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連載
連鎖崩壊
しおりを挟む次元の狭間での戦闘が激化しているその頃。
残された人々は、世界連合軍の話題に明るい展望を見つつも普段どおりの日々を過ごしていた。
そう、戦いというものは普通の一般人にとっては遠い世界の話だ。
行商人や小さな村であれば盗賊やゴブリンの被害に怯えるし、冒険者であれば危険な戦いなど日常茶飯事だ。
しかし、そこそこの街に住んでいるそこそこの一般人にはそんなものは本当に遠い世界の話で。
今日この日も、明日も、明後日も。普通で代わり映えのしない日々が続くのが当たり前であったのだ。
だから。
だから、この小さな町の小さな家に住む少女には理解できなかった。
「お、かあさん……? 何、してるの?」
目の前で父親の首をポキリと折っている母親が「一体何をしているのか」が、理解できなかったのだ。
良く見知っているはずの少女の母親はいつもどおりの笑顔を浮かべると、少し照れたように微笑む。
「うふふ、エリザったら、何言ってるのかしら。お父さんを殺してるに決まってるじゃない」
「な、なん、で」
「だってね。この人ったらケビンを殺したら怒って襲い掛かってくるんですもの」
食卓に並んだ椅子に座って、だらんと仰向けになった兄……ケビン。
寝ているのではない。
驚愕に彩られた表情と、不自然に折れ曲がった身体。
死んでいる。
死んでしまっている。
違う、殺されたのだ。
誰に、誰に。
「エリザもすぐに殺してあげるわ。さ、おいで?」
父親を投げ捨てて両手を広げる母親の姿に少女は……エリザは、ドアに向けて走り出す。
「あ、こらエリザ! 何処に行くの!」
「違う! 違う! 貴方なんかお母さんじゃない!」
所詮少女の足。ドアまで辿り付くも、すぐに追いつかれてしまう。
「ひっ」
ドアの鍵を開けようとガチャガチャと回して、しかし震える手は上手くそれが出来なくて。
自分を見下ろす母親の顔に、エリザは恐怖に引きつった表情を浮かべる。
しかし、母親の表情は奇妙なくらいにいつもどおりの優しい笑顔だ。
「……もう、エリザ。お母さんは貴方の為に言ってるのよ? 此処で死んだほうが、貴方の為なの。この家を出たって、貴方は生きていけないんだから。だったらお父さんやケビンお兄ちゃんと一緒にお母さんに殺されたほうが幸せでしょう?」
「違う、違う! 貴方なんかお母さんじゃない!」
「……そう」
ふうと溜息をつくと母親は手を伸ばし……「ひっ」とエリザが悲鳴をあげる横で、ドアの鍵がカチャリと開けられる音がする。
「なら、好きにしなさい。貴方の納得いくように死んでみるといいわ」
ドアの鍵が開いた。
その事実だけを希望にエリザは家から転がり出て、走り出す。
「殺されたくなったら帰ってくるのよー!」
そんな狂気に満ちた声を聞いて、エリザは走る。
どうすれば、何処に行けば。
「ぎゃべぼっ!」
ちょっと神経質なお隣の家のおじさんが、窓から血塗れで投げ出される。
身体が絞って捻った布のようになった「おじさん」が道に転がり落ち、苦悶の表情がエリザを見上げる。
「ひっ! あ……」
「あら、エリザちゃん! すまないね、うちの馬鹿亭主が! ついでにどうだい? 知らない仲じゃないし、綺麗に殺してあげても」
「やああああ!」
ダメだ。
ダメだ。
お隣さんも、そのお隣さんも。
あちこちで悲鳴が聞こえてくる。
一体何処に行けばいいのか。どうすればいいのか。
「そうだ、騎士様……!」
詰め所の騎士。そこなら、このおかしな状況をなんとかしてくれるはずだと少女は走る。
あちこちで聞こえてくる悲鳴に立ちすくんでしまいそうになりながら。
この道の先にある、騎士の詰め所へ。
そこまで行けば、きっと。見えてきた建物に歓喜の色を浮かべ……突然、その手をぐいっと引っ張られる。
「やあ……もぐっ!」
路地裏に引っ張り込まれ口を押さえられたエリザは必死で抵抗し、自分を押さえつけているものを必死で蹴る。
もう少しで……もう少しで詰め所なのに、こんなところで。
「い、いて……いててっ! 落ち着けエリザ、僕だ!」
「たすけ、もが……っ、もが?」
「レントだよ。落ち着け、僕はいつも通りだ。いいか、騒ぐなよ。手を離すからな?」
エリザは自分を押さえつけていた手が離されると同時に振り返り……そこに、よく見知った金髪の少年の不機嫌そうな顔を見つける。
レント。近所の悪ガキの総大将で、なにかとエリザにちょっかいをかけてくる少年でもあった。
しかし、この状況となっては普段ケンカしてばかりのレント相手でもエリザには心強かった。
「お前、詰め所に行こうとしてただろ」
「そ、そうよ! お母さんも近所のおばさんも……あちこちで、皆変になって!」
「しっ、静かに! ……知ってるよ。親父とお袋も死んだ。それより、そこの詰め所はダメだ。おんなじだし、武器持ってる分タチが悪い」
「えっ」
「俺も見たけど、血塗れだったぞ。たぶん町全体がおかしくなってるんだ」
騎士の詰め所もダメ。なら、一体どうしたら。
「ちょ、町長さん……!」
「騎士でダメなのにあの狸野郎が無事なわけないだろ。外に行くしかねえよ」
「外って……で、でもどうやって……」
「へへっ、これ見てみろよ」
戸惑うように聞くエリザに、レントは腰に差していたショートソードを抜いてかざしてみせる。
「ちょ、レント! そんなの何処から……」
「だから静かに! 詰め所に行ったときに落ちてたのをちょっとな……大丈夫だって、こんな状況だから誰も怒りゃしないって!」
色々な感情が混ざって口をパクパクさせるエリザに、レントはそう言って笑う。
「安心しろって、エリザ。な?」
そう優しく笑って、レントはエリザに深々とショートソードを突き刺す。
「どうせ人類は皆死ぬんだ。なぁんにも怖い事なんてないって」
ショートソードが引き抜かれ、エリザはどさりと路地裏に仰向けに倒れる。
その顔を、いつも通りのレントの悪戯っぽい笑顔が見下ろしている。
その更に上……青い空を、黒々とした羽の生えた人のようなものの群れが飛んでいるような気もしたが……もう、少女には。
何も……何も、分からなかったのだ。
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