569 / 681
連載
しあわせですよ6
しおりを挟む「あれ、なんかありますよ! お……シオンさん!」
行く先に木の柵を見つけたサシャが、ヴェルムドールの手の中でジタバタと暴れだす。
そう、木の柵である。魔族からしてみれば無いも同然のものではあるが、防御目的ではなく「境界線の主張」と「周囲からの視線の遮断」の為のものである。
では何故そんなものが必要なのかというと……此処が、いわゆるイベント提供型の記念館だからである。
体験を売るタイプの商売では、こうした処理もどうしても必要になってくるし……何より、その体験にその場で熱中させることが重要である。
その為には、その場がある種の周囲から隔離された空間であることが望ましいのだ。
だから、だろう。木の柵には木の板が貼り付けられ、周囲の視線を完全に遮断してしまっている。
壁といってしまうには少々乱雑にすぎるので誰もが柵と呼ぶが、まあ仕方ない。
なにしろこれを造ったのはノルムではなくゴブリン達なのだから。
「此処は少しにぎやかですねー」
「中心部が少し近いからな」
正確にはアークヴェルムの中心部からは少し外れているのだが、商業区画の端にこの場所は位置している。
中々場所を確保しにくいこの辺りに広い場所を確保しているのは、元あった場所から移転させた都合も含まれている。
「此処が例の場所だ」
「おお、此処が例の……!」
例の場所、とか言っているのは名前を覚えていないせいだが、看板に書いてある「魔王様降臨記念館」とかいう文字を読みたくないからでもある。
サシャはその看板に気付いているのかいないのか、それとも「例の場所」というフレーズが気に入ったのか、やはりその記念館名を読み上げる様子はない。
「まあ、そういうことだ。ずっと柵を見ていても仕方ないしな……中に行こう」
「壁じゃないんですか?」
「こんなものは柵だ」
「ほへー」
サシャを持ったままヴェルムドールは簡単な門になっている入り口へと向かう。
開館時間はずっと開いているこの門だが、その両側にゴブリンが木の棒を持って立っている。
いかにも警戒してますよと言わんばかりの様子だが、金属武器が安い価格でより取り見取りの現在に木の枝では如何にも滑稽だ。
サシャもどう反応していいのか分からないのか、「ふへー」と変な声を出してしまっている。
だがそのゴブリン達はヴェルムドール達を見つけると、途端に笑顔になってお辞儀をする。
下手な警戒顔よりもそっちの笑顔の方が恐ろしかったのか、サシャが「ひえっ」という声をあげるがゴブリン達は気にした様子もない。
「いらっしゃい、お客様。入場料は大銅貨七枚だ」
「お客さんは運がいい。もうすぐ劇が始まる」
ヴェルムドールが頷き大銅貨を一四枚手渡すと、ゴブリン達は顔を見合わせる。
「なんか多いぞ」
「レグゥは知ってるぞ。七枚は十枚より少ないんだ」
「ラグゥのほうが知っている。これは一四枚あるんだ」
ゴブリン達……レグゥとラグゥは手の中の大銅貨をじっと見た後、再度顔を見合わせる。
「これはつまり、ラグゥに対する貢物?」
「それはおかしい。レグゥのほうが真面目だ」
「それは二人分だ」
ヴェルムドールがサシャを掲げると、水晶珠の中のサシャが「こんにちはー」と笑って手を振る。
それを見てゴブリン達はどんな反応を示すかと思えば……再び顔を見合わせた後に、笑顔でお辞儀をする。
「ラグゥ、理解した。どうぞ中へ」
「レグゥのほうが早く理解した。どうぞ中へ」
「ああ、そうしよう」
ヴェルムドールがサシャを抱えたまま中に入っていくと、そこには黎明期のような獣の革のテントがぽつぽつと点在している。
少し視線を横に向けると、やはり木の柵で隠された石の建物があったりするのだが……それを見て、サシャが再度「ほへー」と呟く。
「あのー……さっきの人達、なんで木の枝持ってたんですか?」
「ああ、あれか。雰囲気作りだろうな」
ヴェルムドールが暗黒大陸に現れたばかりの頃は、ゴブリンは暗黒大陸の不動の最下層であった。
何しろ、武器といえばその辺で拾ってきた木の枝だったのだ。
今ではどんなゴブリンでもしっかりと金属の武器を使うが、つまりはそうした雰囲気を再現したものなのだろう。
「木の枝……」
「頭があまり良いほうではなかったんだ。今でもあまりいいとは言えないがな」
だがまあ、こんな場所を造ろうと考えられるだけの頭はあるのだ。
問題は教育の機会であったのだろう。
たとえどんなに頭が良くとも正しい知識を得る機会が無ければ意味が無いが、どんなに頭が残念でも正しい知識を得る機会があればそれなりになんとかなるものだ。
「まあ、それはいい。で、此処だが……俺と最初に出会ったゴブリン達が、その集落を再現したものだ」
「再現ですか?」
「ああ。本当の「その場所」には今石碑が建っている」
所謂区画整理というものだが、まあ、場所的に魔王城のすぐ近くなので仕方のないことであろう。
「つまり、此処はだな……」
「ほうほう?」
ヴェルムドールが説明しようとしたその矢先……低く大きい、角笛のような音が園内に響き渡った。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。