ワールドミキシング

天野ハザマ

文字の大きさ
10 / 35

9話

しおりを挟む
「コジマ、コトハ……ですか。いい名前ですね、遠竹君」
「ど、どうも」

 言いながら、瑞貴は溜息をつく。
 こっくりさんが狐という文字にこだわりがあると気付くまで、かなり時間がかかってしまっている。
 そういう事は、もっと早く教えてくれればいいのに、と瑞貴は聞こえないように呟く。

「さて、それでは向こうに帰る方法ですけど」
「あ、はい」

 何度も叩かれた頬をさすっていると、瑞貴の電話に着信が入る。
 相手は……茜だ。
 携帯の画面を覗き込んでいた琴葉が、瑞貴に明るく告げる。

「ああ、一つはそれですよ。帰る方法」
「え?」
「縁の繋がった相手に、向こうから呼んで貰えばいいんです。もう一つは、来た時と逆のプロセスを辿る事ですけど……」
 
 まあ、早く出た方がいいですよ、と琴葉は携帯に視線を送りながら語る。
 確かにその通りだ。
 瑞貴が慌てて通話状態にすると、静かな……しかし、よく通る声が聞こえてくる。

「ミズキ」
「あ、うん」

 電話口からでも分かる怒りを感じて、瑞貴は背筋が冷えるような感覚を味わう。

「気を抜くなって言ったよね」
「ご、ごめん」

 そう、悪いのは自分だ、と瑞貴は思う。
 茜に怒られても仕方がない。
 何しろ、うっかり引き裂かれるところだったのだから。

「いいよ。ミズキが無事なのは分かってたから」
「え?」
「言ったでしょ。私とミズキは縁でつながってる。ミズキに何かあったら、私にはすぐに分かる」

 瑞貴と茜の縁。
 それは、あの名前の事だろうか。
 でも茜の言葉には、それ以上の何かを感じて。
 瑞貴がその何かについて考える、その前に……瑞貴の視界は、滲んで歪んでいく。

 揺り戻される。自覚すると、その感覚がハッキリと分かる。
 でも、何故か。
 今までと感覚が……少し違うような、そんな気がした。
 そして瑞貴は元の世界へと、揺り戻される。

「ミズキ」
「……茜」

 もう夕方なのだろうか。
 赤く染まった教室で、瑞貴は茜の顔を見上げていた。
 瑞貴が座っているのは、間違いなくこちらの世界の教室の……自分の椅子だ。

「綾香と耕太には、先に帰って貰ったから」
「そっか」

 琴葉は、瑞貴の影が薄くなる……と言っていた。
 でも、綾香と耕太は幼馴染だ。
 影が薄くなった程度で瑞貴を見失うことなんてないだろう。
 こっちの自分が今までの時間をどう動いていたのかは瑞貴には分からないけが、茜が相当にフォローしてくれたんだろう、と瑞貴は感じた。

「……ごめん、心配かけた」
「別に。いいよ」

 ふい、と顔をそらす茜。
 赤く染まった教室。
 夕日の赤が、茜をも赤く染めて。
 茜には、やっぱり赤い色が似合うなあ……と。
 瑞貴は、そんな事を考える。

「それで。向こうで、何かあった?」
「あ、うん。それなんだけど」

 どう説明したものかと考えながら、瑞貴は琴葉のことを思い出す。
 そういえば、狐嶋という苗字は読み方だけでいえば耕太と同じだ。
 偶然ではあるが……琴葉がこちらにやってきた時に、耕太はどんな事を言い出すだろうか、と考えて瑞貴はクスリと笑う。

 だから瑞貴は思わず、想像してしまう。
 琴葉が、この教室にいる光景を。
 想像した、その時。
 瑞貴の視界が、歪みだす。

「ミズキ……? ミズキッ!」

 茜の声が、瑞貴の脳の中でぐるぐると巡る。
 この感覚を、瑞貴は覚えている。
 世界が遠くなるような。
 世界が近くなるような。
 世界が、混ざり合うような。
 これは、茜が来た時と同じだ。
 だが……あの時よりも、違和感が少ない。
 瑞貴の視界は戻り……気分も、すぐに良くなってくる。

「遠竹君。そろそろ完全下校時刻になっちゃいますよ?」
「なっ……」

 瑞貴の隣に現れた琴葉に、茜が後ずさる。

「……ミズキ。向こうで狐にたぶらかされてきたの?」
「ノー。たぶらかしてなんかいませんよ。貴方が赤マント?」
「狐と話すことなんか無い。答えて、ミズキ」

 目に見えて不機嫌な茜。
 だが、やましいことなんて何一つしてないという自信が瑞貴にはある。

「僕と茜の関係について話しただけだよ」
「イエス。遠竹君は貴方を信じてると言いました。だから確認しに来ましたが……貴方は、ボクの知ってる赤マントと随分違うみたいですね」
「納得したなら帰れ狐。ミズキに余計な事を噴きこむな」

