勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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しあわせですよ3

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 少し広めの室内に、転移光が集まり弾ける。
 家具も何も用意されていないが掃除だけはしっかりと行き届いた部屋の中に現れたのはイクスラースの見立てにより「街を歩いていても浮かない」地味目の服に着替えたヴェルムドールと、ヘッドドレスを取り返されて少し不満そうなサシャだ。
 しかしサシャの表情はすぐに、転移した先の部屋の中を見て困惑と驚きの入り混じったものに変わる。

「すごい……なんか違う場所に来ましたよ!?」
「ああ、そうか。転移魔法は初めてだったか……?」
「何もないお部屋です!」

 部屋の中を飛び回り始めるサシャが近くに来た瞬間を狙って捕まえると、サシャは「きゃー」と楽しそうに笑う。

「此処はアークヴェルムの中心部から微妙に外れた場所にある家だ。城を観光対象にもしている都合上、こういう出入り用の場所も何かと必要になることもあってな」
「裏庭からじゃダメなんですか?」
「ん? まあ、いいんだが……最近、あちら側も人通りが増えてな。幾ら着替えても、そんな場所から出たら俺が「俺」であるとバレバレだろう」

 サシャはヴェルムドールの言葉に分かったような分からないような微妙な顔をした後に、首を傾げてみせる。

「でも、王様の顔は変わらないですよね? バレバレなんじゃ?」
「そうでもない。普段から魔王城にいる俺が「いるわけがない」という思い込みがあるからな」

 そう、ザダーク王国の住人にとってヴェルムドールはいつもの格好をしていて魔王城に君臨しているのが普通だ。
 それゆえに、地味な格好をして街を出歩いていても「まさかこんなところにいるわけがない」という「常識」が邪魔をしてヴェルムドールを魔王ヴェルムドールと認識しなくなるのだ。

「そんなものなんでしょうか……」
「そんなものだ。特に俺は積極的に顔を出しているわけでもないしな」

 これに関しては、ヴェルムドールに限ったことでもない。
 気さくに人前に顔を出す王であっても、中々その顔をまじまじとは見ないものだ。
 故に王や王族は「最も有名でありながら最も正確に顔を知られていない者」となりやすい。
 それ故に、服や雰囲気といったものを変えるだけでお忍びとなってしまうのだ。

「なるほどぉ……」

 穴が開きそうなほどに強い視線でヴェルムドールを見つめているサシャに、ヴェルムドールは「どうした」と聞き返す。
 そんなに見ないと覚えられないほど特徴のない顔だっただろうか……などと考えていると、サシャの顔がぱっと笑顔に変わる。

「うん、やっぱり大丈夫です! 私は王様を間違えませんよ!」
「そうか」

 何をもって大丈夫と判断したのかは分からないが、わざわざ否定する理由もない。
 頷いてドアの方へ進もうとすると、サシャがその眼前にさっと割り込む。
 どうせ水晶珠の中にいるのだからどんなポーズだろうと変わらないが、両手をいっぱいに広げている。

「ほんとですからね!?」
「ああ、分かっている。サシャは偉いからな」

 ヴェルムドールはサシャにポンと手を載せ……ふと気付いたように、サシャを見つめる。

「そういえばお前、そんな姿だったな……何処へ行ったものかな」

 普段から水を取り込むことくらいしかやっていないが、そうなると食事を楽しむ事も出来なければ着飾ることも出来はしない。
 そしてそうなると、何をしてやればいいのかヴェルムドールにはさっぱり分からないのだ。

「何処でもいいですよ?」

 だがサシャは、そう言って楽しそうに笑う。

「何処に行っても私は嬉しいし楽しいです!」
「……そうか?」
「はい!」

 まあ、本人がそう言うならそれでもいいのだろう。
 あまり気にしすぎるのもよくないのだろう。
 そう考えててヴェルムドールはサシャをどかすと扉に手をかけ……そこで背後にふよふよと飛んできたサシャへと振り向く。

「ああ、そうだ。俺は此処ではシオンと名乗ることにしている」
「シオン様ですか? でも王様のお名前って」
「様をつけるな。それに本名を名乗ったらバレバレだろう」
「あ、そうですね!」

 分かりました、と元気良く返事するサシャに頷いて、ヴェルムドールは扉を開ける。
 すると扉の向こうには大きな居間らしき部屋があり……茶犬のビスティアと虎のビスティアが二人でボードゲームに興じていた。
 白熱していたらしい二人のうち虎のビスティアがドアの開いた音に気付き振り向いて、ヴェルムドールの姿を見て慌てて椅子を蹴倒すように立ち上がる。
 その激しい音にサシャが「ひゃっ」と声を上げるが、続くように茶犬のビスティアも立ち上がり、よく訓練された敬礼をする。

「まさか魔王様がいらっしゃるとは……先触れはございませんでしたが、何か緊急事態でしょうか!?」
「ご命令くだされば、我等身命を賭して」
「いや、そういうのはいい。単なる観光だ。供もいらん」
「はっ! お気をつけて!」

 最敬礼して部屋の端に立つ二人を視線で追っていたサシャは、ヴェルムドールの後ろからそっと出て肩の辺りへと移動する。

「あのー……あの人達って」
「この家を管理している。ほら、後ろを見てみろ」

 言われてサシャが後ろを見ると、扉が開いたままの先程出てきた部屋がある。

「ドアが開いてます! そっか、扉を閉めてくれる人なんですね!?」
「違う。ほら、もう少し下がってみろ」
「え? ……あ!」

 サシャがふよふよと浮遊して後ろへ下がっていくと、同じような扉が幾つかあるのに気付く。

「お部屋が幾つもあります!」
「ああ。此処は表向きには中央軍所属のうち、一部の者が住む家ということになっている。つまり、複数の違う人間が出入りしていても違和感が無いわけだな」
「なるほどです」

 うんうんと頷いているサシャが本当に理解しているかは不明だが、まあ理解せずとも構わないことだ。
 ちなみに「一部の者」と言っているが、正確には諜報員である。
 この二人もビスティアではあるが、魔人化の出来る優秀な諜報員なのである。

「よし、行くぞ」
「はい、お……シオンさ……さん!」

 何度かどもったサシャをヴェルムドールは本当に大丈夫かと振り返るが、大丈夫とアピールするように拳をぐっと握ってみせるサシャを見て……まあ、何かあっても多少なら大丈夫かと思いながら外へと歩いていった。
************************************************
次回、いよいよ街へ。
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