勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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アインの監視レポート16

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「なっ……!?」

 突如聞こえてきた拍手の音に、アインは驚愕する。
 そこに立っていたのは、一人の女の姿。
 気を抜いていたわけではない。
 全方位の気配を探っていた。
 しかし、こんな女の気配はなかったはずだ。
 上空のツヴァイに視線を送ると、そこからも驚愕したような気配が伝わってくる。
 つまり、警戒していたアインとツヴァイを完全に掻い潜って現れたということになる。
 ……いや、完全に警戒していたとは言い切れないだろうか。
 カインとギゲルガの剣戟の音。
 カインの大魔法による魔力の乱れ。
 そこに紛れる手段は、いくらでもある。
 何より、このゴブリン集落のすぐ先は森だ。
 そこに潜んでいたということも考えられるだろう。
 少なくとも姿だけなら、そうしていれば上空から探すのは不可能だ。

「……誰ですか?」

 警戒するように、拍手を続ける女へとカインは剣を向ける。

「ふふふ……素晴らしい、実に素晴らしい」

 カインに剣を向けられても、女は意に介した様子も無い。
 
「誰ですか、と聞いているのですが」
「おや、これは失礼しました」

 カインに睨まれて、ようやく女は拍手をやめる。
 カインに……そして次にアインに向け、再度カインへと視線を戻す。

「私はキャナル王国宮廷魔法士、マゼンダ。強い魔力を感じたので、ついフラフラとやってきてしまいました。ふふ、悪い癖です」
「……ここは聖アルトリス王国だろう? 他国の立場ある者がふらふらと来ていい場所ではなかろう」
「ええ、まさに。だから悪い癖、といいました。ふふ」

 マゼンダと名乗った女を、アインは注意深く見る。
 身長は、アインよりも少し低い程度。
 白いローブに、真ん中で分けた白く長い髪。
 金色の瞳が此方を観察するかのように爛々と輝き、巨大な魔石の嵌った金属杖を大事そうに抱えている。

「まさか、あのゴブリン達を撃退するとは。しかも、貴方達だけですか?」
「ああ、私達二人だ」

 空を見上げながら言うマゼンダに、アインはそう答える。

「二人……なるほど、それは凄い。どこぞに隠密部隊でも潜んでいるかと思いましたが」

 視線を空からアインへと戻し、マゼンダは笑う。
 純粋な笑顔にも見えるソレに、アインは正体不明の不快感を覚えて。
 しかし、マゼンダはすぐにアインから視線を外しカインを見る。

「しかしまあ、本当に凄い。これが我が国での出来事なら勲章授与の推薦をするのですがね」
「い、いえ……そんな。当然のことをしただけです」
「おや、謙遜を。普通なら回避する所をわざわざ突っ込んでおいて、そんなのは通りませんよ」
 
 ふふふ、と言って笑うマゼンダにカインは困ったように頭を掻く。

「……ところでそろそろ、武器を収めていただけませんか? 私、こう見えて小心者ですので。怯えて泣いてしまいそうです」
「いえ、何があるか分かりませんので。常在戦場……冒険者の心得みたいなものですので、ご理解願います」

 カインがそう答えると、マゼンダは首をかしげる。

「ジョーザイセンジョー……ですか。よく分かりませんが、まあ分かったつもりになっておきましょう。確かに、ゴブリンの仲間がいつ戻ってきてもおかしくないですものね」
「……ええ、そうですね」

 カインは笑顔で答え、マゼンダから瞳を逸らさぬまま照明の魔法を起動する。

「おや? まだ明るいですよ?」
「ええ、そうですけどね。これから暗そうな森の中を進みますから」
「なるほど。ふふ、気の早い方です」

 マゼンダはくすくすと笑い、身を翻す。

「お二方は、これからキャナル王国にいらっしゃるのですよね?」
「ええ、そのつもりです」
「そうですか。お待ちしておりますよ」

 マゼンダは、そう言って森の中へと歩いていく。

「私は、一足先に国へと戻っておりますので。ふふ、ふふふ。楽しみが増えましたね」

 スタスタと迷いの無い足取りで消えていくマゼンダを追うかのように、一羽の黒鳥がスイと森の中へと入っていく。
 それを見たカインが上を見上げると、先程までそこにいた黒鳥の姿が無い。
 ツヴァイが追っていったのだろう。
 そう気付いたカインの足に、何かが擦り寄ってくる感触。
 足元を見下ろすと、一匹の黒猫がいるのが分かる。
 思わず顔がニヤけかけるカインだったが……こんなゴブリンの巣窟だった場所にいるには、少々不自然だ。