 茜がみるみる不機嫌になってきているのを瑞貴は感じる。
 だが、昨日茜が自分は特殊だって言ってた事を瑞貴は思い出して……琴葉の反応を見るに、どうやら想像以上にそのようだと瑞貴は感じる。

「ノー、帰りませんよ。可愛い双子の弟が出来ちゃいましたし」

 弟。
 その言葉に、瑞貴は嫌な予感を感じる。
 まさか、と先程の自分の想像を思い返す。

「縁って、実に複雑怪奇ですね。まさかボクと遠竹君の結んだ縁が、こういう風に繋がるなんて思いませんでした」

 その意味を瑞貴が測りかねていると、廊下をドカドカと走ってくる音が聞こえてくる。

「姉貴!」

 入って来たのは、耕太だった。
 まさか、が確信に変わるのを瑞貴は感じる。

「何やってんだよもう……また瑞貴に絡んでんのか?」
「イエス、だって遠竹君って、からかうと面白いんですよ」

 狐嶋琴葉……が琴葉の名前のはずだ。
 でも、まさか。
 グルグルと瑞貴の中を考えがループする。
 しかし、そう考えるのが一番状況に合致している。

「あの、琴葉さん」
「何ですか? 遠竹君」
「ちょっと、ここに名前書いて貰えますか」

 瑞貴がカバンからノートとシャーペンを取り出すと、琴葉はサラサラと名前を書く。
 小島琴葉。
 どうやら世界は、狐嶋を小島に変換して琴葉を受け入れたようだ。

「遠竹君」

 琴葉は瑞貴の視線に気付いたのか、ノートを閉じながら笑ってみせる。

「ボクが狐嶋琴葉であることは、遠竹君だけが知ってます。だから、それを忘れないでくださいね」
「何言ってんだ? 姉貴」
「耕太には関係ない事ですよ。さあ、帰りましょう」

 瑞貴の返事を待たず、琴葉は耕太の背中をぐいぐいと押していく。

「また明日、遠竹君」

 どうやら、琴葉も同じクラスらしい。
 着ているのは……男子の制服のようだが。

「ちょ……ま、おい瑞貴! 古沢もお前の事気にしてたぞ! ちゃんとフォローしとけよ!」
「え? う、うん」

 押されるまま教室を出て行く耕太を見る瑞貴の視界を、回り込んだ茜が塞ぐ。

「ミズキ」

 茜が、今日一番の不機嫌な声を出す。

「な、何? 茜」
「私に心配させといて、自分は狐なんかと縁結んできたの?」

 目に見えて不機嫌なオーラを出す茜に、瑞貴は思わず後ずさる。
 茜に必死で言い訳をする中、瑞貴には一つの疑問が浮かんでいた。
 私の知っている赤マント……と、琴葉は言っていた。
 茜じゃない赤マントが、この近くにいるのだろうか? 
 少なくとも、琴葉の行動範囲内に居るか、あるいは居た、ということになる。

 赤マントは、普通は人を殺す。
 あの時茜が、そう言っていた事を思い出す。
 もし、赤マントがこの近くにいるのなら。
 耕太が……綾香が、狙われるかもしれない。
 ただの通行人Aにしか過ぎない瑞貴には、その脅威と恐怖に対して……一体、何ができるというのだろう。
 赤マントどころか、その赤マントである茜が一瞬で葬り去った四時四十四分の死神にすら敵わないのが瑞貴の現実だ。
 知らずに何も出来ないのと、知っていて何も出来ないのとでは大きな差がある。 どうすれば、何かを出来るのか。
 瑞貴とて、茜が強いのは分かっている。
 けれど、だからといって自分が何もしないというのも違う、と瑞貴は思う。
 漠然とした願いではあるが、何かが出来る自分でありたい。
 瑞貴は、強くそう思う。

「ミズキ。説明して、全部。黙秘権があると思ったら、大間違いだから」

 そして、瑞貴は思う。
 そんな未来の恐怖よりも先に対処すべきものが、ここにある。
 目の前の脅威と恐怖に対して、一体どう対抗すればいいというのだろう。
 本当に怒られるような事など何もしていないというのに。

 説明しても、それでもまだ疑り深げな茜をなだめながら、それでも二人並んで家に帰る。

「全くもう。授業が退屈なら私を見てればいいのに。ちょっと目を離すと、ミズキはすぐダメダメになるんだね」
「そ、そうかなあ。あの、ところで、手……」

 しっかりと茜に掴まれた手の暖かさと、くすぐったさ。
 何となく居心地が悪いような気すら感じて、瑞貴はそっと手をほどこうとする。

「ダメ。逃がさないから」

 茜は瑞貴をキッと睨むと、少し強く手を握って。
 瑞貴は、赤くなる顔を隠すように夕日を見上げるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/19:『ひるさがり』の章を追加。2025/12/26の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/18:『いるみねーしょん』の章を追加。2025/12/25の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/17:『まく』の章を追加。2025/12/24の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...