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黒翼は蒼天に羽ばたく2
しおりを挟む観客で埋まった闘技場の舞台に、一人の騎士が進み出る。
一見すると軽装にも見えるその姿は、光杖騎士団の所属である証だ。
「ようこそ、カシナートに集いし民よ! これより第一王女ナリカ様よりのお言葉がある! 一言も聞き漏らしの無いように努めよ!」
響き渡る声が闘技場のざわめきを静寂に変える。
外でも騎士が巡回しているようで、露店の呼び込みの声すら消えていく。
やがて完全なる静寂が場を包んだのを確認すると、貴賓席と思われる場所に座っていた一人の女が立ち上がる。
拡声魔法によって声の大きさを強化した女は、ゆっくりと闘技場の座席を見回す。
観客で埋まったそれを満足気に眺めると、女は鷹揚に頷く。
「……空をご覧なさい。この善き日に雲ひとつ無い晴天であるという事実は、まさにライドルグ様が私の正統性を祝福し、見守ってくださっている証拠と言えるでしょう」
女……ナリカは黄金の杖を掲げ、空を指し示す。
そう、今日の空は快晴といっていい程の青空だ。
信心深いものであれば、「その通りだ」などと思ってしまうだろう。
信心深いものでなくとも、「確かにいい空だ」くらいは思うだろう。
しかしながら、当然この台詞にも変化パターンは用意されている。
たとえば曇りであった場合は「ライドルグ様が現状を憂慮されています。この曇天はまさにライドルグ様のお心そのもの。我等の信仰を捧げ、エルアークを占拠する賊という「雲」を排除せねばなりません」といった台本が出来上がっている。
たとえば雨であった場合は「この雨はライドルグ様の涙そのもの。私達はライドルグ様の為にエルアークを占拠する賊を排除し、その憂いを取り除き晴天を取り戻さねばなりません」となるわけだ。
実に馬鹿馬鹿しいのだが、ライドルグという神を信仰するキャナル王国では効果的な挨拶でもある。
というのも、他の国でもそうなのだが……それぞれの属性を司る神がいるという事実が、天気のような自然現象にも意味を求める要因となっている。
たとえばこれは本当に馬鹿馬鹿しい話なのだが、昼から夜に変わる現象を「闇の神ダグラスが光の神ライドルグの隙をついて天を制覇しようとした結果」、夜から昼に変わる現象を「光の神ライドルグが闇の神ダグラスを追い払った結果」、嵐を「風の神ウィルムと水の神アクリアのケンカ」などと定義づける「神話考察論」などというものが本気で議論された時期もあった。
まあ、ともかく……かくも「神に絡めた話」というものは鉄板というわけだ。
「これから闘う勇士達は、私の元で正義を成すべく集いました。さあ、簒奪者を砕く新たなる騎士達の誕生の瞬間をお楽しみなさい」
そして、ナリカは黄金杖で床を叩いて宣言する。
「さあ……騎士選考会、開幕です!」
響く歓声。
その中で、舞台上の騎士が叫ぶ。
「では、第一試合! アインとセルゲイ・カルキノス! 前に出よ!」
「頑張って、アイン」
「誰にものを言ってる。自分の心配でもしてろ」
カインの頭を小突くと、アインは舞台上に進み出る。
カイン達がいるのは舞台脇の選手席と呼ばれる場所で、高い場所にある貴賓席と違って俯瞰の風景こそないが、最も間近で見ることの出来る場所でもある。
席順に指定は無く、故にアインの隣にカインが座っていたりしたの……だが。
女性参加者が少なかったせいか、アインと親しそうにしているカインには先程から嫉妬交じりの視線が投げかけられていたりもする。
「では……試合開始!」
そう言って騎士が舞台から離れていくと、セルゲイは剣を鞘から引き抜く。
「フン、お前みたいなのが騎士を目指すとはな」
セルゲイ・カルキノスと呼ばれた青年は、そう言って鼻を鳴らす。
鋼色の胸部鎧、同色のガントレットにグリーブ。更にはロングソードに大仰な紋章の入った金属盾。
格好だけでいえば、セルゲイは騎士そのものにも見える。
アインが答えずにいると、セルゲイは大袈裟な仕草で髪をかき上げてみせる。
「僕はこのキャナル王国に代々続くカルキノス子爵家の次男だ。そのまま城に馳せ参じた所で充分騎士になれる身分ではあるのだが、この選考会で僕という逸材が此処に在るということを示しに来た……というわけさ」
アインは答えない。
無言のその姿が自分に畏怖してのものだとでも考えたのか、セルゲイの口調は更にヒートアップしていく。
