追い求めるのは数字か恋か

あまき

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「山色くんお疲れ様だったね。今手空いてる?」

こちらを心配そうに見つめつつも、真剣な表情は崩さない山崎課長に私もスイッチが切り替わった。

「…はい。無事に終わりました。消えたデータもある程度は修復できるかと」

そう言うと、これまで固唾をのんで成り行きを見守ってきた部署内の人たちから歓声があがった。

「よかったなぁ!」「いいい愛しい人って」「何があったかよくわかんねーけど、すごかったな!」「こ、こここここ告白」「PCカタカタ言わせて、映画かよってな!」「ぷ、ぷぷぷぶプロポーズ」

勝手なことを言われる中、折角なのでいただいたミルクティを一口飲む。「おいしい?」と聞いてきた冬木部長の声があまりに優しいものだったので、少し噎せてしまったのは許してほしい。

「さすが山色くん!あ、こちらね、人事部部長の沖田くん。僕の同期」
「はじめまして、沖田です。君の話は山崎からも、社長からもよく聞いているよ」
「はじめまして、山色です。恐縮です」
「社長にはまた後で話をするとして…じゃあ報告会を始めようか」

歓迎ムードから一変、厳しい顔をした山崎課長にフロアの空気が凍った。そうだった、この人は静かにキレるタイプの人だった。







「じゃあ、まずは現状報告から。山色くん」
「はい」

「事件当初からここにいた全員が目撃者だから」という課長の鶴の一声で、場所は移さずに報告会が始まった。当事者も含めて、今フロアにいる全員が注目する中で話し始める。

「現状、作業開始15分後にはウイルスは除去し、ファイルの書換は完全に停まりました。諸々の後処理は残っていますが、システム異常は見られません。他部署も通常業務に戻れます」
「ありがとう。手早くやってくれたんだね。深山くん、すぐにアナウンスを」
「はい」

放送機器のところへ走っていく楓先輩を見送ってから、今度は人事部長が手を上げる。

「人事部長の沖田です。それで山色さん、被害は?」
「このPC本体に入れていたであろう個人所有のデータと、サーバー内にある企画開発部が保有するデータ全てです。本機システムサーバーは守られました」
「なるほど」
「ただ、本日0時の時点で別サーバーに全データのバックアップがとってありますので、昨日までのデータなら全て復元可能です。バックアップ後のデータに関しては全ては難しいですが、相談は受け付けます。あと問題のPC内部の個人データにつきましては、時間をいただいても9割が限界かと」
「なるほどね」
「すみません、ちょっといいですか」

沖田部長が頷きながら私の報告を聞いていると、隣に座っていた蒼汰くんがふっと手を挙げて会話に参加する。

「あの、これすごいことなんで。皆さん分かってないでしょうけど。今回書き換えられたのがここまでで食い止められたのは"上等"なんですよ。穂先輩がいなかったら、この15分間で社内メインシステムが吹き飛んで本機サーバーも終わって、全データ消えてましたから。毎晩バックアップとってるのも、バックアップにないデータの復元も、穂先輩だからできる話なんで。簡単なことじゃないんで」
「蒼汰くん、いいから…」
「言わなきゃ殴られ損でしょ」
「私たちはやるべき仕事をしたんだよ」
「それでも殴られることも罵倒を受けるのも俺たちの仕事じゃないですよ」

その言葉にはっとさせられた。よくあることだろうが稀にあることだろうが、受けなくていい痛みは身体にも心にも必要なくて、これは仕事には当てはまらない。自慢がしたい訳でも認められたい訳でもない、ただ人間としての尊厳を守りたい、そんな蒼汰くんの意思は私という人間を守ってくれて、思わず目の奥が熱くなる。

「…ありがとう、蒼汰くん」
「先輩よく言ってるじゃないですか。こんなんじゃ後輩が育たないですよ。エンジニアなんて仕事いやんなる」
「そうだね。ごめんね。私も間違ってた」
「分かればいいんですよ、分かれば」

にいっと笑った蒼汰くんに、私も笑い返した。もう大丈夫。私もいつも通り、冷静に戦える。



「…いやぁ、恐れ入ったよ。ありがとう。本当によくやってくれたね」

沖田部長の言葉に私たちも向き直って気持ちを切り替えた。

「まぁこれを機に外部ディスクを淹れないって規約、改めて考えてもらいたいね」
「面目ありません。それに関しても、もう一度僕の方から部内で周知させます。…ねぇ?みんな」

冬木部長の一言でこの場にダイヤモンドダストが吹き荒れた。いつも人々が彼をどんな風に思っているのか、手に取るように分かる部内の様子に一つ息をこぼした。






「それと…犯人の特定はできたかい?」
「それについては俺から。システム開発課の横山です。金本さんがUSBを受け取ったとされる男性の名刺から当たってみましたが、その…」
「?どうしたの」
「この会社存在していませんでした」
「うーん」

「ちょ、!そ、そんなはずないわよ!」

蒼汰くんの言葉に金本さんが声を上げる。確かに、つい今朝まで自分が商談をしていた会社が存在しないなんて、前代未聞なことだろう。慌てるのも無理はない。

「管理局にも連絡しましたが、架空の住所とあるはずのない建物名、使われていない携帯番号…おそらく、名前も偽名かと」
「そ、そんなのって…」

まぁ事件が起きたときから分かりきっていた話ではあるし、これまたよくある話でもあるが、素人が改めて聞くと衝撃的だよなぁ、と思いながらも、蒼汰くんが作業していた隣の机から名刺を受け取って見る。☓☓株式会社、営業…特定のヒントになり得そうな情報はなさそうだ。

「…金本くん、だったかな?君はどうやってこのUSBを手に入れたのかな?」
「か、彼…契約日の今日、契約書を持ってくるのを忘れたって言って…で、でもデータの入ったUSBなら持ち歩いているから、会社に戻ったらここから開いて確認してくれって……締結の返事は中身を見てから電話かメールでいいからって言われて…」
「…どれだけペーパーレス化が進んでも、そんな契約締結の仕方あるわけ無いと思いますけど」

呆れてため息をつく蒼汰くんの言葉に金本さんは益々項垂れていく。そんなこと本人も今痛感しているところだろう。

「金本くん。今の君にできることは、少しでも情報をひねり出すことだ。この人物のことで何か気になることや思い出したことはないかな?」

沖田部長の問いかけに彼女は考える様子を見せるも、思いつくことはないようで首を振る。

「…いえ、なにも…あ、でもだいぶ前…彼の電話が鳴った時、登録名が確か"トヨケン"で…」
「よくそんなとこ見てんな」
「っ、別に!人のスマホじろじろ見る趣味はないわよ!ただ…不思議な名前だったから、お友だちですか?って思わず聞いちゃったのよ…」
「あまり参考になら無い情報だな」

「うーん」
「なぁ、山崎。もうそのUSBメモリを警察に提出して、後は被害届を出して捜査してもらうしかなさそうだな」
「うーん…」

沖田部長の言葉に山崎課長も顎に手を当てる。課長がそのままこちらを見るが、私も黙って首を振ることしかできなかった。金本さんは「もう少し思い出してみます…」なんて言っているが、今のまま何の情報もなければ特定も難しい。


「…どう思う?冬木くん」
「…"責任"という話ならば、私を含め部署の誰一人として彼女が契約を取ろうとしている取引先のことを気にかけていなかった時点で、この件に関しての責任は彼女だけではないかと思います」
「そうだね」
「彼らへの指導はまた僕から改めて」
「それは冬木くんに任せるよ」
「…それと、金本くんの処分についてですが、人事部部長と社長に一任します」
「、!ふ、冬木部長…」
「それと、もちろん僕の処分も」

ざわりと、周囲が動揺した。

  「な、なんで冬木部長まで…!」
  「そんな、冬木部長が辞めちゃったら」
  「俺たちこれからどうすれば…」

ざわめきが大きくなるにつれて、フロアの熱量が膨れ上がる。冬木部長を頼りにしているのは分かるが、彼頼みにし過ぎている人たちの声は、聞いていてあまり気分の良いものではない。思わず頭を抱えた。

「…まったく、こいつら自分の保身ばっかですね……って、穂先輩?どうしました?」

蒼汰くんの言うとおりだ。これならまだ望みはなくとも何か他にも思い出そうとしている金本さんの方がよっぽどマシだ。

「ううん…別になにも。USBの持ち主に早くたどり着ければいいんだけど」
「そうですね。ヒントが"トヨケン"だけじゃなんとも」

やはり昨日のカラオケオールが効いているのか、それとも午後の暖かい日差しが降り注ぐデスクに座っているからなのか。先程からズキズキ痛む頭は寝不足故かと自嘲して目頭を押さえると、今朝まで一緒にいたあの若者二人の顔が浮かんだ。彼らも今日は無事大学に行けたのだろうか。若いから一晩のオールなんてそんなに困ることはないのかもしれない。情報工学を選考していて、今は出された課題であるロボットを作成している二人組。確か、それは外部講師が担当する講義の課題だったと言っていたな。その外部講師の名は…

―"トヨケン"の授業だよな―
―トヨケン?―
―トヨダ、…―

「………っ、ケンタロー!」

「は?」
「みっなさ~ん!社長のお出ましよ~ん!」

突然立ち上がった私に驚いた蒼汰くんと、意気揚々と社長を連れてやってきた楓先輩の声が重なった。突然の社長のお出ましに目を丸くする周りをよそに、私はポケットから個人用のスマホを取り出した。


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