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連載
始まりの物語2
しおりを挟む命の国エフェルス。
巨大なカザレリア大陸の端に位置するこの国には、命の塔と呼ばれる巨大な塔が存在する。
それは神が暮らす塔であり他の国にも同様のものがあるが……この塔の場合は「命の神」の塔というわけだ。
しかし神の塔といっても神々はこの塔に人が出入りする事を禁じてはおらず、今丁度塔の屋上でリュートを奏でる青年のような者も少なくはなかった。
「また来ていたのですか、アデルレート」
どこかぼうっとしていた顔であった青年はその声にハッとしたように手の動きを止めると、背後へと振り向く。
美しい金の髪と、深い海のように青い目。その身体を包むのは、清浄なる輝きを放つ白銀の衣。
何処か呆れたような顔をしたその女性に、アデルレートは花がほころぶような……という表現がぴったりの嬉しそうな笑みを浮かべる。
それを見て女性は困ったものだと言いたげな顔で溜息をつく。
「……アデルレート。貴方も、毎日此処でリュートを弾いていていいような身分でもないでしょう。あまりアレス達を困らせるものではありませんよ」
「ははっ、父上はむしろ喜んでいますよ。その調子でフィリア様のご機嫌をとるのだー……ってね。私は此処で好きな事をしているだけだというのに」
アデルレートの軽い調子に、フィリアは軽い頭痛を覚える。
このアデルレートという男は、エフェルスの第一王子であるのだが……どうにもこうにも態度が軽い。
決して頭が悪いというわけではなく、才能に満ち溢れてもいる。
しかしながら、どうもその才能を「導く」方向で発揮する気概が感じられないのが玉に瑕であった。
……とはいえ、悪人ではない。
こうして命の神であるフィリアの塔に毎日のように通っていながらも、彼は普通の者ならば何かのタイミングで口にするであろう願いを口にしたこともない。
「まあ、私としても貴方がどうして此処に通っているのか分かりませんからね。機嫌を……という意味では不適格でしょう」
「ははっ」
フィリアの言葉にアデルレートは笑うと、リュートを置いて椅子から立ち上がる。
ちなみに、この椅子もアデルレートが勝手に持ち込んだものだが……そのまま、アデルレートは屋上の端へと歩いていって手すりに寄りかかるようにして身を乗り出す。
そこから見える穏やかな海はアデルレートお気に入りの光景で、何度もこの景色をテーマに曲を作ったこともあった。
「こうしていられるのも、今のうちだけです。ならば好きにしていたいではありませんか」
「……驚きました。王になる気があったのですか」
フィリアは驚いたように……そして、少しだけ感心したように頷く。
てっきり、王になりたくないから毎日こうしていると思っていたのだが……それはフィリアの勘違いであったようだ。
「ははっ、なる気があるのではなく、なるのが私に課せられた責任なのです。しかし一度王となれば、その全てを国の為に捧げるのが正しい王の在り方。その時になって「やりたいことをやれなかった」とならぬようにしているだけの話です」
「……しかし、その論理でいうならば「正しい王子の在り方」というものもあるのでは?」
「あるかもしれませんが、それでは視野が狭くなる。私はそうありたいとは思いませんね」
「私と居た所で視野が広くなるとも思えませんがね」
フィリアがそう言って肩をすくめると、振り返らぬままにアデルレートは答える。
「そんなことはありません。少なくとも私は、此処に通う事で王城に通う連中には無い視点を手に入れた。あの自己愛と偏見に満ちた場所には無いものを、見つけることができたのです」
「……」
アデルレートの言う事には、フィリアも覚えがある。
「民を導く」という名目の元にある「王」と「貴族」であるが……それはいつの間にか変質し、特権と化していた。
それは言わば、神と人の関係に自分達をなぞらえたのかもしれない。
しかしながら、神は自分を絶対者であるなどと名乗ったこともないし、無闇に特権を振りかざしたことも無い。
つまるところ、人類のエゴとも言うべきものなのだが……フィリアが何度諭そうと、それが心に届いた様子は無かった。
あまりに目に付いたときには「神」として罰を下した事もあったが……結局、それで空いた「甘い蜜の出る場所」に別の者が寄り付くだけである。
何度やっても同じ事になるのだから、いっそ「国」自体をどうにかした方がよいのではないかと思ったことも一度や二度ではない。
それをフィリアが思い留まったのは、このアデルレートという青年の持つ清浄な気質を感じたからであった。
彼ならば、あるいは。
そういう期待が、フィリアの中にはあった。
「なるほど。それを見つけた貴方は、どうするのですか?」
「そうですね……国内の改革もしなければなりませんが、何よりも国外でしょうか」
「シルフィドやメタリオですか」
「それもそうですが、まずは影人ですね。彼等との関係を早急に修復し、その向こうに住む人々との国交も回復させなければなりません」
アデルレートの語る言葉を、フィリアは黙って聞いている。
影人の国の向こう……すなわち獣人、イゼクティア、ルスペリオ。
彼等と国交を回復しようなどと言い出したのは、記憶にある限りではアデルレートが初めてだ。
だが、それが言われてこなかった理由もフィリアは知っている。
伝えられる彼等の姿を「異形」を蔑む者が、あまりに多いからだ。
「私は、彼等と会ってみたい。話をしてみたい。同じ大地に生きていて、同じように神々の庇護下にある。ならば分かり合えないはずなどない。一歩踏み出せば、世界は変わるはずなのです」
「……そうですね」
フィリアはその後姿を、慈愛に満ちた表情で見つめる。
彼ならば、きっと。
そう思った次の瞬間……感じたのは、恐ろしいほどに大規模な魔力異常であった。
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