ワールドミキシング

天野ハザマ

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31話

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 机は、赤マントの攻撃範囲を限定する為の囮。
 約束は一撃だから赤マントが机に攻撃してくれれば、それでよし。
 蹴飛ばそうと刺そうと、あるいは斬ろうと瑞貴は赤マントの一撃をどうにかしたことになる。
 瑞貴が限定した状況で赤マントが最速の一撃を繰り出そうとするなら、上から来るしかない。
 刺突か斬撃かは賭けだったが……赤マントが斬撃が好きなのは充分に瑞貴は見た。
 剣の状態の六花は瑞貴には扱いきれない重さだが……両手で支えるくらいなら、出来る。
 そして、それさえ出来れば瑞貴でも上からの一撃を防ぐ事は可能だ。

「アンタが上手く引っかかってくれて助かったよ。モノを考えない奴だったら、こんなの不可能だった」
「……なるほどね。まんまとしてやられたわけだ」
「そして、約束だ。アンタは、攻撃を受けなきゃいけない」
「そうだな。まあ、一撃くらいならくれてやるよ」

 そう言うと、余裕そうに溜息をつく赤マント。
 だが、そんな余裕を許すつもりは、もう瑞貴にはない。

「琴葉さん」

 瑞貴は勝負が始まってから、ずっと含み笑いをしている琴葉に声をかける。
 やはり琴葉には瑞貴の企みがバレていたようだ、と瑞貴は思う。
 だからこそ、この作戦は生きてくる。

「ええ、ええ。分かっていますとも」

 琴葉の手の中に、青い火が生まれる。
 それを見て、赤マントが訝しげな顔をする。

「おいおい、どういうこったよ」
「どうも何も。僕は、僕の攻撃を受けろなんて一言も言ってない」

 そう、瑞貴の一番の狙いは赤マントが避けられないようにする事。
 今まで茜の攻撃を、赤マントは避けていた。
 だが、これなら。

「そして僕は、一撃を受けろとも言ってない」

 攻撃を受けろ、と。
 瑞貴はそう言った。
 つまり赤マントはこれからの攻撃を、防ぐ事は出来ても。
 避ける事だけは、絶対に出来ない。

「おいおい、そんなんアリかよ!」

 普通なら、無しだ。
 だが、琴葉ならば。
 瑞貴の曖昧な言葉を最大限拡大解釈して、契約とする。
 そして、こっくりさんの契約は絶対に破れない。
 これが、瑞貴の立てた作戦。

「さて。覚悟はいいですね赤マント」

 手の中の青い火を遊ばせながら、琴葉は笑う。

「よぉ、遠竹。やりやがったじゃねえか。今の使い方は合格点だぜ!」
「六花さんを信じてましたから」
「言ってくれるねえ!」

 剣の姿から人間の姿になった六花が、笑いながら瑞貴の頭を撫でる。
 そう、この作戦は六花無しでも成り立たなかった。
 もし六花が赤マントの攻撃を防ぎきれない何かだったなら、この作戦は最後の最後で失敗してしまう。
 だが、瑞貴は信じた。
 六花なら、赤マントの攻撃を防ぎ切れると。

「おまたせ、茜!」

 だが、その誰よりも瑞貴は、茜を信じている。
 例えこの作戦が成功しても、赤マントは攻撃を防ぐ事は出来る。
 だから、赤マントを倒せる人が必要だった。
 それが茜には出来ると、瑞貴は信じた。
 その信頼を感じて、茜は自分の中に流れる感情を再確認する。

「……ミズキのバカ。心配したんだからね」

 茜が、立ち上がる。だが、その手には銀色の槍はない。

「ねぇ、ミズキ。今度は、私を信じてくれる?」

 そんな問いかけ。悩むまでもないと瑞貴は思う。

「信じるよ。僕は絶対に、茜を疑わない!」
「ミズキ。私の事、好き?」

 瑞貴は、握る拳に力を込める。
 初めて会ったあの日。
 瑞貴は、望んだ理想を見つけた。

「……好きだよ。茜は、僕の理想の女の子だ。最初っから、一目惚れなんだ」

 だから瑞貴は、正直にそう告げる。
 その言葉を受けた茜は眼を閉じて、手を上に掲げる。

「そうだよ、僕は茜が大好きだ……もっと、もっともっと茜と一緒にいたいんだ!」

 自分と茜の恋の前に、立ち塞がる赤マントが、瑞貴には許せない。
 だから瑞貴は拳を握って、全力で叫ぶ。
 湧き上がる思いの強さに負けないくらい強く、大きく。

「茜……そんな奴、ぶっ飛ばしちゃえ!」

 閉じた茜の眼から流れ落ちるのは、涙。
 泣きながら、茜は笑っている。

「約束したよね。ミズキの憤りも、悔しさも。全部私が晴らしてあげるって。ミズキを悲しませるものは、一つ残らず私が貫いてあげるから。だから……待ってて」

 再び開いた茜の目に、強い光が宿る。
 茜の掲げた手の中に、赤い光が集まっていく。
 それは強く、激しく輝いて……赤マントが、驚愕の声をあげるのが分かる。

「私も、ミズキが好き。大好き。ミズキを、誰にも渡したくない」

 赤い光が、輝く。
 収縮していく光。
 それでもなお輝き、集まる光。
 茜の中から溢れ出る赤い光は、茜の手の中へ。
 全方向を照らすかの如く輝く光を見て、赤マントは恐怖する。
 何が起こるか、赤マントには理解できない。
 この感情が何であるかは、理解できる。
 だからこそ、理解できない。
 何故それが武器の形をとるのかが、赤マントには理解できない。

「だから、今こそ使いこなしてみせる。暴走しそうな、この感情を」

 茜の手の中の光が、大きな棒のような形をとり、茜はそれを強く握り締める。

「理解できる。これが、私の恋。誰にも譲りたくない、負けたくない。絶対に、勝ちたい」

 茜の手の中に集まった光が、赤い巨大な槍に姿を変える。
 怒りや殺意だけではない。
 憎しみや、義憤だけでもない。
 恋だって、戦いの原動力だ。
 恋するからこそ、人は自分を高め……時として、恋心をぶつけ合う。
 だからこそ、茜の恋は武器の形をとる。

「私の恋は邪魔させない。私の恋は、誰にも負けない。だからこれは、私の絶対無敵の恋の槍。そんな槍で防げると思うなよ、赤マント」
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