勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

文字の大きさ
234 / 681
連載

黒狼と灰色ウサギ

しおりを挟む

「お、こんなとこに居やがった……おーい、直接本部に来いって言っただろうよ」
「む?」

 なおも街壁を見上げながらああでもない、こうでもないと話し合うノルム達の元に、そんな声がかけられる。
 その声に反応したノルム達の視線の先にいるのは、一人の男。
 この様々な人々が居る中でも少しばかり突出した美しさを持つその男は、オールバックに整えた艶やかな黒い髪が実に印象的だ。
 漂うオランジの爽やかな香りに道行く女性が振り返り、その男の美しさに頬を染める女性すら居る。
 そう、その男を一言で表現するならば……「クールで出来る男」だろう。
 細身ながら筋肉質な身体をシンプルながらも上品な服に包み、その冷徹にも思える眼差しは鋭く、すっと通る鼻筋と皮肉気にゆがめられた口。
 先程その口から出た発言内容をも加味すれば、少々野生的なところもあり、更に「本部」とやらに勤める男であることも理解できる。
 しなしながら行商人のような「余所者」はともかくエルアークの女性達も、この男に全く見覚えは無かった。
 見たところ人間にも思えるが、貴族連中のような気取った雰囲気も無い。

「あ、あの……」
「ん?」

 その男の前に、一人の女がさっと進み出る。
 獣人と何かのハーフ……あるいはクォーターであると思われる女の頭には灰色のウサギの耳がついており、緊張しているのか細かく震えているのが分かる。

「わ、私マーロゥといいますっ。お名前教えていただけませんかっ!?」
「ん……ああ、俺か?」

 何やら注目を浴びていることに気付いた男はフッと笑う。
 苦笑にも思えるその皮肉気な笑みに、マーロゥの耳が不安気に揺れる。

「アウロック。俺はアウロックだ。ついでに言えば、この街には最近来たばかりだな」
「アウロック……さん」
「おう」

 少しぼうっとしていたマーロゥは、アウロックを……正確には、アウロックの頭の上をじっと見つめる。

「あの……つかぬことを伺うのですが」
「なんでも聞いてくれていいぜ? 好みのタイプでも話すか?」
「え……ひぇへっ!?」

 ウインクなどをしてみせるアウロックに顔を真っ赤にすると、マーロゥは慌てて首をぶんぶんと横に振る。
 
「い、いえ! そうではなくて!」
「おう。デートのお誘いか? 今日はちっと無理だが明日なら」
「ち、違うんです! あ、嫌ってわけじゃないんですけど違くて、そのですね!」

 身体全体をバタバタさせながら全身で否定するマーロゥの肩に、アウロックは苦笑しながら手を置く。

「落ち着けって。からかって悪かったよ」
「あ……ひあっ!」
「おっと。悪い悪い」

 慌てて手を放すアウロック。
 ちっとも悪いとは思って無さそうな顔ではあるが、一方のマーロゥは顔を真っ赤にしていっぱいいっぱいである。

「で、なんだ。マーロゥは俺に用事なんだろ? 初対面な気もすっけど」
「あ、はい。えっとですね、その」
「はいはい、私はラナーシャです!」
「あたしはアルナ! よかったらこれから朝市回らない!?」
「ひゃあっ!?」

 想像よりずっと話しやすそうだとみた他の女性陣に突き飛ばされるような形で、マーロゥはくるくると回って地面にぺたんと尻餅をつく。
 一方のアウロックは女性陣に囲まれたまま、投げかけられる言葉に頷きながらもいなしていく。 積極的な女性の扱いに慣れたかのようなその所作はプレイボーイをも連想させるが、決して軽く扱ってもいない。
 ニコニコと笑いながら誘いを断っていき、なんとか立ち上がったマーロゥの近くまでやってくる。

「……うぁちゃー……あいつ等どっか行っちまってるし。これだけ人がいると鼻も中々なあ……」
「あ、あのっ!」
「おう、悪いな。ちょっと俺、仕事中でよ。落ち着きのねえ連中をとっ捕まえてこないといけないんだよ」

 そう言って軽く手を上げて通り過ぎようとするアウロックの手を、マーロゥががしりと握る。

「そ……そそそっ!」
「そ?」
「それ、お手伝いしますっ! こう見えても私、獣人の血が入ってますからっ!」
「だろうなあ……」

 揺れるウサギの耳を見ながら、アウロックは呟く。
 ファッションで偽物をつけているというのでもなければ、疑いようもなく獣人の血が入っている。
 とはいえ、わざわざ手伝ってもらうまでもない。
 ビスティアの中でも特に匂いに敏感な黒狼のビスティアであるアウロックにしてみれば、ウサギの獣人のハーフだかクォーターだかにやってもらう事はゼロである。
 出来るだけ傷つけない台詞で断ろうとしたアウロックはしかし、突如ピクリと視線を動かす。
 それは、先程話しかけてきた女性達の集まりの中から聞こえてきた台詞。
 小声で呟いていたであろうソレはしかし、アウロックの耳にしっかりと届き。
 それを聞くなり、アウロックはマーロゥの腕を掴んでぐいと引き寄せる。

「そこまで言うんなら、手伝って貰おうか」

 耳元で囁くような声にマーロゥは蒸発するのではないかという程に顔を赤くする。
 

「そ、それなら」

 私の方が、と言って近寄ろうとする他の女性達をアウロックはマーロゥを掴んでいない手で制すると、にっこりと微笑む。

「ああ、悪いな。先着一名様限定なんだよ……また今度な?」

 そう言うと、今にもへたりこみそうなマーロゥを引っ張るようにして歩いていく。
 少しばかり自分の手を握る力を強くしたアウロックに戸惑いながらも、マーロゥは手を引かれるまま歩く。
 騒がしい朝市からは、少し外れた方角。
 あまり人の居ない街壁沿いを歩きながら、マーロゥは自分を引っ張るアウロックに声をかける。

「え、えっと。それで探してる人って」

 どんな人ですか……と。
 そう言おうとしてしかし、その言葉は出なかった。
 振り返ったアウロックの瞳が、ぞっとするくらいに冷たい色を帯びていたからだ。

「獣人の血が入っているって言ったな」
「え……はい」
「他にも何か……隠してることはないか?」

 そう、あの時。
 アウロックの良すぎるほどに良い耳に聞こえた言葉。

 汚らわしいビスティアの子のくせに。

 確かに、そう聞こえたのだ。
 そして、その「汚らわしいビスティアの子」とは、恐らく……いや、間違いなく。

「わ、私は……」
「お前の用事も、大体は予想がついた」

 視線を慌しく動かして分かりやすい挙動不審に陥るマーロゥ。
 誤魔化そうとするかのような台詞を遮って、アウロックはそう断言する。

「俺を同族だと理解したんだな? あるいは、お仲間だと思ったか?」
「え……えうっ……」

 アウロックはマーロゥを、手近な路地裏に引きずり込む。
 その手に、毛皮に包まれたものに変化していく。
 その顔も、黒い狼のものへと変貌して……服装はそのままに、アウロックは黒狼のビスティアとしての姿に変化する。

「俺はザダーク王国のビスティア、アウロックだ。答えろマーロゥ。お前は……ビスティアの血が入っているのか?」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。