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外交狂想曲3
しおりを挟む「ん? 何?」
疑問符を浮かべつつも嬉しそうなニノは、もそもそと動いてヴェルムドールの膝に乗る。
武具の重量が加わっているせいでそれなりに重いのだが、素直に重いと言わない程度のデリカシーはヴェルムドールも持ち合わせている。
とりあえずそれについては何も言わないままに、ヴェルムドールはニノの疑問について答える事にする。
「今の疑問については、お前の言う通りだ。この婚約を申し込んできた連中は勿論、その対象となる娘達も……俺を直接見たことのある奴がどれだけいるかも怪しいな」
話した事のある奴に限定すれば更に減るな……と言うヴェルムドールに、ニノはふーんと頷く。
「変なの。好きになれるかも分からないのにね」
「全くだ。くくっ、そう考えると笑える話なんだがな」
気持ちは後からついてくる、とは人類の生み出した言葉だっただろうか。
こうした「婚約」とは、とりあえず申し込んで顔合わせしてみて……といった流れであることが多い。
立派な額縁に入れて9割増くらいに美化した姿絵をつけることもよくある話だが、この婚約申込みの群れにはそれはないらしい。
まあ、送ってきたところでソレがヴェルムドールの心を動かすことなどはないのだが……相手もそれを理解しているということなのだろう。
「さっきも言ったが、この婚約申込は互いの益を前提としている。気持ちについてはまあ、互いの努力によってゆっくりと……といったところだろうな」
「変なの」
ニノは一言で切って捨てると、ニノは不機嫌そうな顔をする。
「努力しないと好きになれないなら、それは結局好きじゃないんだよ。誰も幸せになれないよ?」
ヴェルムドールの膝の上でくるりと身体を回すと、ニノはヴェルムドールに身体を寄せる。
「ニノはちゃんと、魔王様のことが好きだよ。好きだから何でもしてあげたいし、何だって出来る。好きだって言ってくれたなら、きっと神だって殺せるよ。それって、「互いの益」にはならないのかな?」
「……いや、それは確かに「益」だろうな」
ニノの論理は、正しい。
政治的な意味で言う「益」とは異なるのだが、そうした「心」が人類社会で様々な影響を与えてきたのも確かだろう。
政治的な「益」での繋がりが同時に「厄」をも運んでくることがあるのは、こうした点に起因しているのかもしれない。
「ねえ、魔王様」
「なんだ?」
「全部、断るんだよね?」
見上げてくるニノに優しく笑うと、ヴェルムドールは頷く。
「ああ。俺には不要のものだ」
「そっか」
安心したようにニノはヴェルムドールにもたれかかると、胸元に軽く顔を摺り寄せてから立ち上がる。
「ねえ。こういうのが来るのって、止められないのかな?」
「難しいだろうな。単純に条件で言えば、俺は未婚の王だ。そういう話を持ってくる理由には事欠かない」
「そっか。でも今は」
「ああ。そのつもりはない」
頷くヴェルムドールにニノは少しだけ残念そうにすると、くるりと身を翻す。
「ねえ、魔王様」
「なんだ?」
「婚約って、結婚の約束ってことなのかな?」
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるな。どちらかというと予約に近い」
つまりは婚約しているというのは「予約済」ということだ。
場合によっては簡単に破棄されることを考えても、「約束」というよりは「予約」というほうがしっくりくる。
「それしてれば、魔王様にこういう話はこないのかな?」
「かもしれないな」
実際には妾だの第二夫人だのという話が来るようになるだけだろうが、そちらについては「そのつもりはない」と突っぱねることも簡単だ。
前魔王グラムフィアは数え切れないほどの妻がいたらしいが、ヴェルムドールとしてはそのつもりもないからだ。
「なら……」
振り返り何かを言いかけて、ニノはふうと溜息をつく。
「でも、そのつもりも今はないんだよね」
「ああ、今はな」
今は、そのつもりはない。
たとえ、誰が相手であろうと……だ。
「そっか。仕方ないね」
ヴェルムドールに背を向けて、ニノは窓に足をかける。
「でも、覚えといてね。ニノは魔王様のこと、好きだから。いつでも婚約者になるよ」
名前を使っていい、ということなのだろう。
言うだけ言ってひょいと出て行くニノに苦笑しながらも、ヴェルムドールは机の上に散らばってしまった書類を集めようとして……横からひょいと出てきた手がそれを手馴れた動きで整頓していく。
「……」
見上げれば、そこにはイチカの姿。
いつもと同じような無表情の瞳が、ヴェルムドールをじっと射抜くように見ている。
「……私も同じ気持ちで……」
言いかけて、イチカは悩むように言葉を途切れさせる。
目を伏せ少し沈黙した後、イチカはヴェルムドールを見据える。
「私は」
「ああ」
ニノと同じだと言うのが嫌だったんだろうな、とヴェルムドールは思いつつも口には出さない。
表面上は真面目な顔でイチカの言葉の続きを待つが、珍しくイチカは言いよどんでいる。
「私は、ですね」
何かを言おうとして、しかし言葉が出てこないかのようにイチカは言葉を途切れさせる。
少し赤みの差した顔は、どこか気弱にすら見える。
イチカはそのまま俯いてしまい……更なる沈黙の後に、意を決したように顔を上げる。
「……大好きですから」
顔を真っ赤にしたイチカはそう言うと、慌しげに身を翻して扉を開けて出て行く。
勢い良く閉められた扉を見て、ヴェルムドールは椅子に身体を深く沈める。
彼女達の気持ちも心意気も嬉しいのだが、だからこそ「こんな理由」で名前を使うわけにはいかない。
しばらくは面倒だろうが、こうしてヴェルムドールが頭を悩ませるしかないのだろう。
……まあ、それはそれで「幸せな悩み」と言えるのだろうか。
そんなことを考えていると、ガチャリと扉が開き……ニヤニヤ笑いを浮かべたイクスラースが顔を出す。
「ねえ」
「なんだ」
口元を手で隠しながら、イクスラースは今にも吹き出しそうな顔で笑う。
「私の方が貴方のこと、ずっと好きなんだからね……とかいう場面かしら?」
「……勘弁してくれ」
そう言うと、ヴェルムドールは今日一番の深い溜息をついた。
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