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誰が為の英雄譚7

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 ここで、時刻は少しだけ遡る。
 ルーティの屋敷はロウムレルスの中心街からは少し離れているのだが……いわゆる商業地区は、この中心街に位置している。
 そして当然だが食事を扱う店の類も商業地区に集中しており、お昼時になるとどの店もにわかに混み始める。
 その人種は様々で、人間、獣人、シルフィド、メタリオと様々である。
 
「はあー……なんかこう、すっげえファンタジーを感じるな」

 そんな中、獣人の頭上でピコピコと動く耳やら何やらをちらちら見ながら歩いているのは黒髪黒目の男であった。
 しかし、そう言いながらも胸部鎧をつけ腰に剣を下げた彼自身の姿も彼の言う「ファンタジー」そのものであるし、別に珍しい光景でもない。
 しかし余程珍しいらしく、男はキョロキョロと辺りを見回しながら感嘆の溜息をつく。

「向こうって結局人間しか居なかったもんなあ……」

 男の名は、真壁透。
 今はトールと呼ばれ……自分でもそう名乗るようになった、「此処とは異なる世界」の住人である。
 ちなみに此処でトールが言う「向こう」とは、人間種しか居なくなった聖アルトリス王国のことである。
 亜人論を支持する者がかなりいる現状では、それも仕方ないのだが……。

「あ、なんかすげー良い匂い……」

 ふらふらと串焼きの露店の方へとフラフラと歩いていく姿は、如何にも「田舎から出てきた若者」といった風体だが……すっと前を横切ろうとした男に、ドンとぶつかってしまう。

「あっと……すんません」

 反射的に謝罪の言葉が口を突いて出ると、チッという舌打ちが返ってくる。
 自分よりも背の高いその男をトールが見上げると、長い白髪の男が、やはり長い前髪の隙間でギラつく目でトールを睨んでいた。
 長い白髪。
 細い身体を覆うカッチリした詰襟の服。
 腰に差しているのは、何やら刺々しい印象の剣。
 
「てめ」
「はいはーい! ルーテリスはあっち行ってて!」
「うおっ」

 男が何かを言いかけた直後に、緑色の狩人服を纏ったショートヘアの少女が男を突き飛ばす。
 背中に背負っているのは赤銅色の弓だが、強い魔力を放っているのがすぐにトールにも理解できた。

「ごめんね君、大丈夫?」
「え? あ、いや。俺の方こそぶつかっちゃって」
「あ、そうなの? アイツが絡んでるのかと思ったよ」

 ごめんごめーん、と少女がルーテリスと呼ばれた男にぺろっと舌を出し、ルーテリスのほうは大きく舌打ちする。

「えっと、ほんとすみません。えーと、たぶんお仲間なんですよね?」
「え? うん、そうそう。そんな感じ。僕の方が頭いいけどね!」

 アハハ、と声をあげて笑う少女にトールが愛想笑いを返すと、少女は笑い声をピタリと止める。

「ま、どうともなってないならいいよ。よかったね、無事で」
「あ、はい」
「うんうん。人生は短いんだから、毎日悔いなく生きないとね。突然死んでも悔いが無いように、さ」

 少女の言葉になんと返していいか分からずトールが戸惑っていると、少女はトールの先にある露店をすいと指差す。

「あの店、実はそんなでもないよ? 匂いはいいんだけどね。7軒先くらいの屋台の方がおススメ。まあ、塩焼きが好みならだけどね。肉の間にマル茸じゃなくてシャキシュを挟んでるから、ちょっと男の子には物足りないかもだけど」
「シャキシュって、あのタマネギみたいな……」
「そのタマネギっていうのが何かは知らないけどさ」

 その7軒先らしき場所へと指先をすいと動かした少女は、その手をぱっと開く。

「じゃあね、少年。元気でね」

 開いた手をヒラヒラと振り、少女は苛立たしそうに足で地面を叩いていた男をど突く。
 そのままバンバンと叩きながら男と共に歩き去ろうとしていき……その背中を、トールは瞳に魔力を集中させて見つめる。
 そして、その瞬間。
 緑の少女が、笑顔のまま振り向いた。
 その笑顔に威圧すら込めて、少女はトールへと近づき……全く笑っていない目で、トールを見上げる。

「……少年。今、君さ。何かやった?」
「え? い、いや……もう会えないかもしてないし名前も聞いてなかったから、せめて姿を記憶に焼き付けとこうかなーって。ハハ」
「ふーん。そう? そういえば自己紹介もしてなかったね?」

 少女はそう言うと威圧を消し、軽い礼をしてみせる。

「僕はレナティア。よろしくね、えーと……」

 首を傾げて促すレナティアに、トールはぺこりと頭を下げる。

「トールです。その、よろしくお願いします」
「うん。よろしく、トール君」

 微笑むレナティアは再び響いた舌打ちに苦笑すると、トールの胸元をコツンと拳で叩く。

「一応忠告しとくとね。君のさっきの行動って、僕みたいな敏感な相手には勘付かれるし、誤解されることもあるから」
「あ、は、はい……気をつけます」

 トールが頷いたのを確認すると、レナティアは満足そうに頷き返す。

「うんうん、いい子だね。それで、『何か』見えた?」
「え!?」

 ぎょっとしたような顔のトールを、レナティアはニコニコとした笑みで眺める。

「な、何かって……べ、別に下着とか見えてませんよ!? だってその服、すっごい分厚そうだし!」

 ぱっと視線を逸らしたトールに、レナティアは呆気にとられた顔をした後……噴出すように笑う。

「あ、はは……あははっ! 言うにことかいて下着って! 中々凄い返しをするね、君!」
「は、はは……」

 引きつった笑みを浮かべるトールを、レナティアはじっと見つめてニヤリと笑う。

「そうだね。気合を込めたついでに魔力がこもる事は、別に珍しくない。僕だって狙撃の時には似たようなことをするからね」
「は、はあ」
「もう少し突いたら面白そうだけど、今はこのくらいにしといてあげる。こっちもちょっと色々あってね。予定外の事を抱えてる余裕は無いんだ」

 そう言うと、レナティアは再び身を翻す。

「じゃあね、トール」
「あ、ああ。元気で、レナティア」

 去り行くレナティアと……その先を歩くルーテリスと呼ばれた男の背を、トールは見送る。

「……ほんとに、人間そっくりなんだな」

 ボソリと呟いて、トールは先程教えてもらった屋台を探すべく歩き出した。
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