ獣人の気質など、全く理解できない。今回はカシュパルの能力を測る面があるものの、そうでなくても力比べを提案されていた気がした。
 ラウロは本気で切りかかる訳ではない筈だ。自分の実力は弱すぎたら違和感があるだろうし、強かったら危険視される可能性が高い。
 丁度いい塩梅で負けなくてはならない。

「かかっておいで」

 その誘いに乗り、カシュパルはラウロに向かって斬りかかった。岳牙のメンバーに教わった通りに身体能力強化の魔術をかけて、剣の扱いは全う過ぎる程全うに。言ってみれば、つまらない剣筋だった。
 二回、三回とカシュパルの剣を難なく受け止める内に、ラウロの目から興味の光が消えていく。

 ああ、なんだ。この程度か。

 そんな彼の心が透けて見えた。カシュパルの剣を防ぐことに飽きたラウロが、自らの剣に魔力を込める。
 それは気を抜く事の出来ない戦いの時でありながら、思わず見惚れてしまう程の見事な魔術だった。
 ラウロが自分の武器に込めた火属性魔術が、長剣の刃を赤く燃やす。今まで見た事がない程の強い魔力を刃だけに集中させていた。
 赤を越えて白い炎の光が、どれほどの熱量が込められているのかをカシュパルに教えた。力を入れずに剣を降ろすだけで、岩さえ溶かし斬れそうである。

 さあ、どうする?

 そんな問いかけが聞こえてくるようだ。素直に負けさせてくれもしない。気を抜けば腕の一本ぐらいは失ってしまうだろう。
 仕方なくカシュパルも反対属性の水属性魔術を剣に付与した。ラウロには遠く及ばないが、それでも直ぐに剣が駄目になる事はない筈だ。
 ラウロが剣を振り下ろす。まともに受けたら剣が溶けるのが分かっていたので、必死に受け流した。

 バチィィッ

 相反する属性同士がぶつかり合い、通常の剣戟ではありえない音を作り出す。爆発音に似た音が静かな森に反響した。
 ラウロの攻撃を受け流す。何度もそれを繰り返す内に、剣がどんどんボロボロになっていった。
 向こうも俺を殺しはしないだろう。
 その良心を信じて、敢えてそれ以上の手を尽くさない。やがてカシュパルの剣が折れ、ラウロの剣が首筋に当てられる。

「俺の勝ちだな」

 首に感じた火傷をしかねない熱気が、ラウロの宣言と同時に消えた。
 これで満足して帰ってくれる。カシュパルが顔に出さないまま内心で安堵した瞬間、背後からセレナの声が聞こえた。

「カシュパルッ……!」

 振り向けば、剣を突き付けられたカシュパルの姿を見て愕然とした表情のセレナの顔が見えた。
 セレナにとって、カシュパルは確かに可愛がっている子供だった。背景に何があったとしても。
 だから剣が突き付けられているのを見て瞬間的に激怒し、腰の剣を抜き放とうとする。

 駄目だ!

 一気に体が冷えた気がした。セレナがラウロに向かって本気で斬りかかれば、ラウロがセレナを切り殺すかもしれないと思った。
 これだけの実力者。しかも人間に、寛大に対応してくれると思い込むには根拠が少ない。
 実力を隠さねばならない事情も吹き飛んで、カシュパルは剣の柄に彫っていた光の文様魔術をラウロの眼前で使用する。
 白い光が瞬間的に周囲を包み込み、ラウロの目が眩んだ隙を見てセレナの元に跳躍した。
 そして抜き放ちかけた剣を鞘に片手で押し込み、飛び掛かろうとしていた体を自分の体で抱きしめる事で押しとどめる。
 親が身を挺して子供を守ろうとするかのような、余りにも無防備な姿勢だったがそれで彼女が守れるならば構わなかった。
 耳元で興奮するセレナを宥めて、竜人への意識を逸らそうとする。

