51 / 64
第五十一話
しおりを挟む「ヴァージル」
意識が戻ったのだ。カナの目から涙が零れ落ちる。こんな状況でさえなければ、抱きしめていた。
ヴァージルは話を聞いていたようで、ふらつきながら立ち上がるとカナを背後に庇うようにしてプルデンシオに対峙した。
カナは急いで壁に立てかけておいた彼の剣を取り、ヴァージルに渡す。
「あら? 少し不味いかしら」
プルデンシオは少し焦った表情で剣を抜いた。しかし、一向に攻撃してこないヴァージルを見て理解する。
「あぁ……無理してるのね。そうじゃなければ、使い魔で攻撃しているでしょう?」
ヴァージルは見透かされて舌打ちする。ドラゴンの消化は実際、まだ終わっていなかった。
けれどカナが危険にさらされているのを感じ取り、無理矢理目覚めただけである。
しかもドラゴンの抵抗にあっている間、他の使い魔を呼び出す事も出来なかった。
プルデンシオは一歩、足をヴァージルに向かって踏み出した。それをイスマエルの矢が飛来して支援する。
ドドドドッ!!!
矢はオズワルドの防御魔術を打ち破り、ガラスのような音を立てて砕けさせてしまった。
しかし、オズワルドは新たな防御魔術を展開しない。攻撃もしない。ただ悔しそうな顔をして、棒立ちしている。
オズワルドは、カナを渡す事を選択したのだった。
もうオズワルドに抵抗する気がないのを見て、プルデンシオは攻撃する事もなくただ隣を通り過ぎた。
「賢明ね」
遮るものが無くなった部屋に、プルデンシオは悠々と歩いて入って来た。
戦わないオズワルドにヴァージルは心底腹が立つ。
結局、頼れるのは自分自身だけなのだ。分かっていた事だ。それなのにどうしてか、憎んでしまいそうだった。
「ふざけんなよッ……!」
カナを取られまいと、ヴァージルは剣をプルデンシオに向かって振るう。弱っているとはいえ七刃の一人である。
怪力により繰り出される剣は重く、常人であれば吹き飛ばされるような威力だった。
けれどプルデンシオはそれを簡単に受け止めて、余裕ぶった笑みを浮かべてみせた。
おちょくられている。
この男が逃げもせず態々剣を受け止めるという事は、そういう意味だった。
ギィンッ、ギィンッ
剣戟の音が狭い室内に響く。しかし矢張り本調子ではない為か、幾度目かで簡単に剣を弾き飛ばされてしまった。
「ぐ、」
「あんまり無理はしないで?」
プルデンシオはそう言って、拳をヴァージルの胸に叩き込んだ。体が壁にぶち当たり、ヴァージルは呻き声を挙げる。
ぶり返した酷い悪心もあって、体を動かす事が出来なくなってしまった。
元々無理をして目を覚まさせたのだ。プルデンシオとの戦いなどまともに出来る状態ではなかった。
もう、プルデンシオとカナの間には何の障害も無い。
プルデンシオは優雅に腰を折り、まるで騎士のようにカナに一礼する。
「さあ、お姫様。行きましょうかぁ」
「行くな……ッ!」
ヴァージルの悲痛な声が響く。けれど何の力も無かった。
選択肢など、最初から無かったのだ。
カナは苦し気なヴァージルに唇を噛み締め、けれど最後には気丈に少し笑みを向けて言った。
「……待ってる」
それは、絶対に自分を助けに来てくれると信じている顔だった。どんな事がこれから起きようと、ヴァージルが迎えに来るまでは絶対に耐えてみせる。
そんな決意を言葉にせずにヴァージルに伝え、プルデンシオに差し出された手に自分の手を重ねる。
カナがプルデンシオに横抱きにされたかと思った次の瞬間、二人の姿は幻だったかのように消えてしまっていた。
「カナ!」
ヴァージルは叫ぶ。けれどもう、追いつけないのも分かっていた。
神速の二つ名が示す通り、異常な脚力と身体強化魔術を使って移動されてしまえば、彼より早い存在はいないのだから。
目の前で奪われ、ヴァージルは怒り狂いながら拳を床に打ち付けた。
「オズワルド! どうして行かせた!」
「今の状況じゃあ、無理だよ」
オズワルドの言う事も本当は理解している。けれど認めたくなくて、ヴァージルは頭を抱えて声にならない声を叫ぶ。
ダフネは何も出来なかった自分の無力さに怒りながら、そんな痛々しいヴァージルを見守るしか出来なかった。
何の為に。何の為に、俺は今までやってきたんだ。
全部、カナを守る為じゃないのか。
身の内のドラゴンが暴れて、堪らずヴァージルはその場に蹲る。これを使い魔にしなければ、助けに行く事さえ出来ない。
大切なものが手から零れようとしていく。カナが連れていかれた場所が、どれだけ恐ろしく冷たい場所なのか、ヴァージルは知っている。
もしもカナから狂わんばかりの恐怖が伝わって来てしまったら。いや、この繋がりさえ感じられなくなってしまったら。
「……頼む」
失いたく、ないんだ。
誰に願ったのかさえ分からない。ただ気付けば口に出していた。
酷い喪失感と、怒りと、無力感。
