勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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魔剣技10

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 開け放たれた扉の向こうからまず漂ってきたのは、濃厚な乾いた血の匂い。
 そして、そこに微かに混ざる獣臭い香り。
 恐らくは応接間も兼ねているであろう広い部屋の中にはやはり飛び散った血と……ソレを拭き取ったような、あるいは舐めとったような痕がある。
 床に乱雑に倒れた椅子は混乱の跡を示しているかのようだ。
 それに僅かに顔をしかめながらも、カインは「そもそもの此処に来る目的」であった相手の名前を思わず口にする。

「黒狼……?」

 そう、たとえば黒狼の群れが此処になだれ込んできたというのであれば目の前の光景は確かになされるだろう。
 黒狼は残虐性と悪食で知られるモンスターであり、襲われれば血も骨も残らないとされている。
 黒狼が床の血すらも舐めとり、その結果がこれだというのであればある程度納得のいく話である。
 ただそれは、一つの前提条件に目を瞑れば……ということでもある。

「黒狼に鍵をどうこうする知能があるとは思えませんよ」

 カインの呟きに反応したシュナが返してくる言葉が、まさにそれだ。
 カインの確認した限りでは、裏口も窓も破られた様子は一切無い。
 この村長の家の中に居た者が招きいれた上にご丁寧に鍵をかけるといったことでもしない限り、状況の再現は不可能だろう。
 いくらなんでも、そんな事がありえるとは思えない。
 たとえば何かの間違いで招き入れてしまったとして、鍵を閉める理由が無い。
 そして鍵を閉める理由があったとして、そうなるとこの家……あるいは先程の家の中に黒狼が居なければおかしいのだ。

「とりあえずどけ」

 サンクリードは悩むカインをグイとどけて中に入ると、無遠慮に辺りを調べ始める。

「ちょ、ちょっと何してるんですか?」
「敵の痕跡を探している」
「痕跡?」

 慌てて駆け寄ってきたシュナにそう返すと、サンクリードは置いてあった机の下を覗き込む。

「ああ。この家が避難場所だというのなら、複数人がいたはずだろう?」
「え、ええ。恐らくは……ですけど」
「ならば、全くの無抵抗でやられたということもあるまい。なにか抵抗の痕跡が残るはずだ」

 言われて、シュナは村に入ってきたときの光景を思い出す。
 そっと目を落とすのは、そこから拝借してきたナタ。
 そういえばこれも、抵抗の跡だったのだろうか。

「あの、これ……」
「それもそうだろうな」

 シュナがナタを示して見せると、ちらりと振り返ったサンクリードは頷いてみせる。

「何かがあるはずだ。生きようと足掻いたのであれば、必ず何かがある」

 その言葉に、カインとシュナはピクリと反応する。
 生きようと足掻いた。
 その言葉からして、サンクリードはこの家のに居た者の全滅もすでに想定している事を理解したからだ。
 そしてそれは、二人が考えないように避けていたことでもある。
 生存者は絶望的。
 そんな言葉で誤魔化そうとしても、この徹底的な惨状が全てを理解させる。
 血すら舐めとっていく余裕のある相手が、「食べ残し」など放っておくはずがない。
 まず間違いなく、全員殺されているだろう。

「……欠片、か。壺か?」

 やがてサンクリードが見つけたのは、部屋の隅に散らばった陶器の欠片のようなものだ。
 花のようなものがあるのを見ると、元々は花瓶だったのだろうか?

「花瓶、ですね。落ちたにしては場所が……」

 膝をついて欠片を調べ始めたサンクリードの隣に来たカインが、その欠片をしげしげと眺め始める。
 そう、この場所は部屋の隅だ。
 たとえばインテリアとして大き目の壺や観葉植物を置いておくというのも当然無いとはいえない。
 だが、この陶器の欠片は明らかに机の上に置くような小さな花瓶だ。
 部屋の隅で粉々になっていていいようなものではない。
 となると、この花瓶は何か「粉々にされるような状況」を経てこうなっているというわけだ。
 では、その状況は何かとは考えるまでもない。

「投げた……ってことですか」
「そうだろうな。だが、結果は芳しくなかったようだ」

 花瓶の投擲。
 それはそれなりの攻撃力を秘めたモノではあるだろうが、中に毒水でも仕込んでいるのでもなければ一撃必殺とするには足りないだろう。
 そしてそれをする状況とは「とっさの抵抗」であることが多い。
 だが……とっさであるが故に、多少の流血や威嚇くらいは期待できそうだ。
 しかし、サンクリードの言葉はそれすらも否定する。

「この壁……僅かに傷と何かの付着物がある。この花瓶を投げた跡だろうな」

 なるほど、言われて見ると壁には確かに花瓶を投げて出来たらしい跡や花瓶の欠片と思わしき粉が付着しているのが分かる。
 これが示すのはつまり……。

「投げたけど、外したっていうこと……ですよね」
「恐らくはな」

 避けたのか、外したのか。
 どちらにせよ結果は同じだろう。
 僅かな抵抗は、恐らくは無為であったのだ。

「……そういえば」

 カインが振り返るとシュナも同じ事を考えていたようで、シュナは床に倒れた椅子の近くにしゃがみ込んでいる。
 それは乱雑に倒れた椅子の中で一番損傷が激しいものであり……足の一部が折れたものだった。
 
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