勇者に滅ぼされるだけの簡単なお仕事です

天野ハザマ

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しあわせですよ8

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 劇も終わり、ヴェルムドールとサシャは記念館を出て第一商店街の中を歩いていた。
 ちなみに隅にあった石の建物の中には大した物はなく、ヴェルムドールがアグーに与えた魔城棍のレプリカや多少の土産物、展示などがある程度だった。
 少しばかり手を加えたい衝動にかられたヴェルムドールではあったが、なんとか我慢できたのは自制心の賜物といったところだろう。

 さて、今は時間的には夕方少し手前といった所だが、街では丁度日勤と夜勤の者達が入れ替わるか否かといった時間帯だ。
 もう少し辺りが暗くなってくれば、街中を照明魔法が飛び回り始めるだろう。
 店はどの店も店員を入れ替えて一日中営業しているので、文字通りアークヴェルムの街が眠ることはない。
 誰もが忙しく……しかし楽しそうに動き回る中を、ヴェルムドールとサシャも歩いていく。
 普通であれば「珍しい魔族だろうか」と注目されるだろうサシャも、この時間帯では気に留める者も居ない。
 商業区画の中でも今居る第一商店街は特に様々な物を売っており、専門性は低いものの大体の物は手に入る場所である。
 酒場も多くあり、すでに呑んでいる者の楽しそうな声も聞こえてくる。
 
「おっと、申し訳ねえ」
「いや、気にするな」

 ヴェルムドールにぶつかりそうになったヤギのビスティアが頭を下げて通り過ぎ、その向こう側をノルムとゴブリンの酔っ払いが肩を組んで歩いている。
 サシャはそんな風景を楽しそうにキョロキョロと見回した後、ヴェルムドールを嬉しそうに見上げる。

「皆さん、楽しそうですね!」
「ああ。そういうお前も随分と楽しそうだ」
「はい!」

 本当に楽しそうに笑うサシャに、ヴェルムドールも小さく笑みを浮かべる。
 撫でられる頭があれば撫でていたかもしれないが、それが出来ないのでヴェルムドールは水晶珠の表面を軽く撫でる。
 それでもサシャは顔をほんのり赤くして恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに笑う。

「あ、そういえば聞きたかったんですけど」
「ん? なんだ?」
「アグーさんって人、今は何処にいらっしゃるんでしょう?」
「んん……あいつか」

 単純に答えだけで言うならば、アグーは一応中央軍所属で、あの記念館の館長である。
 しかし、その答えはあまりにも夢が無いように思えた。
 だからヴェルムドールは少し思案した後、こう答える。

「そうだな……何処とは言えんが、アイツも活躍しているよ。アイツの戦場で、な」
「ほえー……なんか素敵ですね」

 嘘は言っていない。
 ヴェルムドールは曖昧な笑顔で話題を打ち切ると、再び歩き出す。
 商店の店主同士の決め事でどの店も呼び込みはしておらず、しかしそれでも充分すぎるくらいの騒々しさが伝わってくる。
 焼き串を売る店のジュウジュウという音と芳しい香り、酒盛りの声……様々な音の中には、無数の楽しそうな笑い声がある。
 
「いい香りですねえー」
「分かるのか?」

 てっきりそういうものは分からないと思っていただけに、ヴェルムドールは意外そうな顔をして……サシャもやはり意外そうな顔をする。

「ええっ? 私だって鼻ありますもの。分かりますよー」

 ほらほら、と自分の鼻を示してみせるサシャだが……それは水晶珠の中の魔力体の鼻だ。実体部分と思われる水晶珠にそうした感覚があるのだろうかとヴェルムドールは首を傾げ、水晶珠のあちこちをペタペタと触り始める。

「えへへ、なんですかあ? くすぐったいですよう」
「……ふむ」

 やはりよく分からないが、そういうものなのだろうとヴェルムドールは考えるのをやめる。
 そういえば水を吸収しているのだから、何処かに外部から物を取り込む部分があるのも当然のことだろう。
 だがサシャは水以外……この前はラクターと酒も呑んでいたが、とにかく水類以外は摂っていないが満足そうだ。

「……」
「シオンさん?」

 少し興味が出てきたヴェルムドールは適当な建物の壁に背をつけると、サシャを目の前へと持っていく。
 
「そういえば、保護形態だと言っていたな」
「え? はい」
「元の姿は、どんな姿なんだ?」
「ほへ?」
「まさか、この姿のまま大きくなる……というわけでもないんだろう?」

 サシャは首を傾げると、「んー?」と唸り、「ああ!」と叫んで手を叩く。

「さては、今まで全く興味なかったですね!?」
「まあ、特に聞く必要性も感じなかったな」
「うー! もっと私に興味もってください!」
「だから今持っているだろう?」
「むー」

 すっかりムクれてしまったサシャがツンとそっぽを向き、ヴェルムドールは困ったように頬を搔く。

「まあ、そう怒るな。どんな姿でもサシャはサシャだからな。魔力不足が原因なら、そのうち見る事もできるだろう? だからだ」
「むむー」

 納得していない様子のサシャをヴェルムドールは優しく撫でて、出来る限り優しく微笑んでみせる。

「そう怒るな。俺は中々そういうことに気が回らなくてな、許せ」
「むむむー……」

 ヴェルムドールをじっと見上げていたサシャは、やがて「むぅ」と小さく唸る。
 
「私の事、どう思ってますか?」
「ん? そうだな……」

 その言葉にヴェルムドールは少し考えるように黙り込み、やがて納得いく答えが見つかったのか、「ふむ」と呟く。

「手のかかる娘だな。あるいは父親というものは、こういう感覚なのかもしれん」

 言われてサシャは、「ほへー」と間の抜けた声をあげたあと、悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

「……おとーさん。許してあげますから、次行きましょう?」
「そのお父さんというのは……やはり俺の事か?」
「そうですよ、おとーさん?」

 おとーさん。
 その言葉の響きを反芻した後に、ヴェルムドールはサシャにポンと手をのせる。

「……今は言ってもいいが、魔王城でそれを言わんようにな。いいな?」
「ふへ?」
「俺との約束だ。ああ、いや、やはり今からだ。誰が聞いているか分からん」
「はぁ」
「頼むぞ?」

 そう言うとヴェルムドールはサシャを連れて、再び歩き出す。
 その後も、特に何か大きな問題があったわけでもなく。
 二人の街歩きはこうして、和やかなうちに終了するのであった。
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