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連載
とある小さな物語3
しおりを挟む菓子店。
その言葉に、ラクターはピクリと反応する。
「菓子店……? こんな路地裏にあんのか?」
「あ、いえ。そのお……」
聞かれて、女は先程自分が逃げてきた方向を指差す。
上目遣いでラクターを見上げながら、女は申し訳無さそうに呟く。
「あ、あっち……です」
「おう、そうか」
そう答えると、ラクターは女をひょいと抱えあげる。
片腕で抱き上げられた女はラクターに体を寄せる格好となり、真っ赤な顔でぱしぱしとラクターを叩く。
「じ、自分で歩けますから!」
「歩けるのはあったりまえだろぉがよ。んな事より、具体的に建物何個くらい先なんだ?」
「え? え、えーと……」
1、2、3……と指で数えていた女はやがて、7つくらい先ですと答える。
「7か。まあ……いけるだろ」
「え? 何がですか?」
「おい、俺にしっかり掴まってろよ」
「へ?」
ラクターは女を抱えたまま軽く屈伸する。
そうするとラクターに抱えられた女も自然と視界が上下し、ラクターが走るつもりなのだと察して思い切り首に手を回してしがみ付く。
「……うし、跳ぶぞ」
「へ?」
響いたのは、爆発のような音。
女を抱きかかえたまま、ジャンプしたラクターの身体は空へと舞い上がる。
いや、舞い上がるという表現は適切ではないだろう。
それは正しく言葉にするならば、空への突進。
まるで弓から放たれた矢が空を裂くかのような勢いで放たれたラクターは、女を抱えて空を思うまま蹂躙し跳んでいく。
「き、きゃあああっ!?」
叫んでラクターにより強くしがみ付いてしまう女の心境も当然だろう。
ラクターには慣れた空も高速の世界も、女にとってみれば全く未知のものだ。
両方合わされば、その恐怖は如何程のものか。
ゴウゴウと耳元で鳴る風切り音に耐え切れず、ラクターの胸板に顔を埋めている。
一方のラクターには、気にした様子もない。
幾つもの建物を飛び越すと、慣れた様子で建物の横に着地する。
「よ……っと」
「ひぐっ」
丁度横道となっていて舗装されていないそこへズシンという音と共に降り立つと、地面がラクターの足の形に見事にへこむ。
舗装された表通りに着地していたら間違いなく石畳が砕けていただろうが、そこは狙い通りである。
「おい、大体7つ先くらいまで来た……ぜ?」
言ってラクターが腕の中の女を見ると、気絶してしまっているのが見える。
恐怖と衝撃のダブルショックなので当然といえば当然だが、ラクターはワケが分からず女の頬をぺしぺしと叩く。
「おーい。おーい? なんだよオイ、仕方ねえなあ」
何度かぺしぺしと叩いても「うーん」としか言わないのを確認すると、ラクターは仕方無さそうに溜息をつく。
「……しゃあねえか。まあ、菓子店とか言ってたな」
ぐったりしたままの女を抱えてラクターが表通りに出ると、ざわりと辺りが騒がしくなるのが分かる。
慌てた様子でラクター……あるいは女を指差したり視線を向けてきたりする人々の様子に、ラクターは気絶した女を心配しているのだろうと解釈する。
そしてそれはある意味では間違いではなかった。
「えーと……菓子屋、菓子屋……」
ラクターが降り立った場所は、住宅の立ち並ぶ居住区画である。
石造りの建物はどれも「店」らしくはない普通の扉がついており、あまり人類社会に詳しくは無いラクターでも「違うだろうな」と思わせるものだった。
さてどうしたものか、とラクターが立ち止まってうーむと唸り始めると、背後から「おい」と呼びかける声が聞こえてくる。
さてはまたあの連中かと一瞬考えるものの、どうにも声が震えている。
声質も若干違うなと振り返れば、そこには思い切り震えながらも拳を構えた青年の姿がある。
如何にも見よう見真似であることが丸分かりで、なんの威嚇にもなってはいないが……どうやら、義憤に燃えているらしいことだけは確かのようだ。
「そ、その子をどどど、どうするつもりだ!?」
「あ? どうするも何も……菓子屋とやらに連れてくつもりなんだが?」
「な、なんだと!? 連れて行ってどうするつもりだ!」
「……どうするってお前」
どうにも妙だな、とラクターはべしっと少し強めに女を叩く。
うぐっ、というあまり女性らしくない声をあげて目を覚ました女は、ハッとしたように顔をあげて……ラクターの顔を見て、自分が掴んでいるのが何かを確認する。
「ん、んんー……?」
まだ意識が完全に覚醒していないのか記憶が混乱しているのか、あちこちへと視線を彷徨わせる。
そうしてしばらくの無言の後、思い切りキャーと叫ぶ。
「や、やっぱりお前!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! え、私なんで寝ちゃって!? あ、涎! ひゃー!」
青年の声を掻き消すかのように女は騒ぎ出し、バタバタと暴れて落ちそうになったところをラクターに顔を掴まれ引き戻される。
「落ち着け」
「ひゃ、ひゃい」
ヒリヒリする顔を抑えた女は自分がまだラクターの腕の中なのに気付き降りようとするが、ラクターの太い腕に固定された足は全く動かない。
「暴れんな。それより、お前を菓子店に連れてくって言ったら妙な反応されたんだけどよ。どういうことだ?」
「え? 妙な反応?」
「おい、聞いてるのか! その子を離せ!」
「あ、分かりました」
女は降ろしてください、といってラクターの腕から降りて……しかし、力の抜けた膝からカクンと崩れ落ちそうになったところをラクターに再び掴みあげられる。
「あ、ありがとうございます……えーとね、ジョナス兄さん。この人、恩人」
「お、恩人?」
「そ。で、えーと……店ですけど、この先をもうちょっと先です」
「おう」
女を抱えてズンズンと歩いていくラクターを、「ジョナス兄さん」と呼ばれた青年は慌てたような様子で追いかける。
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