「セレナ、大丈夫だから。手合わせしてたんだ」

 カシュパルの優しい声に怒りが戸惑いへと変わり、そして怪我が無いのに気がついてセレナは現状を把握した。
 セレナの体から力が抜けたのを見て、カシュパルも抱き留めていた腕をゆっくりと開放する。

「なんっだよお前……! 文様魔術使えるのか……!?」

 ヨナーシュ国で文様魔術を人間並みに使いこなす者は少ない。カシュパルの能力は実に珍しく、ラウロの心に火が付いた。
 どんな凡才であっても、文様魔術が使えるとなればその価値は計り知れない。
 カシュパルはラウロの興奮した声に、最後の最後で能力の一端を見せてしまった現状に気落ちした。
 けれど先程の状況では仕方のない事だったと諦め、やる気のない顔を作って振り返った。

「まあ、半分は人間の血があるから」
「カシュパル、お前俺と一緒に来い! 鍛えてやる!」

 やはり面倒な事になった。ラウロが強さを追求する気持ちも本心ではよく分かる。強くなければ何も守れない。今のように。
 けれどセレナの傍を離れる訳にはいかないので、うんざりした表情を作って彼を失望させる努力をした。

「嫌だ。鍛えて欲しいなんて言ってない」
「何でだよ。お前なら竜人の中でも群を抜く強さになれるかもしれないのに」
「強くなくていい」

 嘘だ。本当は誰も手出しが出来ない程の強さが欲しい。けれどその本心を丁寧に隠した。

「は?」

 ラウロの興奮がカシュパルのやる気の無さを見て静まっていく。

「誰かの為に戦うとか馬鹿らしい。逃げればそれで充分だろ」
「お前、それ本気で言ってるのか?」

 誰かを守るのが竜人の誇りだと信じて生きてきたラウロは、カシュパルの言葉に愕然とした。

「俺は半分、人間だから」

 ラウロの目がゆっくりと見開かれ、その意味を咀嚼する。もしもそれが本心からだとしたら、確かにこの子は竜人というよりは人間に近い心を持っているのだろう。
 折角強くなれる才能があるのに。惜しい気持ちが湧き起るが、強制した所で身につく筈がない。
 セレナが洗脳している可能性はカシュパルの誘導により少ないように考えていた。
 子供を守ろうとしたセレナの姿も相まって、カシュパルを連れて行く理由は自分が鍛えたいという欲求だけである。

「あー……」

 ラウロは頭を乱暴に掻いて、自分の気持ちを切り替えた。

「分かった。お前の意思を尊重しよう。付き合わせて悪かった」

 これで終わりだという風に、ラウロは剣を仕舞って両手を上げた。
 セレナとカシュパルに背を向けてラウロは町へと足を踏み出す。最後に振り向きざま一言だけカシュパルに向かって呟いた。

「カシュパル……明日、俺がこの町を出る前に一人で宿に来い。最後に話したい事がある」

 返事も聞かずに去って行く姿を最後まで見送る。その背中が見えなくなった所で、漸くカシュパルの緊張感が緩んだ。

「大丈夫か?」

 セレナの手がカシュパルの頬に触れ、慰めるように顔を撫でる。触れ合った所から彼女の熱がじわりと伝わった。
 セレナがカシュパルの為に剣を抜こうとした時は肝が冷えたが、伝わった愛情は浮足立つほど嬉しい。
 この手の届かない場所なんて、何の興味もなかった。
 カシュパルは目を細め、柔らかく笑って答える。

「ああ……大丈夫。多分もう、あの人も誘って来ない」
「良かったのか?」

 セレナの目に確かめる様な光が宿る。カシュパルは時折セレナが見せるその感情に気がついていたが、問題にはしなかった。

「俺は普通の魔物狩人になりたいから」
「そうか」

 明らかにほっとした様子のセレナに、口角を上げて微笑んだ。
 この人の望む通りの者になろう。それが栄光など何もない普通の獣人の魔物狩人でも。
 セレナが傍にいてくれるだけで、カシュパルは十分だった。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

処理中です...