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連載
ジオル森王国食文化考察
しおりを挟むナナルスが帰って行った後、そこにはルーティとファイネルだけが残された。
お茶を楽しんでいる様子のファイネルに、ルーティはふと疑問に思ったことを問いかける。
「……そういえば、貴女を預かるとかって話ですが」
「ああ。受けてくれて嬉しい。なに、心配するな。荷物なら後でここに届けられる予定だ」
「……ん……っと」
一般的に「預かる」とは、相手をするとかもてなすとか、そういった意味である。
具体的に言えば会談までの間、観光案内でもしてあげてくださいとか……そういう意味であったはずだ。
それが荷物とはどういうことか。
ファイネルに限ってお土産がどうこうとかという話ではあるまい。
「ああ、心配するな。消耗品は自分用のを持ち込んでいるからな」
「いえ、そういう話ではなく……」
「ああ、そうか。突然だものな。客間の用意がないことくらい分かっているさ。その辺りは」
ああ、確定だ……とルーティは思う。
つまり、泊まる気なのだ。
本気でファイネルを「預けて」いったのだ。
如何にルーティがジオル森王国における「重要な立場」にあるとはいえ、確かファイネルはザダーク王国の誇る五軍のトップの一人ではなかっただろうか?
「……えーと、そうではなく、ですね。どうして此処に泊まろうと?」
とはいえ、了承してしまった以上は仕方が無い。
幸いにも信用できない相手ではないし……とルーティは気を取り直す。
「ああ、そんなことか。ナナルスが薦めてくれてな。折角だから友好を深めるべきじゃないか……と」
押し付けやがったなあの野郎、とルーティは心の中でナナルスに毒づく。
「そうですか。なら、荷物が届き次第出かけましょうか」
「ん、そうだな。ところでこの菓子……もう少し欲しいんだが」
「別にクッキー事情を調べにきたわけじゃないでしょう、貴女」
ルーティが溜息混じりに言うと、ファイネルはうっとうめいた後に思案するような顔になる。
「いや、待て。今思いついたんだが」
「思いつきは口にしなくて結構です」
「……前から考えていたんだが」
冷たい目のルーティから目を逸らしつつ、ファイネルは人差し指を宙に彷徨わせる。
「クッキーって、焼き菓子だろう?」
「そうですね」
「つまり、保存が効くわけだ」
「湿気たりしますけどね」
ルーティのツッコミを聞き流しながら、ファイネルはびしっと空の皿を指差す。
「ということは、だ。クッキーも充分私が考察するべき対象といえるんじゃないだろうか。いやむしろするべきだ。そうだろう?」
「なるほど。クッキーというものに対して保存食の概念に通じる理論を感じ、ひいては食文化という観点から考察するべき事案であると結論付けたと?」
「そ、そんな感じだ」
「なるほど。では良いモノがあります」
ルーティはそう言うと、棚の中から密封された小さなビンを取り出す。
「む、なんだそれは?」
興味を引かれたらしいファイネルには答えず、ルーティはビンの封を解く。
ポン、という音を立てて蓋が開くと、ルーティはそこから丸みのあるクッキーのようなものを一個つまみ出す。
バタークッキーのような美しい小麦色をしたソレに、ファイネルは目を輝かせる。
「おお、なんだ。美味そうだな」
「どうぞ?」
手の平に転がされたソレをファイネルは手早く指先で摘み、口の中に放り込む。
そうしてしばらく口を動かし……やがて、その口の中からボリボリ、バリボリという音が聞こえてくる。
やがてお茶を一気に口の中に含むと、ファイネルはそのまま無言で口を動かし続ける。
その様子を見ながらルーティは再びビンに封をする。
それを再び棚に仕舞い終えた頃に、ファイネルからの抗議の声が響く。
「ルーティ、なんだコレは! 硬くて不味い! しかも硬いぞ! 石を食わされてる気分だったぞ……ひどいじゃないか!」
「それが保存食としてのクッキーです。今食べたとおりに硬いので人気が無いんです。結局皆干し芋とか干し肉にいっちゃいますね。干し肉も硬いには硬いですけど、アレはスープにできますし」
