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アルム、頑張る10
しおりを挟むヴェルムドールのその言葉に真っ先に反応したのはモカだった。
「ええーっ!」と叫びながら立ち上がり、その勢いにサシャがビクッと震えて水音が鳴る。
「な、なな……なんで私達がそんな会議に!? それって魔王様が出るものなんじゃないですか!?」
「それは出来ん」
慌てたようなモカに、ヴェルムドールはきっぱりとそう告げる。
ヴェルムドールとて、それが許されるならそうしている。
しかし国際協調を前面に出す以上、ヴェルムドールの参加は望ましくないのだ。
「理由としては、俺が「王」であるからだ」
「え? そりゃ、魔王様は魔王様ですけど」
「そっちじゃない。魔王たる俺が一国の「王」であるというのが問題なんだ」
ややこしいが、「魔王」であるヴェルムドールはザダーク王国の「王」である。
そして一般的に王とは王制におけるトップであり国の象徴である。
つまりその国における最高権力者であり最重要人物なわけだが……通常、国際会議にはそうした人物は出てこない。
何故ならば、最高権力者が必ずしも最適な人選であるとは限らないからだ。
通常の国家では業務は細分化されており、各部門に責任者がいる。
そしてそれは、その者がその分野において最も適切な人材だからそうされている場合が多い。
外交においてもそれは同じであり、普通の国は「外交の責任者」や「交渉事の得意な適任者」が存在する。
そしてもう一つの理由として、「国王」という立場が重すぎるというのがある。
前述したように「国王」とは最重要人物であるが、そんな人物が会議に出てきては、たかが「外交の責任者」では対抗しきれない。
となると他の国も「国王」を引っ張り出す必要が出てくるわけだが……国王が最適任者であるとは限らない。
下手をすると、ほとんど分かっていない可能性もある。
そして更に言えば、会場となる国が警備や歓待で相当な負担になる。
……まあ、一言で纏めればいい事が何も無いのだ。
そこに「王」であるヴェルムドールが出向くことになれば、どうなるかは目に見えている。
「と言われましてものう。わし等が出る意味といいますか……狙いは何処にあるのですかの? こうした事はナナルス殿が適任かと思いますが?」
「簡単だ。アルム、お前は今回うちから出す部隊の副将だ。モカは、その補佐につけるつもりでいる。うちで一番今顔が売れている魔族だからな」
「ええー……」
モカが嫌そうな顔をするが、アルムは黙って考え込む。
確かに、ファイネルを出すよりは最適な人選であると言えるだろう。
あまり言いたくはないのだが、ファイネルは交渉事に徹底的に向いていない。
普段は穏やかで朗らかに見えるが、大概の魔族がそうであるように脳筋である。
煽りに弱いし、難しい理屈も大嫌いだ。
ついでに言えば、イメージの問題もある。
これもあまり言いたくない事ではあるのだが、一般的な魔族のイメージはオルエルやラクターのような「如何にも凶悪そう」なものである。
ヴェルムドールとしては、そういう風に見える者を避けたいのだろうとアルムは思う。
アルムもモカも、見た目としては「弱そう」に見える。
如何にもか弱い少女といった風なアルム、箱入り娘といった風なモカ。
どちらも「凶悪な魔族のイメージ」からはかけ離れている。
そういう「かけ離れた者」を派遣することで、固定化された魔族に対するイメージを崩そうという狙いがあるのだろう。
「……なるほど。わし等を派遣することで、人類からの「魔族」に対するイメージを変えようというわけですな」
「そうだ。だからといって交渉下手では話にならん。だからお前だ」
ヴェルムドールはアルムがしっかりと理解しているのを悟り満足そうに頷くと、机を指でこつんと叩く。
「今回の議題になるであろう事は大体予想がつく」
「総指揮官の選出でしょうな」
「ああ。だがそんなものはどうでもいい。やりたい奴にくれてやれ」
「よろしいので?」
「構わん。どうせ名前だけの総指揮官だと各国も理解している」
そう、「総指揮官」などといったところでその下にいるのは各国の騎士団なのだ。
それぞれが国の威信を背負っている以上は完全に言う事を聞かせることなど出来るはずも無い。
精々が意思統一の為の纏め役で、各国が欲しいのも「総指揮官を務めた」という名誉だけだから、苦労するのは「総指揮官」なんてものに任命されてしまった本人だけである。
「では、我々が譲ってはいけない部分はどこですかな?」
「闇の鍵の所有権と使用権だ。光の鍵をルーティが渡すことは無いと思うが、ジオル森王国が手放しそうだったら即座に権利を勝ち取れ」
なるほど、確かにその「役」も各国が欲しがりそうではある。
しかし迂闊に渡すわけにはいかないだろう。
しかしそうなると、懸念すべき「二つ目」がある。
「場所に関してはよいのですかな?」
「どうでもよかろう。所詮「新たな聖地」争奪戦だ。まあ、俺の意見でいうなら祈国がいいのだが……無理なら、キャナル王国でよかろう。理由は、分かるな?」
「政治的に中立だから、ですかの?」
「それもある。祈国を選ぶのは、連中の大好きな勇者がそこから次元の狭間に行ったからというのがある。罠だとかなんだとか言われる可能性は低かろう。まあ……どうなるにせよ「鍵の所有権」に比べれば些細なことだ」
頼むぞ、と言われたアルムは実に複雑な表情を浮かべる。
面倒そうだ。実に面倒そうだが……ファイネルの為でもあると思えば、なんとか頑張れないこともないだろうか。
「はあ、まあ……頑張らせていただきますじゃ」
そう言うと、アルムは如何にも面倒くさそうな……とても深い溜息をつくのだった。
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面倒くさい政治の話はこれで一旦終わりです。
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