勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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黒狼と灰色ウサギ3

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 景色が、流れる。
 たくましい腕に抱かれて、何がなんだか分からないまま。
 自分を知っている人も、知らない人も。
 全てを背景にして、そこに置き去りにしていく。
 それはまるで、過去から自分を連れ出してくれるような。
 いつか見た、そんな夢に似ているだろうか。

 そんな事を考えながら、マーロゥはアウロックの腕の中でぼうっとする。
 見上げる端正な顔からは、信じられないくらいに荒い言葉が出るけれども。
 悪い人ではないということは、なんとなく理解できる。
 見た目だけはウサギの獣人のマーロゥ。
 けれど、その灰色の兎耳は……ビスティアの耳。
 いつか、自分の母親をどん底に叩き落したビスティアの置き土産。
 母親を一日毎に狂わせていった理由。
 見た目だけは、獣人なマーロゥ。
 けれど……獣人から見れば、マーロゥは明らかに「違う」らしい。
 いつだっただろうか。獣人に言われたことがある。

 お前は私達の血も入っているが、私達の仲間ではない。見た目が私達に似ている事が、お前の不幸なのだろうな。

 その時何と答えたか、マーロゥは覚えていない。
 けれど、その時を思い出す度にマーロゥは思うのだ。
 
 ならば、私は何なのですか。
 人間の身体に、灰色ウサギのビスティアの耳。
 遠い何処かのご先祖様から貰ったらしい、僅かな獣人の「超直感」の力。
 合わせれば、出来損ないの灰色ウサギの獣人……の紛い物の出来上がり。
 人間でもなくて。
 獣人でもない。
 なら私は、何なのでしょうか?
 獣人にそっくりな、この身体。
 このウサギの耳を引っこ抜けば、人間になれるのでしょうか。
 そう思って強く握ってみても、痛くてすぐに泣いてしまうんです。
 弱い私。
 出来損ないの灰色ウサギ。
 偽物獣人のマーロゥ。
 ……ねえ、アウロックさん。
 黒狼のビスティア。でも、私の知るビスティアとは全然違う人。
 
「貴方なら……私が誰か知っているんでしょうか?」
「あ?」

 走る足を止めないまま、アウロックは腕の中のマーロゥに視線を落とす。
 いつの間にか考えが声に出ていた事に気付き、マーロゥは慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
 何処から声に出ていたか分からなくて、マーロゥの顔が真っ赤になる。
 混乱する頭は、状況を整理することを許さない。

「……よくわかんねーけどよ」

 アウロックは、ぽつりとそう呟く。
 その走る速度は、少しずつ落ちていく。
 
「人間がお前を人間じゃねえっていうんならよ」

 アウロックの、足が止まる。
 その前にあるのは、真新しい立派な建物。

「いっそ、魔族になっちまうか? 半分はビスティアなんだろ?」
「……え」
「別に無理して人類やってる必要もねえだろうよ。こっち側に来れるんだからよ」

 魔族になる。
 そんなことを、マーロゥは考えたことなど無かった。
 自分は人類の仲間だと。
 たとえ人間でも獣人でもなくても、人類の「なにか」だと思っていたからだ。

「でも。私のお母さんは、人間で」
「んー、あー。人類やってんのにコダワリあんなら、別にいいんじゃね?」

 こだわり。
 自分は人類であることに「こだわって」いるのだろうか、とマーロゥは自問する。
 いや、そもそも。
 自分が何であるかなんて、決められることなのだろうか?

「あの、でも。私が半分人類ってことは半分は魔族じゃないってことで。あれ、でも。あれ?」
「別にそんなもん、お前がどっちになりたいかでいいんじゃねえのぉ?」
「え、ええ!?」
 
 そんな会話をしている間にもアウロックはマーロゥを抱いたまま立派な木のドアを蹴り開けて中に入っていく。

「お帰りなさい、アウロックさん。遅かったですね?」
「ふえ?」

 涼やかな女性の声にマーロゥが視線を彷徨わせると、アウロックの正面には水色のメイドが現れていた。

「メ、メイドさん?」
「はい、メイドのマリンです。失礼ですがお名前と事情を伺っても?」
「え!? あ、はい。えっと、マーロゥです! その、えっと……事情についてはよく分かりません!」

 マーロゥがそう答えると、マリンはアウロックに疑惑を込めた視線を投げかける。

「……誘拐? まさか、この大切な時期に? どうしましょう、こうなったらもう磨り潰してアウロックさんの存在自体を無かったことにするしか」

 マリンの手が背中に回ったのを見て初めて、マーロゥはマリンの背中に巨大な盾が背負われていることに気付く。
 四角い鉄板にも見えるその巨大盾で何をどう磨り潰すのかは不明だが、あまり聞かないほうが良さそうだとブルリと震える。

「いやいや、待てよ。これは勧誘だっての」
「勧誘? ……ああ、現地採用のですか。肉体労働に向くようには見えませんが」
「いや、書類仕事のサポートのほう。どうせ手が足りなくなるのは間違いねえって」

 アウロックがそう言うと、マリンは頭痛がするというかのように額を指でおさえる。

「……またそんな勝手な事を。事務担当については本国採用の予定だったでしょう」
「問題ねえって。マーロゥって、半分魔族だし? あ、そうだ、ソレだよ。魔王様に報告しねえと。なあ、転送員の野郎何処行った?」
「え、ちょ、あの。アウロックさん!?」

 アウロックの腕の中でワタワタするマーロゥと、ぽかんとした顔のマリン。

「え、ちょっと待ってください。半分魔族って」

 マリンがアウロックに質問を投げかけようとした、その時。
 玄関ホールに、誰かが転移してくることを示す転送光が輝いた。
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