「そんなことは知らん! 今はお前の私に対する仕打ちについて聞いてるんだ!」
机をバンバンと叩く涙目のファイネルに、ルーティはふうと溜息をつく。
「食文化とやらの勉強をしに来るという建前なんでしょうが」
「建前ってのは実際はやらんって意味だろうが! あのサクッとフワッとした食感を期待して石ころを食わされた私の絶望が分かるか!」
「馬鹿言わないでください。建前っていうのは「対外的に言い訳のできる表向きの理由」という意味です。つまり、食文化への理解を建前にするなら堅焼パンについても理解なさい。旅人の食文化の基礎ですよ」
「私は旅人じゃないからいいんだ!」
「あとで街に連れて行ってあげますから、最後まで聞きなさい。ちゃんと持って帰れば国の為になる知識ですよ」
うっとファイネルは唸る。
国の為と言われては、真面目に聞かざるをえない。
「そもそも堅焼パンの発祥は、このジオル森王国です。それまで保存食の基本であった干し芋や干し肉ではありましたが、旅の中で生活の基本である食事が単調になりがちであるというのは長らく問題であると言われていました」
たとえば、干し芋。
柔らかく食べやすいし、火で炙れば味も変化する。
たとえば、干し肉。
堅くて食べにくいが、スープの材料として使うことで確かな味わいが確保できる。
冒険者や商人を中心とした旅人同士で様々な食べ方やレシピが交換されてはいるが、どうしても飽きというものはある。
故に、旅の途中で立ち寄った街や村では旅人達はそうした旅の途中では食べられないような食事を好む傾向がある。
これは旅の楽しみともいえるが、肝心の旅の最中の食事は結局干し芋か干し肉かの二択になる。
ここに、新たな選択肢を加えられないか。
そんな思惑の元に開発されたのが、堅く焼き上げられた堅焼パンであった。
見た目こそクッキーに似ている堅焼パンは人気商品となることを期待された。
実際に干し芋とも干し肉とも違う味は単調になりがちな旅の食事に新しい色を加えるものであった。
だが……それ以上に堅く、美味しくなかったのだ。
おまけに保存食としての宿命か味も単調であり、しかもスープの材料としても不向きであった。
トドメに堅すぎて、食べるだけで疲れるという本末転倒なものとなってしまったのだ。
結果として食べるにはスープや水などにひたして食べるしかなく、保存食としては「添え物」的な扱いになってしまう。
現在では扱う店もそれ程多くは無く、大量に買い込む物でもない。
そんな悲劇の保存食なのである。
「とはいえ、旅の食事に違う色を添えた功績は忘れて良いモノではありません。実際、この堅焼パンの開発を機に様々な保存食の研究が始まったのも事実なのですから」
「……なんとなく分かった。だが、そもそも私達魔族は転移できるんだから、そんな旅の間の保存食なんて考える必要はないんだが」
「食の歴史は全部繋がっているんです。無駄な知識なんてありませんよ」
胸を張って言うルーティに、ファイネルはそういうものかと頷く。
ともかく、これで一応の建前は終了ということでいいだろう。
「よし、その堅焼パンとやらについては充分理解した。あとは一般的な人類の食生活の考察を実地でやろうじゃないか」
「ではジオル森王国の誇る野菜について」
「待て、野菜はいい。普段ウンザリするほど見てる」
「こっちの野菜とそっちの野菜は色々違うでしょうが。行きますよ」
不満そうな顔をするファイネルの手を引きながら、ルーティは歩き出す。
「え、ええー……だがなあ。もうちょっと色々あるんじゃないのか」
「あるかもしれませんが、最大の違いから考察しなくては意味が無いでしょう」
「そうかなあ。まあ、お前が言うならそうなのかもしれんが」
仕方無さそうに手を引かれるファイネルと、手を引くルーティ。
そんな微笑ましい光景を見せながら、二人は街中へと向かうことになる。
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