「ね、ねえアイン。この子って」
「何がこの子だ。気安く見下してんじゃねえぞガキ」
「うわあっ!?」

 野太い声で喋った黒猫に、カインは思わず飛び退く。

「緊急交替要員のキュウゼンだ。あんまり馴れ馴れしくするんじゃねえぞ」
「キュウゼンか。すると、やはり……」
「おう、現場の判断ってやつだ。昨晩のうちにツヴァイから連絡貰っててな。近くで待機してたってわけよ」

 訳知り顔で頷くアインとキュウゼンを見て、カインが遠慮がちに手をあげる。

「あのー……二人で納得されても困るんだけど」
「うっせえ、大人の事情に口出すんじゃねえや」
「キュウゼン。別にこのくらいはよかろう。カインも何か思うところがあったようだしな」
「あぁん?」

 アインはカインに振り向くと、未だ抜き身のままの剣を指し示す。

「……ところでそれは、いつまで抜いているつもりだ?」
「え? あ、ああ。ごめん!」

 カインが剣を鞘におさめるのを確認すると、アインは頷く。
 同時に制御を失った照明の魔法がふわふわと中空に漂い始める。

「平たく言えば、このゴブリン集落で何かが起こる可能性を考慮しツヴァイが備えをしていたというわけだな」 
「備え?」
「いいか、ガキ。そもそもこの場所にゃ一月前には何も無かったんだ。そこから一月で形成できるゴブリンの集落は、精々小規模から中規模一歩手前程度だ。普通に考えりゃ、何の問題もないレベルだ。それでも万が一を考えて……ってことだな」

 キュウゼンの言葉に、カインはなるほどと頷く。

「あれ? でも、そうなるとさっきの規模はおかしいような」
「強力な村長の存在によって他の集落を吸収合併したってとこだろうな。ま、それにしてもおかしい点は多々あるが……少なくともガキ、てめえにゃ関係ねえ」
「おい、まったく……。それよりカイン、何故先程は剣を抜いたままだった? 冒険者の心得とやらだけが理由か?」
「ん? んー……」

 アインの問いかけに、カインはどう答えたものかといった表情を作る。
 腕組みをし、しばらく唸った後……カインは、言葉を選ぶように語りだす。

「……なんて言えばいいのかな。あの人には隙を見せちゃいけない気がしたんだ」
「そうか」
「それに……」
「何かあるのか?」

 アインの言葉に、カインは答えない。
 何かを考え込むカインに、アインとキュウゼンは顔を見合わせて。
 その瞬間、森の中から爆音が響く。

「な、なんだ!?」
「あの方向は……!」

 ツヴァイの向かった方角から聞こえてきた爆音。
 何があったのか今すぐ走って確かめに行くべきかと考え、カインとアインは頷きあう。

「……行こう!」
「ああ!」
「ちょ、おい! 俺を置いて行くんじゃねえ! 歩幅が違ぇんだぞ!」

 森の中へ駆け出すカインとアインをキュウゼンが追って。
 しばらく走ったその先に、黒い煙が燻っているのを見つけ出す。
 木々が幾らか薙ぎ倒されたその先にいたのは、魔人形態になったツヴァイの姿だった。

「ツヴァイ、大丈夫か!?」
「チッ、お前如きに心配される謂れは無いぞ」

 ツヴァイは手に持っていた短剣を鞘におさめると、アインへと申し訳なさそうな視線を向ける。

「……すまん。あの女を見失った」
「いや、それよりも何があった」

 言われて、ツヴァイは語りだす。
 マゼンダを追っている最中、ゴブリンの残党が現れたこと。
 それをマゼンダが広範囲魔法と思わしきもので吹き飛ばし、粉塵が消えた時にはマゼンダの姿も消えていたこと。
 そして、その音を聞きつけた他のゴブリン残党が「弱そうで小さい黒鳥という名の食料」……まあ、つまりツヴァイを見つけて一斉に矢を射掛けてきたこと。
 森の中では巨大化するわけにもいかず、仕方なく魔人形態になって片付けたこと。

「もうあの女を追う事は適うまい。くそっ、あんな怪しい女をみすみす逃がすとは……」
「追えば見つかるんじゃないか? 所詮人間の女の足だろう?」
「そうしてみるか……?」

 キュウゼンの意見を真面目に検討するツヴァイに、カインがぼそっと呟く。

「……もし空間転移してたら、追えないんじゃないかな」
「何?」
「おいおいガキ、人類にゃ使えねえよ。常識だろ?」

 カインは黙って、森の奥を見る。
 ここから少し離れた場所には、キャナル王国へと繋がる街道がある。
 この森を街道を通って抜ければ、あと少しでキャナル王国だ。

「……」

 カインは答えず、黙り込む。
 その手は、腰に差した剣を……硬剣ティルノークの柄を、ぎゅっと握り締めていた。
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