625 / 681
連載
連鎖崩壊2
しおりを挟むこのエリザの例は、世界を覆う悲劇のたった一例に過ぎない。
そして、もっとも分かりやすい一例に過ぎず……もっとも哀れな一例である。
……たとえばの話。
エリザのいた街のように街の多数がおかしくなっておらずとも、一つのコミュニティを壊すには足るのだ。
たった一人。
たった一人の「敵」がいるだけで、最低五人は死に至る。
それは「殺すつもりの者」と「日常を生きている者」の差であり……その「敵」がつい今の瞬間まで談笑していた者だった場合、その衝撃たるや如何なるものか。
混乱と、恐怖と……疑心。
信じていたものが信じられなくなり、それでも何処かに希望を求めて人々は逃げ惑う。
とある小国では王が死に、とある街では誰もが誰もを疑い殺しあった。
あいつが。
きっと、あいつは。
人々は日常の中で己が心の内に育てていた疑心を剥き出しにし、ぶつけ合う。
……そう、これは実に恐ろしい事実である。
アルヴァクイーンに……グリードリースに引き起こされるまでもなく、人類はこの光景をその内に描いていた。その可能性を、その内に秘めていたのだ。
そんな事は無いと思う者は、思い返すべきである。
あいつは疑わしい。
何か企んでいるのではないだろうか。
きっと、あいつはやる。
あいつはやるに決まっている。
必ず、あいつはやると思っていた。
こうした感情を、その内に秘めた事が無い者など居ない。
そして、そうした感情を向けられなかった者もまた少ないだろう。
それは誰もが秘めている心の穢れであり、しかし誰もが隠している薄暗いものでもある。
しかしそれは時として表に出てきて、高らかに謡い始める。
真実は此処にあり、人よ踊れと。
今起こっている光景は、それが一斉に出てきたに過ぎない。
グリードリースの引き起こした事によって刺激され、連鎖し広がっていく。
止める者こそ悪という風潮は、もはや歯止めなど効かない。
人類領域は徹底的に混乱し……その影響は、ジオル森王国にも及んでいた。
「助けてください神殿騎士様! これは亜人共の陰謀に違いありません! 奴等、きっとアルヴァと手を組んで怪しげな魔法を!」
「そうだ! 俺は見た! あの耳長野郎が詠唱もせずに魔法を使ったのを! あれはきっとアルヴァに人類を売って得た技に違いない!」
「ああ、だからこんな国に移住なんて嫌だって言ったのにあの人ったら……」
風の神殿に避難してきた「人間」達を見て、ネファスは心の中だけで深い溜息をつく。
彼等が神殿騎士様と呼ぶのは、風の神ウィルムから力を授かり「風の神殿騎士」と化したネファスのことである。
そうなる前は彼等と同じ「人間」であり聖アルトリス王国のアルヴァニア公爵家の息子……まあ、つまり大貴族であった。
当然選民意識も以前は相当にあったし、人間至上とまではいかずとも「勇者」と同じ人間種である事に誇りもあった。
今となっては同じ人類の中でそうした区別をつけるのは愚かしいと知っているし、「人類」や「魔族」という垣根ですらなんとかしたいと思ってすらいる。
……しかし、現実は「こう」である。
突然街中に殺人鬼が現れたというのが、今回の事件の発端であった。
談笑中に突然相手を殴り殺したという「それ」が何処の誰であったのか。
その情報ですら「男だった」「女だった」「人間であった」「シルフィドであった」と混乱している。
そして、そう混乱してしまうのはほぼ同時多発的に同様の事件が発生したからだが……いわゆる組織だった犯行というには、あまりにも不可思議で計画性に欠けている。
しかし単一で無関係な事件の連続というには、あまりにも似すぎている。
そうして情報が混乱し錯綜した結果、何人かの人間が「シルフィドがアルヴァと手を組んだのだ」とか「シルフィドによる人類征服計画だ」とか……まあ、そういうことをもっともらしく叫び始めたのだ。
困った事にそういう事を喚く人間ほど妙な行動力があり、「自分達はこの国においては少数派だから団結せねばならぬ」と同じ人間を纏め上げ、やはり「同じ人間」であるネファスの所へとやってきてしまったのだ。
すでに多数のシルフィドが避難してきている風の神殿に来てネファスに出会い頭に言った台詞が「迫害されたる我等を救い邪悪なるシルフィドを滅したまえ」だから、たまったものではない。
実はこいつこそ怪しげな何かなのではないかと現しの水晶を使ってみても普通の人間であったから、更にタチが悪い。
同じ避難者のシルフィドに絡み始めたときには「騒ぎを起こすなら追い出す」と脅したが……この調子では、ネファスが風の神殿から居なくなればいつ騒ぎを再開してもおかしくはない。
いや、それどころか「風の神殿」にいる神官はほとんどがシルフィドなのだ。
風の加護を持っている者が神官になるのだから当然なのだが……その神官の身すら危ういかもしれない。
「……」
どうしたものか、とネファスが考えていると……強力な風の加護によって得た鋭敏な感覚に、「それ」が引っかかる。
「……これは」
それは、重たい金属が連続で地面を叩くような音。
規則正しい音がこちらに向かってくる「それ」の正体に気付き、ネファスはまだ何かを叫んでいる者達をかき分けて風の神殿の入り口へと向かっていった。
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。