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プラスアルファ7.8

アインの監視レポート17

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 国境。
 文字通り、国と国の境のことであるが……それは別に、明確に線を引いて区別しているようなものではない。
 大体この辺り、という風な国同士の約束の下に決まっており、街道近くに関所や砦を設けることでそれを管理しているのである。
 つまり、密入国をやらかすような輩はそうした街道を避けて入国するのであるが……それを防ぐ為に旅行者用の「入国札」の発行など、様々な試みが各国でされているというわけだ。
 さて、ではキャナル王国はどうかというと……実は、他の国とたいして変わらない。
 独特の紋様と製法の「入国札」を入国者へは発行し、それをもっていることで様々な優遇措置を行い、逆に持っていないことで罪の対象とする。
 そんな一般的な措置がとられている、のだが。
 それとは別に、キャナル王国は「他国の諜報員の暗躍を許さない国」としても知られていた。
 どういうわけか分からないが、こっそり国境越えする他国の諜報員を迎撃し追い払っているのだ。
 これはザダーク王国の諜報員も例外ではなく、一人残らず撃退されてしまっている。
 もっとも、これは戦闘力で劣っているという話ではない。
 諜報とは、基本的に「バレたら負け」の世界である。
 相手国が迎撃に入るようであれば撤退が基本であり、そこで返り討ちにするような事は、余程のことが無ければ無い。
 だからこそ、諜報員は様々な形で潜入するのである。
 たとえば商人であったり、ザダーク王国の諜報員であればアインやツヴァイのように能力を活かして動物の姿になったりする。
 それを国境を越えた時点で察知し迎撃するということで、「何か」があるとされていた。
 
「……なんかある」

 キャナル王国の国境砦前。
 その近くで空を見上げ、カインはそう呟いた。
 そのカインの視線を追い、アインはしばらく空を見つめ……困った奴を見る顔でカインを見る。

「雲しかないように見えるぞ。確かに今日の雲は流れが速めだが、そんなに気にするようなことか?」
「え? あ、いや。雲じゃなくて。なんつーのかな。なんか障壁っぽいのがある気がする」
「障壁……だと?」

 その言葉に、アインは上空の黒鳥……ツヴァイを見上げる。
 するとツヴァイは2、3度旋回すると何処かへ向けて飛び去っていく。
 それを見送り、アインは再びカインへと視線を戻す。

「どのあたりだ。その障壁とやらは、どのあたりに見える」
「え? ひょっとして見えない?」
「見る為に聞いてるんだ」

 アインが如何にも「余計なこと言っちゃった」的な顔をしているカインの肩を掴み揺さぶると、カインは仕方なさそうに国境砦を指差す。

「あの砦か?」
「いや、あの砦のあるあたりから、周辺を……んー、半球みたいな形で覆ってるように見える。かなりでっかいんじゃないかな。たぶん、ここから見えてる部分って端っこじゃないかと思う」

 それを聞いて、アインは再度目を凝らす。
 やはり、その障壁らしきものは見えない。
 しかし……なるほど。
 よく見てみると、周辺の魔力に微かな違和感がある。
 恐らくはこれがカインの言う「障壁」が存在する影響だろうとアインは判断する。

「……やはり見えないな。だが、確かに何かがある」

 アインがそう呟くと、遠くのほうから魔人形態となったツヴァイが走ってくる。
 ツヴァイはそのままアインとカインの間に身体を押し込むように入り込みカインを見下ろす。

「障壁があるらしいな。だが俺には見えんぞ? まさか適当を言って」
「ツヴァイ、やめろ」

 早速カインに絡むツヴァイを小突くと、アインはツヴァイの耳元に唇を寄せて囁く。

「……そんなことより、報告しただろうな」
「ああ、問題ない。待機要員に伝えておいた。すぐに調査要員も派遣されるだろう」
「まあ、それを待つわけにもいくまい。それは任せて、我々は進むとしよう」

 アインとツヴァイは頷きあい、カインへと向き直る。

「障壁については了解した。さて、カイン。それを踏まえてどう行動するつもりだ?」
「どうするって言ってもなあ。そこに砦があるんだし、普通に通過すればいいんじゃないかな」
 
 普通。
 なるほど、確かにそれが「普通」ではある。
 その「障壁」がキャナル王国の抱える秘密の正体であったとして、正面から入国手続きをした者を問答無用で迎撃することはしないだろう。
 無論、通してくれるなら……という前提条件はつくが。

