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連載
誰が為の英雄譚8
しおりを挟むトールと別れたレナティアは、先を歩くルーテリスの後を早歩きで追いかける。
人の居ないほうへ、人の居ないほうへと歩いていくルーテリスは、やがて、とある門の前でピタリと止まる。
そう、それは門だ。
扉は設置されておらず、外枠だけ。
門番すら居ないそれは、しかし側に置かれた立て札に記載された一言が「外」と「中」を分け隔てている。
ここより先、シルフィオル。
ただ、そう書かれているだけの看板。
……ただこれだけでは、何のことか分からないだろう。
実際、立ち入りを禁じているわけではない。
あらゆる誰もが立ち入るのに許可を必要としていない。
そして、入ったからと誰に咎められるわけでもない。
しかし、この街の事を知る者ならば……シルフィド以外は立ち入ろうとしない。
何故なら、此処はシルフィド専用居住区域。
他の人類と比べても特に長い寿命を持つシルフィド達の中でも、出会いと別れの苦しみに耐え切れなくなった者達が集まり暮らす場所である。
当然、半ば世捨て人のような者達であり……商人達も、あまり好んで近づきはしない。
独自のコミュニティが形成されているこの場は独特で、いけないわけではないが不用意に近づかないほうがいいだろう……などと忠告された結果、自然と人通りも少なくなる。
今など、通行人一人すら見当たらない。
そんな場所の門を見上げ、ルーテリスはただ黙っている。
「ねえねえ、ルーテリス。そろそろいいだろ? こんな街まで連れてきて、何のつもりなのさ。あの策士気取りに何か押し付けられたわけ?」
「そういうわけじゃねえよ」
レナティアの問いに振り返らないまま、ルーテリスはそう答える。
その様子に肩をすくめると、レナティアは首を左右に振って呆れたと言いたげな表情を作る。
「まったくさあ、ちょっとは昔の事思い出したのかと思ったのに。期待外れだよ」
「それだ」
「どれさ」
「記憶の話だ」
未だ振り返らないままのルーテリスの背中を見つめ、レナティアはきょとんとした顔をする。
「何か思い出したの?」
「違う」
「なんなのさ……」
「お前、どこまで覚えてる?」
不満そうな顔をしていたレナティアはその言葉に、首を傾げて疑問符を浮かべる。
「どこまでって……」
「俺はほとんど何も覚えてねえ。勇者共の事とかは覚えてるし、どうやって死んだのかも覚えてる。だが、他の事はサッパリだ。お前にだから言うが、シュクロウス様の事はお前等から聞いた知識しかねえ」
ルーテリスの言葉を、レナティアは無言で聞く。
ルーテリスが、彼にしては珍しく至極真面目であることに気付いたからだ。
「別に俺は、そんなもんだと思ってた。俺等の手品とは違う……一度死んで蘇るなんつー反則技なんだ。そういうこともあるだろうと思ってたさ」
だがよ、とルーテリスは言う。
「どうにも何か違和感がある。ゲオルギアの野郎に会ってから、それが消えねえ」
ゲオルギア。
裏切り者のアルヴァ。
ルモンという魔族の身体を乗っ取って生きている。
ルーテリスが知っているのは、そんなところだ。
それに違和感を今まで抱いた事はなかった。
だが、今は違う。
「おかしいだろ。乗っ取りだぞ? なんでだ。なんでそんな前代未聞の能力に今まで違和感を抱かなかったんだ」
「そ、れは……え、あれ?」
レナティアはそれを反芻し……ハッとする。
言われてみれば、確かにおかしい。
今まで何の違和感も抱かなかったことすらもおかしい。
乗っ取り。
そんな「能力」のことを、説明されてもいないのに納得してしまっていた。
いや、違う。
知っていたのだ。
知りもしないはずの能力の事を、レナティアは知っていたから納得していたのだ。
「え……ちょっと待って。あれ……なんで?」
「おかしいだろ。知らないなら、説明されねえと分かんないはずだろ。なんで俺等はそんな事を知ってる?」
「え、いや、でも……何処かで聞いたとか……」
そんなことはない。
絶対にない。
杖魔は勿論、アルヴァクイーンからもそんな説明を受けた事はない。
受けるまでもなかった。
それは何故?
そんな答えの出ないループに陥ったレナティアは頭を抱え、ブンブンと振る。
しかし、それでもルーテリスは振り返らない。
そして、決定的な一言を口にする。
「俺達が、ゲオルギアと同じじゃない保証がどこにある」
「違う!」
即座にレナティアは叫び否定する。
「僕達は絶対に違う! だって……だって僕達は僕達自身だという自覚がある! 記憶だって……!」
「俺はほとんど覚えてねえ」
「僕は……僕は覚えてる! そりゃ、幾つか思い出せないこともあるけど、でも、そんなの仕方ないだろう! だって僕達は」
「死んだからな」
「そうさ! だからそんなのがあったって」
「死んだんだよ」
ピタリと、レナティアの言葉が止まる。
死んだ、と。
自覚しているその事実をルーテリスから突きつけられ、自覚しているはずのその事実が恐ろしい新事実であるかのように聞こえたのだ。
「俺達は死んだ。完全に、完膚無きまでにだ。んでもって俺の知る限り、死んだ奴が蘇る魔法なんてものはねえ。なら……俺達は、一体なんなんだ?」
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