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連載
ジオル森王国食文化考察2
しおりを挟むジオル森王国は、その国土のほとんどをジオル大森林に覆われた国家である。
森である以上農業に適しているとはいえないが、たとえばこれを農地用に開発しようと思えば……当然、森を切り開くことになるだろう。
そしてジオル森王国がシュタイア大陸最大の農業国家として認識されている以上、そうであると……つまり、ジオル大森林を切り開いていると考える者はいる。
しかし、現実はそうではない。
ジオル大森林とジオル森王国の農地は同居しているのだ。
森の中に農地があるという不可思議な光景は、他の国では真似しようと思って真似できるものではない。
風の神ウィルムの多大なる加護故と言われてはいるが……事実がどうあれ、ジオル大森林が最大の農業国であるのは動かしがたい現実である。
さて、そんなジオル森王国の特産品は当然、新鮮な野菜や果実を使ったものとなる。
同様にいろんな意味で新鮮なザダーク王国産のものとの違いは飛んだり喋ったりしないことだろうが、それはさておき。
「このパンの野菜挟みとやらは旨いな。トマトをスライスするとは中々に面白い発想だ」
大通りでパンに様々な野菜を挟んだものに齧り付くファイネルと、それを眺めるルーティの姿があった。
「そうですか? 普通だと思うんですが」
「そうでもないぞ。切ったらトマトのせっかくの汁が溢れてしまうだろう?それをあえてやるという発想には驚嘆する。しかも葉物の野菜を置くことでパンに染み込むのも防いでいる。色合いも鮮やかでいい……うん、食べ物が美しいっていうのは楽しいな」
食べながら頷くファイネルに、ルーティは首を傾げる。
「……ザダーク王国ではサラダは食べないのですか?」
「生で丸齧りか煮込み……あとは焼き物だな。うちの野菜は魔力回復と成長の為のものっていう認識だからな。果汁一つ無駄にしたくないというのがあるのかもしれん」
前にルーティと食べたサラダを思い出しながら、ファイネルは頷く。
ちなみに驚くべきことであるが、人類領域の最新料理事情に一番明るいのはファイネルであったりする。
意外に手先も器用なのでやろうと思えば再現も出来るのだが……最初から員数外扱いで発揮する機会がないのが悲しいところではある。
「なるほど。それにまあ……ザダーク王国産のは味が濃すぎますしね」
「そうだな。こっちの野菜は……ああ、悪い意味じゃないが味が薄い。だからこうして色々と重ねられるのかもな」
「色々な種類の野菜を食べた方が身体にいい、というのもあるらしいですよ?」
そうなのか、と適当にファイネルは頷く。
魔力が満たされていれば基本的に健康なのだから、それはやっぱり魔力量の問題じゃないのかと思わないでもないのだが、魔族と人類では基本的な身体構造が色々違うので参考にはならない。
「まあ、そんな細かい事はどうでもいいな。問題は味だ」
「そうですね。えーと……確か、作業員に供する食事なんでしたよね?」
「ああ。煮込みや焼き物だけじゃ寂しいんじゃないかという意見があってな。このパンの具材挟みなんかは結構良さそうだ」
パッと見ただけでも、手順はスライスしたパンに同じくスライスした具材を挟むだけ。
調理手順はスライスと挟むのみという、下手をすれば煮込みや焼き物よりも時間のかからない料理である。
しかし、ルーティは考え込むようにファイネルの手元のパンを見る。
「んー……確かに調理手順だけで見ればそうなのですが、しかし煮込み料理やスープと違って状況に応じた調整が難しいですしね。大量調理になればなるほど手間の増える料理でもあるんですよ?」
「そうなのか?」
「ええ。それにエルアーク修復計画なんていう規模の人員用のパンを用意するというのも中々に大仕事かと。パン職人が過労死しますよ?」
なるほどと頷き、ファイネルは手元に残ったパンを口に詰め込む。
そのまま喋ろうとして喋れず、ゴクンと飲み込む。
「いい考えだと思ったんだがな……まあ、何はともあれ喉が渇いたぞ」
「……ジュースでも飲みます?」
言いながらルーティが指し示したのは、果実ジュースなどを扱う店だ。
ニノの好物であるリンゴジュースなどを扱う店だが、「果実ジュースなど」と表現するのには理由がある。
「野菜ジュースも扱っているのか?」
「ああ、ザダーク王国産の……味が濃い野菜を使ったものですね。最近人気なんですよ」
「ほう」
ニンジンジュースにトマトジュース、などと書かれた看板を見てファイネルは少し嬉しげに頷く。
自分達の育てた野菜が人気商品になっているというのは、自分や部下を褒められたようで中々に嬉しいものがある。
「まあ、ザダーク王国の野菜あってこそと言えますね。ジオル森王国産では、あそこまでの味は出ませんから」
「そうだろう、そうだろう」
意外なことではあるのだが、ザダーク王国産の野菜については「そのまま食べる」や煮込み料理に使うといったやり方や、このジュースの店のようにして食べるやり方が多い。
そこに働いた心理がどのようなものは想像するしかないが……それが一番旨い食べ方であると、そう料理人達が判断したということなのだろう。
国こそ、種族こそ違えど……食文化の根っこは同じ。
つまりは、そういうことなのかもしれなかった。
「まあ、今回はうちの食材は使わないしな。結局スープが一番ですっていう結論になるかもしれんが、もっと見てみたいな」
「まあ、私もその結論に落ち着く気がしますけどね。なら、あっちの屋台でも見に行ってみますか?」
そんな身も蓋も無いことを言いながら、ファイネルとルーティは並んで歩く。
それはまるで、長年の親友同士の姿のようだった。
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