「まあ、正論だな」
「チッ」

 アインが頷き、ツヴァイが舌打ちをする。
 現実的に考えて、それしかないだろう。

「となると、とりあえず私達三人で通過することになるだろうな」
「え、二人と一人じゃダメなの?」
「保険だ。お前の実家の権力も使わせてもらう」

 そう、カインの実家は聖アルトリス王国の地方貴族、スタジアス男爵家だ。
 万が一アインとツヴァイの正体が怪しまれたとして、「スタジアス男爵家のご子息ご一行」、あるいは「聖アルトリス王国の第二王女の頼みを受け第三王女の下へと来た一行」というカードは強力に働く。
 後者に関しては現在砦を警備しているのが第一王女側か第三王女側かで有利にも不利にも働くが、スタジアス男爵家の肩書きに関しては少なくとも不利には働かない。
 他国の貴族と現場レベルで揉めたい者など、いるはずがないからだ。

「まあ、いいけどさ……」
「心配するな。あくまで保険だ。ただの旅人で済めばそれが一番だ」

 カインの肩にポンと手を置くと、アインはグイと前に押し出す。

「さあ、行くぞ「若様」。あの門を通り過ぎるまではお前が私達の主人だ」
「若様って……うーん……」

 カインが渋々ながら歩き出すと、ツヴァイも後ろからカインの背中を押す。

「早くしろ、馬鹿様。いつまでもこんなところでボケッとしてる程暇ではないんだ」
「……今馬鹿って言ったろ」
「すまんな。俺の口は正直者なので、つい真実が漏れたようだ」
「ツヴァイ、やめろ。カイン、とにかく行くぞ」

 睨みあうカインとツヴァイを引き離すと、アインは大きく溜息をつく。

「……分かってるよ、もう!」
 
 ズンズンと歩いていくカインを見て額を押さえると、満足気な顔をしているツヴァイをアインは軽く小突く。

「お前もいい加減にしておけ。カインとは良好な関係を築いておけという命令のはずだぞ」
「へりくだるだけが良好な関係の築き方ではないだろう。男には男なりの関係の築き方というものがある」
「む……」

 ツヴァイの言葉に、アインは考え込む。
 へりくだると聞いて浮かんだのが、森を抜ける前に出会った盗賊もどきの男だ。
 あの男のへりくだるような態度に、カインはあまりいい顔をしていなかったはずだ。

「俺はあの男が嫌いだし、男同士というのはそういう気配に敏感だ。ならば、最初から嫌いだと口に出したほうがいい結果が生まれるものだ」
「……言われてみるとそんな気もするが……だが、現実的に上手くいってないのではないか?」
「いいや、そんなことはない。アイツの中で俺は今、「嫌いだが信用は出来る奴」というカテゴリにあるはずだ」

 なるほど、確かにここに来るまでの間、カインはツヴァイとケンカこそしているが発言の内容を疑ったことはない。
 となると、ツヴァイの言うとおりの関係を築けている可能性は高い。

「……男というのは難解だな」
「まあ、俺がアイツを嫌いなのは事実だし、アイツも俺を嫌っているとは思うがな」
「おい、それはどうなんだ」
「その関係でいいんだ。好かれる役はアインがやればいい」

 その言葉に、アインは黙り込む。

「いや、しかしな……」
「ほら、アイツがこっちを見ているぞ」
「おーい、アイン、ツヴァイ! どうしたのさ!」

 なるほど、律儀にツヴァイの名前も呼ぶ辺り、ツヴァイの言うとおりなのだろう。
 しかし……とアインは思う。

「お前、実はカインのことを気に入ってたりするのか? だったら」
「気持ちの悪い事を言うな。流石にアインでも怒るぞ」
「そ、そうか」

 本気で嫌そうな顔をするツヴァイに、アインは前言を撤回する。
 頬を軽くかいて、やはり男は難解だな……などと呟いて。

「ああ、すまんな。今後の話し合いをしていた」
「もう、そんなの歩きながらでも出来るだろー?」

 戻ってくるカインにツヴァイがあっちに行ってろ、と手を振って。
 それに反応して怒るカインを見て、アインは溜息をつく。

「本当に……難解だな。私には分からん世界だ」

 そう言って、アインは力なく首を横に振るのだった。
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