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魔王というもの4

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「……枷」
「そうね、自分で言ったけれども……これは枷だわ。私が自分で繋がれる事を選んだ枷。それだけの話よ」

 たとえるならば、それは枷であるかもしれない。
 けれど、優しく暖かい腕のようなものだ。
 あまりにも心地よいから、自分から抜けたくは無い。

 たとえるならば、それは檻であるかもしれない。
 けれど、居心地の良い家のようなものだ。
 出ようと思えばいつでも出れて、けれど選んで此処にいる。
 そう。「選べた」から、此処にいるのだ。

「お前は、それでいいのか」
「いいわ。私自身が私で選んだ、私のことだもの」

 見下ろすヴェルムドールの襟へとイクスラースは手を伸ばし、細い指先で軽く掴む。

「その時が来れば、遠慮なく私を使えばいい。貴方だって、私なら出来ると思っているのでしょう?」
「……ああ」
「なら、問題ないわね。これで、いざという時の備えは出来たわ」

 いざという時。
 その言葉にヴェルムドールは引っかかるものを感じ……しかし、それについて考える前に畳み掛けるようにイクスラースの台詞が紡がれる。

「ねえ、ヴェルムドール?」

 ヴェルムドールの襟を掴んでいたイクスラースの手が離れて、その人差し指が彼女自身の口元にあてられる。

「私は魔神もフィリアも、どちらも直接は知らないわ。だからコレは単なる疑問なのだけれども。フィリアのやっている事は正しいかはさておいて、目的はブレていない。その全ては「人類を導く」という一点に集約できるわ」

 ならば、「魔神」はどうか?
 魔神の目的は、一体何処にあるのだろうか?
 少なくともダグラスの語った「過去」においては、魔神は非常に気紛れだ。
 目的らしい目的を見せず、誰の敵でも味方でもない。

「なら、今はどうなの? 魔神の目的は何? 誰の味方で、何を望んでいるの?」
「……分からん。だがアレは恐らく、誰の味方でもないが敵でもない。そういうモノなのだろうと俺は思う」

 イチカを助けたのも、言ってしまえば気紛れに過ぎないのだろう。
 過去において「一般人の真似」をしていたようなものなのかもしれない。
 
「そう。なら、フィリアはどうかしら」

 そこまで聞いて、ヴェルムドールはイクスラースの言おうとしている事を理解する。
 つまり、こういうことだ。

「フィリアとの交渉の可能性……か」
「そうよ。ダグラス様はそれを提示しなかったし、貴方もそれを考えなかった。でも私が今の過去の話を聞いて考えたのは、フィリアとの交渉の可能性。つまり、ダグラス様が提示したのは「貴方の望みに即した選択」であったということ」

 そう、それであるが故に気付けない。
 実はダグラスが示した選択は「フィリアを倒す」という、すでに一つの選択肢が強制された結果のものであるということに。
 そしてそれは「フィリアを倒す」というヴェルムドールの思考に沿ったものであるが故に、ヴェルムドールは気付かない。

「フィリアと交渉ができるならば、今ダグラス様が提示した選択は全て「万が一の為の準備」になる。そして更に言えば、ダグラス様はもう一つ貴方から選択を奪っている」

 それは、ヴェルムドールが「そういう性格」であるからこそ考えるに至らず、ダグラスも提示しなかった選択。

「貴方は魔王のままに。そしてもう一人の「魔王」を神にする……という選択だって、あるのよ?」
「……それは、単なる生贄だろう」
「どうかしらね。とにかく、選択は無限にある。そしてダグラス様は決して「提示した選択肢から選べ」とは言っていない。いいえ、選択肢とすら言っていない。「可能性」を提示しただけ。貴方の真面目で融通のきかない性格をも熟知した上で、そういう風に仕掛けたのよ」

 闇の試練。
 その言葉が浮かんで、ヴェルムドールはダグラスへと振り返る。
 そこにいたダグラスの口元には笑みが小さく浮かんでおり……パチパチと軽く手を打った。

「……まあ、ギリギリ合格といったところだろう。正式な試練というわけでもないしな」
「どういうつもりだ」

 睨みつけるヴェルムドールの視線を受け流し、ダグラスはその横を通り過ぎる。

「魔王ヴェルムドール、自分の存在を見つめ直せ。「魔王」とは何かを考えろ。それがお前の求める答えに繋がる。この助言が、今の試練突破の褒美として与えてやるモノだ」

 ヴェルムドールの横を通り過ぎたダグラスはサンクリードの腰のダークソードへと目をやり、指をパチンと鳴らす。
 するとダークソードは解けてサンクリードの剣と融合し……それを見ることもせずにダグラスはまた歩き、レルスアレナの目の前まで辿り付く。

「何故、見捨てたのかと聞いたな」
「ええ、もう想像は……つきますが」
「そうか。だが答えよう。魔力のバランスが崩れれば世界に何かが起こる。フィリアの降臨はモンスターの登場をもたらした。そして闇の魔力は、命の魔力と非常に近しいものがある。故に、俺の降臨は似た現象を引き起こす可能性が高かった」

 たとえば、モンスターとしてのソウルイーターの出現。
 そういった事が起こる可能性とて充分にあった。
 運良く起こらずとも……正義という熱に浮かれた人類は降臨したダグラスを邪神と断じて倒そうとしただろう。
 それを屠るのは簡単だが、そうなると「始まりの時」を繰り返す結果にもなりかねない。
 ……そう、どの干渉の仕方でも同じだ。
 人類が歯止めのかからぬ熱狂の中で「同じ人類を滅ぼす」と決めてしまった時点で、それ以上の神の干渉は全てを悪化させる悪手としかなりえなかった。
 フィリアにも止められず、ダグラスにもどうすることもできなかった。
「もう一度あの悪夢のような終末を繰り返す」という選択肢を、とれなかった。
 ただ、それだけの話であったのだ。
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