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魔神の見た光景10

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 それは、無限の暗闇。
 何処まで行こうと果ては無く。
 何時まで待とうと明けは無い。
 光が在るのは、ただ一点。
 闇の玉座に座す者のいる、この場のみ。
 その玉座に座すのは、黒髪の少女。
 赤く輝く目が、それがただの人間では無い事を自己主張している。
 しかし、それがその真の姿というわけではない。
 だが、真の姿があるというわけでもない。
 1人の人間の嗜好に合うように姿を成したらこうなったという、ただそれだけ。
 名すら放棄したそれは……魔神、と呼ばれるモノだ。

 魔神。
 あらゆる魔の母。
 あらゆる魔の父。
 あらゆる善の根源。
 あらゆる悪の理由。
 あらゆる善の原型。
 あらゆる悪の墓場。
 あらゆる矛盾の始まり。
 あらゆる理論の終わり。

 あらゆる全てが「理由」を知るこの場所で、魔神は玉座に深く腰掛ける。
 魔神がパチンと指を鳴らすと、彼女の周囲には無数の四角い窓が現れ……その全てに、違う場所の光景が映し出される。
 そうして魔神が指を鳴らす度に映し出される光景が一つ、また一つと消え……そして最後に一つの光景だけが残る。
 手元に引き寄せた「窓」の中に映し出される光景は、何処か清浄な雰囲気を宿す場所であった。
 そこは、何処とも分からぬ場所から差し込む光に満たされた場所。
 部屋のあちこちを流れる水もまた清浄な気配を宿しており……魔力の満ちた輝きをも放っている。
 そんな部屋の中央にあるのは、一組の男女の姿。

 一人は、白い衣を身に纏う女。
 青く長い髪を後ろで太い三つ編みのように編みこみ、その顔には明らかな疲れが浮かんでいる。
 ぐったりと玉座に座る姿には、「疲労困憊」という言葉しか浮かばないであろう。
 もう一人は、鎧を纏った男。
 一見ただの人間のように見えるが、額に薄く青い光を放つ石のようなものがあるのを見るに、人類ではあるのだろうが「人間」ではないようであった。
 女に傅き頭を下げる姿は従者のようでもあり、神官のようにも……あるいは騎士のようにも見えた。
 深く傷ついたその姿は、女よりも更に深く疲れきっているように見えた。
 鎧はあちこちがひしゃげ、肩鎧も割れてなくなってしまっている。
 その手にある剣も中程から折れ、激戦の後をうかがわせている。

「……ご苦労様でした、ルトガード。貴方が居なければ、今回の事態は抑え切れなかったでしょう」
「いえ。私など、結局は貴女様の足を引っ張ったばかり。この身の鍛錬の不足を嘆くばかりです」

 男……ルトガードはそう言うと謝罪するように更に深く頭を下げ……そのルトガードの体を、薄い輝きが包む。
 その輝きはルトガードの傷を癒し、それに気付いたルトガードが驚いたように顔を上げる。

「何を言っているのですか。私は貴方ほどの忠義者を知りません。とにかく傷は癒しました。装備も後ほど新しい物を授けましょう……ゆっくり休みなさい」
「……有り難き幸せ。二度と無様は見せませぬ」
「期待しています。まあ、私は貴方の無様な姿など見たことはありませんけれどね」

 疲れた様子ながらも優しげに微笑む女の姿に心を打たれたようにルトガードは涙ぐみ……しかし、すぐに表情を引き締める。

「しかし、アクリア様。何故今になってアレが現れたのでしょうか? 世界の魔力の流れ自体は安定していたはず……」
「そうですね。基本的には安定していました。しかし、つい最近……一瞬だけ、異常が発生していました。恐らく感知できたのは私とその同類程度のものだったでしょうが……」

 ルトガードが疑問符を浮かべているのを見て、アクリアはそう呟く。
 魔神。
 そう呼ばれるモノの力がこちらに漏れ出した事で、この世界は大きく揺り動かされた。
 暗黒大陸に新しく生まれた魔王のことといい、魔神は今まででは考えられない頻度でこの世界に関わってきている。
 その契機は、あるいは「魔王グラムフィア」の死なのかもしれなかったが……それにしては長年放っている。
 やはりそれは関係なくて、もっと別の理由があるのかもしれないが、それを想像するには材料が足りな過ぎる。
 そこまで考えて……アクリアの言葉を黙って待っているルトガードに気付き、アクリアは咳払いをする。

「詳細は不明です。しかし、あそこまで痛めつければ、しばらくは再度封印を破って出てくる事はないでしょう……問題があるとするならば」
「欠片ですか。確かにあの戦いで、相当数の欠片が散逸した可能性があります」
「ええ、何処まで広がったか予想もつきません。せめて悪しき者の手に渡っていなければよいのですが……」

 その会話を聞いて、魔神はクスリと笑う。
「魔王シュクロウス」がそれを手にしていたなど……そして打倒されていたなど、今の彼女達には想像もつかないのだろう。
 それだけではない。
 その「欠片」は、シュタイア大陸にも広がっている。
 まあ、魔神としてはそう嫌がるようなものでもないと思うのだが……考え方は色々あるものだ、と思い直す。
 その多様性を魔神は否定しないし、むしろ好ましいものだとも思っている。

「誰もが同じ方向を向いている世界なんて……安定はしてるんだろうけど、その代わり発展もしやしない。僕はごめんだね」

 そういう意味では魔神にとって、今の状況は好ましいものだ。
 あの「魔王シュクロウス」の残骸のようなものでも、あそこまでになったのだ。
 今後どんなものが飛び出してくるかを考えると、乾いた心に瑞々しさが多少なりとも戻ってくるかのような気分になる。

「ああ、こうなるとまだ僕がヴェルムドールに呼び出されていないのは、彼にとって幸運だったのかもしれないね? 偶然か故意かは分からないけど、それも含めて彼の実力なのかもしれない!」

 最後に残った窓も魔神が指を鳴らすと消え、代わりに巨大な窓が現れる。
 そこに映し出された男の顔を見て、魔神は本当に楽しそうな顔で笑う。

「ヴェルムドール。君だけが、僕の今の楽しみだ。もっともっと、僕を楽しませてほしいな」

 その言葉はヴェルムドールには届かない。
 この光景もまた、誰も見る者は居ない。
 これはただ、魔神のみが見る光景である。
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