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連載
始まりの物語3
しおりを挟むその瞬間、あらゆるものが変化した。
世界を吹きわたる風は、自分がどうやって流れていたかを忘却して止まった。
世界に溢れる水は、自分の存在意義を疑って涸れた。
世界を温める火は、自分の存在すら燃やし尽くして消えた。
世界を支える土は、自分の存在理由を見失って崩れた。
世界を照らす光は、自分が輝く意味を見出せずに消えた。
世界を包む闇は、光を追って消滅した。
あらゆるものは、破滅の夢を見た。
その一瞬の後、再びあらゆるものが変化した。
世界を吹きわたる風は、いつも通りに流れ続ける。
世界に溢れる水は、いつも通りに循環する。
世界を温める火は、いつも通りに燃え盛る。
世界を支える土は、いつも通りに世界の根幹にある。
世界を照らす光は、いつも通りに世界に昼を与える。
世界を包む闇は、いつも通りに世界に夜を与える。
あらゆるものは、いつも通りである。
破滅などあり得るはずもなく、世界はいつもと何一つ変わらずに此処に存在する。
「今……のは……」
フィリアはその感覚を、確かに感じていた。
たった今、世界が終わりかけた。
そして同時に、世界が「より強い魔力」に満ちた。
まるで欠けたものを丸ごと覆うが如く、世界が今までより高い領域で安定したのだ。
だが、今のは一体何だというのか。
人類の仕業ではありえない。こんな事が出来る力など持っていない。
だが、神の誰かでもない。
それぞれの力に特化した神では、こんな全体をどうにかすることなど出来ないだろう。
ならば、一体。
「やあ、初めまして」
「……!」
突如かけられた声に、フィリアは振り向く。
塔の端。
その手すりの上に乗って、足をぶらぶらとさせた少女が其処にいた。
「え……ま、まさかエスト!?」
フィリアの様子を何事かと見ていたアデルレートが、その少女を驚いたように見る。
赤く燃えるようなショートカットの髪と瞳。
銀色の胸部鎧と、布の服。
腰のベルトに吊るされたのは、一本の長剣。
一見、何処にでもいる傭兵の少女に見える彼女を見て、しかしアデルレートは信じられないといった顔だ。
そしてアデルレートの言葉を聞いて、フィリアもようやく少女の「姿」に思い当たるものがあったことに気づく。
エスト冒険譚。
アデルレートが子供の頃から大好きな冒険譚で、それをテーマにした絵画も多数出ている創作話だ。
始まりは何処かの吟遊詩人が複数の話を混ぜ合わせ創作したものと言われているが……簡単に言えば、「父を殺された少女が仇を探して世界を巡る」話である。
その相手を討つ事を誓い、今までの自分を捨てようと長かった髪を切るシーンが好きなのだとアデルレートが語っていたのを、フィリアは覚えている。
しかしながら、当然そんな少女が此処に突然現れるはずも無い。
そして何より……この少女は、おかしすぎる。
声をかけられるまでフィリアが気付けなかったのもそうだが、もっとおかしいのはその存在だ。
どんな生物であろうと神であろうと、そこに在れば独特の魔力というものを感じることが出来る。
しかし、目の前の少女にはそれがない。
まるで世界そのものに同化しているかのような、そんな不気味さだ。
故に、フィリアはこう彼女に問う。
「……何者ですか」
「僕かい?」
そう言うと少女は手すりから飛び降りて、考え込むように顎に手をあてる。
「……といってもね。僕には名乗るべき名前が無い。遥か昔、どっかの誰かに魔神、とか呼ばれた事もあったかな? まあ、それも僕の名前ってわけじゃないから名乗るには不適当かもしれないんだけど」
「魔神……」
その名前を反芻するフィリアに、魔神は人懐っこい笑みを浮かべてみせる。
「おいおい、そんなに警戒するなよ。僕は別に敵対しに来たわけじゃあない」
「……ならば、何をしに来たというのですか」
「なにも」
そう言った瞬間、魔神の顔から全ての表情が抜け落ちる。
「強いて言えば、飽いているんだよ。思いつく事は一通りやってみたんだが、どれもすでに退屈だ。だからまあ、ちょっとそこの彼の頭の中から「好ましいイメージ」を読み取ってね。その姿になってみた。どうだい、この姿ならその辺を歩いていても問題なさそうだろう?」
「……何もする気がないというならば、何故そんな姿になる必要があるのです」
その当然とも言える質問に、魔神はちょっと照れたような顔を見せる。
「いやあ。ちょっと普通の人ってやつをやってみたくてさ。でも此処を管理してるのは君等だろ? だから一応挨拶に来たってわけさ。あとは……そうだなあ。僕が此処に来た事で世界に影響が出たことは知ってると思うけど」
「……ええ」
「とりあえず、この世界には新しい種族が生まれた。仲良くしてあげてよ」
新しい種族。嫌な予感しかしない言葉の連続に、フィリアは少女に近づいて襟を掴む。
「新しい種族とはなんですか。貴方は一体、何を創ったのですか」
「おいおい、僕が創ったわけじゃないよ。この世界の人類の望みが具現化しただけさ。まあ、ちょっとばかし面倒そうなんで僕が纏め役をつけといたけどね。そこら辺は感謝してくれていいよ。で、そうだなあ……名付けるなら」
魔族、かな……と。
魔神は、そう言って笑った。
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