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第十三話 望む通りの者に
しおりを挟む二人が町の外を暫く歩くと、川の横に開けた場所を見つけた。町からそう遠くもなく、誰かを巻き込むほど近くもない距離である。
「よし、やるか」
「……分かった」
いやに陽気なラウロに、カシュパルは溜息を抑えて剣を構えた。
力比べを楽しむ獣人の気質など、全く理解できない。今回はカシュパルの能力を測る面があるものの、そうでなくても力比べを提案されていた気がした。
ラウロは本気で切りかかる訳ではない筈だ。自分の実力は弱すぎたら違和感があるだろうし、強かったら危険視される可能性が高い。
丁度いい塩梅で負けなくてはならない。
「かかっておいで」
その誘いに乗り、カシュパルはラウロに向かって斬りかかった。岳牙のメンバーに教わった通りに身体能力強化の魔術をかけて、剣の扱いは全う過ぎる程全うに。言ってみれば、つまらない剣筋だった。
二回、三回とカシュパルの剣を難なく受け止める内に、ラウロの目から興味の光が消えていく。
ああ、なんだ。この程度か。
そんな彼の心が透けて見えた。カシュパルの剣を防ぐことに飽きたラウロが、自らの剣に魔力を込める。
それは気を抜く事の出来ない戦いの時でありながら、思わず見惚れてしまう程の見事な魔術だった。
ラウロが自分の武器に込めた火属性魔術が、長剣の刃を赤く燃やす。今まで見た事がない程の強い魔力を刃だけに集中させていた。
赤を越えて白い炎の光が、どれほどの熱量が込められているのかをカシュパルに教えた。力を入れずに剣を降ろすだけで、岩さえ溶かし斬れそうである。
さあ、どうする?
そんな問いかけが聞こえてくるようだ。素直に負けさせてくれもしない。気を抜けば腕の一本ぐらいは失ってしまうだろう。
仕方なくカシュパルも反対属性の水属性魔術を剣に付与した。ラウロには遠く及ばないが、それでも直ぐに剣が駄目になる事はない筈だ。
ラウロが剣を振り下ろす。まともに受けたら剣が溶けるのが分かっていたので、必死に受け流した。
バチィィッ
相反する属性同士がぶつかり合い、通常の剣戟ではありえない音を作り出す。爆発音に似た音が静かな森に反響した。
ラウロの攻撃を受け流す。何度もそれを繰り返す内に、剣がどんどんボロボロになっていった。
向こうも俺を殺しはしないだろう。
その良心を信じて、敢えてそれ以上の手を尽くさない。やがてカシュパルの剣が折れ、ラウロの剣が首筋に当てられる。
「俺の勝ちだな」
首に感じた火傷をしかねない熱気が、ラウロの宣言と同時に消えた。
これで満足して帰ってくれる。カシュパルが顔に出さないまま内心で安堵した瞬間、背後からセレナの声が聞こえた。
「カシュパルッ……!」
振り向けば、剣を突き付けられたカシュパルの姿を見て愕然とした表情のセレナの顔が見えた。
セレナにとって、カシュパルは確かに可愛がっている子供だった。背景に何があったとしても。
だから剣が突き付けられているのを見て瞬間的に激怒し、腰の剣を抜き放とうとする。
駄目だ!