「おや、これはすまない! 軽々しく自分の身分など名乗るものではなかったね! いや、気にせずともいいとも。何しろ僕は魔法も剣も最高の教師の下で学んでいる! まだ魔法剣こそ使えないが、近々使える予定でもある! つまり僕こそが最強の騎士になれる存在というわけだ! 負けたって恥じゃあない!」
アインは答えない。
セルゲイは一通り自慢して満足したのか、アインを無遠慮な視線で眺め回し始める。
「なあ、アインだったか? 僕の配下に加わらないか? あんな男より僕の方が」
「おい」
苛立ったようなアインの声が、セルゲイの言葉を中断させる。
「いつになったらかかってくるんだ、お前は。お喋りしたいなら、その辺の木に向かって延々と話してろ」
「んなっ……!? お、お前……僕を誰だと」
「くだらんクソのような戯言を延々と垂れ流すゴミだ。あんまりくだらんから、新種の呪法かと思ったぞ」
淡々と答えるアインに、セルゲイは怒りでプルプルと震え始める。
「お、お前……お前……ちょっといい女だから怪我させずに済ませてやろうと思えば調子に……!」
セルゲイは魔導の指輪をはめた手をアインへと向けて詠唱を始める。
「風よ、荒れ狂い僕の敵を微塵に切り刻め……竜巻!」
「風の魔法障壁」
セルゲイの発動した魔法は、アインの魔法障壁によってアッサリと弾かれる。
「そ、そんな! 僕の魔法が!」
「詠唱が遅い、魔力変換も遅いし集中が浅い。その程度の魔法にそれだけの時間をかけて、防がれないと思うほうが不思議だ」
そう、魔法は魔法障壁で防ぐというのが魔法使いの常識だ。
相手がどんな魔法を使ってくるかで複数種類ある魔法障壁を的確に素早く使い分けるのが良い魔法使いとなれるか否かの差である。
それは攻撃においても同じで、相手が魔法障壁を張る前に倒す、あるいは相手の魔法障壁を突破できる魔法を構成できるのが良い魔法使いの条件だ。
さて、それを踏まえた上で今の攻防を解説するならば一言で済む。
セルゲイの魔法は未熟で読まれやすく、威力も弱いが故に簡単に防がれた。
ただそれだけの話なのだ。
「あ、ありえない……そ、そうか! お前、あの男のサポート役なんだな、それで!」
「風の矢」
「ぎゃあ!」
足元に撃ち込まれた魔法に驚き、セルゲイはバランスを崩して倒れそうになる。
なんとか体勢を立て直したセルゲイにアインが溜息をつくと、セルゲイは恥辱に顔を真っ赤にする。
「くそっ……魔法使いだったのか! ロングソードなんか持ってるから騙されてしまった! だがそうと分かった以上は手加減はなしだ! 僕の剣技の冴えを見るがいい!」
うおおお、と叫びながら剣を構えて突っ込んでくるセルゲイをアインは冷たい目で見据える。
剣を抜く様子すら見せないアインに、セルゲイはアインが剣の扱いに慣れていない魔法使いであったのだと確信する。
ならば物理障壁を張る暇すらない程……いや、張っても打ち抜くほどの一撃で倒せる。
自分を馬鹿にした女に目に物見せてやろうとセルゲイは自分の最高の技を繰り出す事を決める。
そう、これならば。
必勝の予感と共に、セルゲイは叫ぶ。
「いくぞ、奥義ゲボォ!」
鎧にも守られずガラ空きの腹を狙って、アインの蹴りが放たれる。
身体がくの字に折れ曲がったセルゲイは輝く汁を口から吐きながら後方へと吹っ飛ぶ。
やがて足がもつれて転がったセルゲイは、そのまま舞台の隅までゴロゴロと転がっていく。
剣も舞台の上で無様に転がり、セルゲイ自身も口をぱかあと開けた阿呆面を晒してしまっている。
更に白目をむいてビクンビクンと震えるセルゲイには目もくれず、アインは危うくかかってしまうところだった刺激臭のする汁を嫌そうな顔で眺める。
「なるほど……奥義ゲボォ、か。意外に恐ろしい技だったな」
ポカンとした顔で見ていた騎士はハッとしたような顔をすると、アインの勝利を宣言する。
それと同時に剣すら抜かずに勝利したアインへの賞賛と歓声が闘技場中に響く。
結果から見れば、アインが圧倒的な実力差を見せ付けての勝利であるのだが……あまりにもセルゲイの馬鹿っぷりが過ぎたせいで、勘違いした馬鹿を実力者が適当にいなしたように見えていた。
そして同時に、剣を抜きもしなかったアインの行動が弱者を傷つけることを良しとしない騎士たる姿に見えた者も居たのだ。
実際に抜くまでもなかったから抜かなかったのだが、一々アインはその理由を説明したりはしない。
故にアインに観衆が与えたのは、最大限の賞賛。
「……フン、くだらん」
響く歓声に背を向けて、アインは誰にも聞こえないようにそう呟いた。
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