ヴァージルの感情とドラゴンの感情が、その時ぴたりと合致した。
それを切っ掛けにして、あれほど暴れていたドラゴンの精神が一瞬だけ嘘のように静かになった。もしかしたらヴァージルに同情したのかもしれない。
けれどヴァージルはその油断を見逃さず、一気に飲み込んでいく。ドラゴンの誇りも、記憶も、手の中に収めていく。
そして全てを消化し終え、ヴァージルは爪が食い込む程強く手を握りしめた。
今、かよ。
もう少し早く使い魔に出来ていれば、カナを奪われる事は無かっただろう。
自分の不甲斐なさに怒りを感じる。奥歯を噛み締めて、本調子には程遠い体を起き上がらせた。
早く。一刻も早く。迎えに行かねぇと。
ヴァージルは影から黒煙を拭きあがらせながら、ふらふらと外へと行こうとした。
「ヴァージル!?」
「行かねぇと」
「『消化』終わったの? ねぇ、ちょっと! 直ぐには無理だって!」
オズワルドはどうみても弱っているヴァージルの腰に抱きついて、どうにか引き留めようとする。この状態で敵陣に乗り込んだところで、犬死は目に見えていた。
「うるせぇ」
だってカナが待っている。直ぐに行かないと、怖い思いをするだろう。
カナを奪われた事で、ヴァージルの正気の殻が剥がれ落ちて行く。中にあるのは、狂気と暴力しかない闇の住人の姿だ。
ぞろりとヴァージルの足元が不穏に蠢く。
今にも彼の宿す数多の使い魔達が姿を現そうとしていた。
オズワルドを引きずってでも移動しようとしたヴァージルの前に、ダフネが立ちふさがった。
「ヴァージルさん」
カナの関心を奪う苛立つ女だった。けれど、カナの為に七刃に立ち向かおうとした馬鹿な女でもあった。
何故だか無視する事が出来ず、ダフネの前で足を止めてしまう。
「魔天会へ向かうなら……協力させて欲しい。七刃は無理でも、他の構成員ぐらいなら私でも相手に出来るだろう」
ヴァージルは何故ダフネがそう言いだしたのか分からない。命がけになる。それに対する礼など、ヴァージルがダフネに対して渡せる物はない。
「何で」
「借りがある。それに……貴方達の事が、気に入った」
笑いながら言われたその言葉が、何故だかカナに初めて友達と言われた時の事を思い起こさせた。
怯える目でもなく、媚びる目でもなく、謀る目でもない、温かい目だった。
「ヴァージル殿」
気づけばアストーリ侯爵が廊下に立っていた。彼だけではない。ロンメルをはじめとした騎士団の人々も、この騒動に駆けつけて来ていた。
「どうやら、娘以外にも貴方の助力をしたい者がいるようだ。……連れて行ってやってはくれないか?」
アストーリ侯爵の言葉に同意するかのように、力強い視線がいくつもヴァージルに向けられる。
大事なものはたった一つ。それは変わらない。
そのカナの隣に立つために、ヴァージルは随分自分を殺して来た。まともに見えるよう、本心を偽って努力してきた。
けれど騎士団をドラゴンから庇ったのが、どんな理由からなのかヴァージルにはよく分からなくなっていた。
自分は変わったのだろうか。日向に立つカナの隣に、堂々と立てる人間になれたのだろうか。
ただ分かるのは目の前の人達がヴァージルを内側に入れてくれた事と、彼らの申し出を自分が心底有難く思っている事だけだった。
ヴァージルの視界の端で、カナから貰った指輪が彼の正気を繋ぎとめるように光った。
『二人でなら、乗り越えられるよ』
いつか聞いた彼女の言葉が脳裏に過る。その記憶に導かれ、冷静さが戻って来る。
……カナ。
だからヴァージルは足を止めて黒煙を消し、彼らの言葉に耳を傾けた。
「まずは、作戦を練ろうよ。ヴァージル。僕達だけじゃないみたいだしさ」
オズワルドの声も今は苛立たない。だからヴァージルは焦る気持ちを必死で静め、頭を下げた。
「ああ、頼む……力を貸してくれ」
0
あなたにおすすめの小説
崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜
束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。
家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。
「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。
皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。
今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。
ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……!
心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる