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第五十五話
しおりを挟む黒づくめの男達が岩に偽装した拠点に狭苦しく身を寄せている。その中の一人、エミリアーノは此処にまで伝わって来る激しい音に眉を寄せて呟いた。
「……始まった」
シーグフリードはヴァージル達を潰す為に、各地に散っていた兵を招集していた。森にはこのような拠点が幾つもあり、同じように魔天会の兵が身を隠しているのだろう。
如何にヴァージル達が強くとも、この数を一度に相手には出来ない。刃達の戦いの最中に飛び出し、挟撃せよという指示だった。
息を潜めてその時を待っていると、耳飾りの通信機が無機質に攻撃開始の合図を知らせた。
「いくぞ」
上司の合図に一斉に拠点から飛び出した。しかし森の中を本部まで駆けようとしていた足は、直ぐに止まってしまう。
拠点の前で立ちふさがる者達がいたからだった。その顔は、エミリアーノがよく見知った面々だった。
最も前に出ている女性の姿を見て、思わず苦い顔になる。
「ダフネ」
まったく、呆れ果てるお人よしだ。魔天会に剣を向けるなんて。
上手くいけば、アストーリ領の名声は国中に響くだろう。しかしだからといって、危険すぎる選択だったはずだ。
あの侯爵に名誉欲など無いのを近くにいたから知っている。
それでもこの場にいるという事は、損得勘定を考えつつも、結局は彼らの為に騎士を出したに違いない。
戦いは静かに始まった。ダフネが先陣を切って魔天会へと駆け出し、騎士達がその後に続く。
互いに戦闘の訓練をされた者同士一瞬での決着はつかず、森には騒がしく剣戟の音が響いた。
混戦して、互いに斬り合って。それでも元々騎士達の数が若干多かった為に、魔天会の兵士は少しずつ減っていく。
エミリアーノは騎士達に向かって、彼らの前では披露しなかった攻撃魔術を容赦なく放っていた。
戦いの最中にダフネと僅かに目があった気がした。
けれど所詮、黒づくめで兵の内の一人としか思わないだろう。只の、個性など何も期待されていない一人。これがエミリアーノの本当の姿である。
布で覆われた口で自嘲する。
ダフネに強引に連れまわされるのは、悪い気はしなかった。このお転婆な姫は頑固で、融通がきかなくて、それでいて情け深い。
けれど傍にいたのは、偽りのエミリアーノでしかなかった。困った顔をしながら後を付いて行く男を演じていただけだ。
本当のエミリアーノと、ダフネの間には何の絆もない。
その証拠に、彼女は何にも気付いた素振りもなく剣を振るってくるじゃないか。
どうしてかそのまま気付かないでいて欲しいと思った。
気づかないまま殺し合って、全てが終わればいいと。
「『マジックミサイル』!」
殺傷力のある魔術弾がダフネに向かって繰り出される。ダフネは軽やかに避けて、エミリアーノに向かって距離を詰めた。
ずっと傍で見続けていた剣だ。避けて、次の魔術を放つ。
「『メーディルフレアー』」
放射状に広がった魔術波をダフネは辛うじて避けると、剣撃を飛ばした。
「『破斬』!」
ロンメル直伝のその技が、エミリアーノの腕を切り裂いていく。血の吹き出した片腕を抑え、それでも逃げる事は許されないので呪文を口の中で唱え続けた。
「『マジックミサイル』!」
魔術弾を放つものの、ダフネは再び剣撃を飛ばして相殺する。今までモンスターに向かっていた攻撃を、自分が受ける事が不思議な気持ちだった。
きっとダフネなら次はフェイントを入れるだろうと予想し、その通りに死角から来た膝蹴りを避ける。
命がけのやり取りなのに、何故だか楽しくて笑ってしまう。良く見知った剣だからだろうか。
エミリアーノはナイフを投げると同時に魔術を放つ。ダフネはナイフを剣で叩き落し、魔術を身を捩って避ける。
彼女の纏められた長い金髪が動くたびに揺れ、思わず見とれた。やはりダフネは窮屈そうにドレスを纏うよりも、戦いの中でこそ一番輝いている。
いつまでも続けたいと願う程、この戦いはエミリアーノにとって楽しいものだった。
けれど全てにやがて終焉が来る。怪我をした片腕を狙われ、庇った瞬間に蹴りを腹にくらってしまった。
地面に倒される。気が付いた時には、ダフネは接近して剣が届く距離にいた。術が発動するまで間に合わない。
ドスッ
エミリアーノの腹に、ダフネの剣が深く突き刺さった。
「あ、」
自分の腹に刺さった剣を抜こうと両手でそれを掴む。刃で切れた手から、血が流れ落ちる。
けれど剣を更に強く押し込まれた。彼女の顔がエミリアーノのすぐ傍に見える。
眉のつり上がった一見きつい表情だが、それはダフネが堪えている時の表情だった。
何を?……ああ、そうか。
「世話になった」
もうとっくに、気付いていたのか。
「……楽しかったよ」
エミリアーノは震える唇で、それだけを言う事が出来た。
剣が体から引き抜かれると、重たい音を立てて地面に倒れた。血と共に力が抜けていき、意識が遠くなっていく。
黒布で隠された口元が微かに笑う。
思い描いていたよりも、悪くない最後だった。
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