一気に体が冷えた気がした。セレナがラウロに向かって本気で斬りかかれば、ラウロがセレナを切り殺すかもしれないと思った。
これだけの実力者。しかも人間に、寛大に対応してくれると思い込むには根拠が少ない。
実力を隠さねばならない事情も吹き飛んで、カシュパルは剣の柄に彫っていた光の文様魔術をラウロの眼前で使用する。
白い光が瞬間的に周囲を包み込み、ラウロの目が眩んだ隙を見てセレナの元に跳躍した。
そして抜き放ちかけた剣を鞘に片手で押し込み、飛び掛かろうとしていた体を自分の体で抱きしめる事で押しとどめる。
親が身を挺して子供を守ろうとするかのような、余りにも無防備な姿勢だったがそれで彼女が守れるならば構わなかった。
耳元で興奮するセレナを宥めて、竜人への意識を逸らそうとする。
「セレナ、大丈夫だから。手合わせしてたんだ」
カシュパルの優しい声に怒りが戸惑いへと変わり、そして怪我が無いのに気がついてセレナは現状を把握した。
セレナの体から力が抜けたのを見て、カシュパルも抱き留めていた腕をゆっくりと開放する。
「なんっだよお前……! 文様魔術使えるのか……!?」
ヨナーシュ国で文様魔術を人間並みに使いこなす者は少ない。カシュパルの能力は実に珍しく、ラウロの心に火が付いた。
どんな凡才であっても、文様魔術が使えるとなればその価値は計り知れない。
カシュパルはラウロの興奮した声に、最後の最後で能力の一端を見せてしまった現状に気落ちした。
けれど先程の状況では仕方のない事だったと諦め、やる気のない顔を作って振り返った。
「まあ、半分は人間の血があるから」
「カシュパル、お前俺と一緒に来い! 鍛えてやる!」
やはり面倒な事になった。ラウロが強さを追求する気持ちも本心ではよく分かる。強くなければ何も守れない。今のように。
けれどセレナの傍を離れる訳にはいかないので、うんざりした表情を作って彼を失望させる努力をした。
「嫌だ。鍛えて欲しいなんて言ってない」
「何でだよ。お前なら竜人の中でも群を抜く強さになれるかもしれないのに」
「強くなくていい」
嘘だ。本当は誰も手出しが出来ない程の強さが欲しい。けれどその本心を丁寧に隠した。
「は?」
ラウロの興奮がカシュパルのやる気の無さを見て静まっていく。
「誰かの為に戦うとか馬鹿らしい。逃げればそれで充分だろ」
「お前、それ本気で言ってるのか?」
誰かを守るのが竜人の誇りだと信じて生きてきたラウロは、カシュパルの言葉に愕然とした。
「俺は半分、人間だから」
ラウロの目がゆっくりと見開かれ、その意味を咀嚼する。もしもそれが本心からだとしたら、確かにこの子は竜人というよりは人間に近い心を持っているのだろう。
折角強くなれる才能があるのに。惜しい気持ちが湧き起るが、強制した所で身につく筈がない。
セレナが洗脳している可能性はカシュパルの誘導により少ないように考えていた。
子供を守ろうとしたセレナの姿も相まって、カシュパルを連れて行く理由は自分が鍛えたいという欲求だけである。
「あー……」
ラウロは頭を乱暴に掻いて、自分の気持ちを切り替えた。
「分かった。お前の意思を尊重しよう。付き合わせて悪かった」
これで終わりだという風に、ラウロは剣を仕舞って両手を上げた。
セレナとカシュパルに背を向けてラウロは町へと足を踏み出す。最後に振り向きざま一言だけカシュパルに向かって呟いた。
「カシュパル……明日、俺がこの町を出る前に一人で宿に来い。最後に話したい事がある」
返事も聞かずに去って行く姿を最後まで見送る。その背中が見えなくなった所で、漸くカシュパルの緊張感が緩んだ。
「大丈夫か?」
セレナの手がカシュパルの頬に触れ、慰めるように顔を撫でる。触れ合った所から彼女の熱がじわりと伝わった。
セレナがカシュパルの為に剣を抜こうとした時は肝が冷えたが、伝わった愛情は浮足立つほど嬉しい。
この手の届かない場所なんて、何の興味もなかった。
カシュパルは目を細め、柔らかく笑って答える。
「ああ……大丈夫。多分もう、あの人も誘って来ない」
「良かったのか?」
セレナの目に確かめる様な光が宿る。カシュパルは時折セレナが見せるその感情に気がついていたが、問題にはしなかった。
「俺は普通の魔物狩人になりたいから」
「そうか」
明らかにほっとした様子のセレナに、口角を上げて微笑んだ。
この人の望む通りの者になろう。それが栄光など何もない普通の獣人の魔物狩人でも。
セレナが傍にいてくれるだけで、カシュパルは十分だった。
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