うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

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撲!滅!アシッドマン!

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『ヒュォォ…オォォォ~…』

建物の屋上に息を殺して潜み、眼下の様子を窺う。こうしていると、闇に紛れる忍者かダークヒーローにでもなったようで気分がいい。

仁菜さんは駅に向かって去って行った。幸いそれでストーカーと思しき人物がおかしな行動をとることも無かったので、ひとまずはホッと胸を撫で下ろした。

歩道といった歩道のない細い道路。脇に白線すら引かれていない。そんなアスファルト道路を電柱に据えられた街灯だけが照らしている。だがそれもかなり離れた間隔で並んでいるだけで、ほかにコレといった光源はない。民家から洩れる明かりが、多少は暗さを紛らわせている程度。

そんな暗い夜道に潜む不審者が、遂に動き出した。

肩を竦めるようにして路地から出てきたのは、黒いTシャツにジーパン姿の男。人の気配がなくなってから姿を現したところが、如何にも怪しい。

(ん…あれ?でも通り過ぎたな…)

しかし不審な男は瀬来さんの住んでいるアパートの前を通り過ぎると、そのまま角を曲がった。

どういうことだ?オレの感じた気配では、アイツが今までで一番怪しいぞ。そう腕を組んで考えてみるが、どうも腑に落ちない。

(まぁ…ぜんぜん関係ない人だったのなら、別にいいんだが…)

なんて思っていたら男が角を戻ってきた。そしてキョロキョロを首を振って周囲に人気のないのを確認すると、足早に扉の開放されたままのエントランスに飛び込んだ。

(やっぱりか!奴め、一度建物の周囲をまわって、外から瀬来さんの部屋の明かりでも確認していたな。くそう、オレもよくやるよ。初めてのお店に入る時とか)

男が階段を駆け上がる。二段、三段と階段を飛ばしながら。靴はスニーカーで、駆け上がりながらも膝や足先のクッションを使い足音を立てないようにしているのが見てとれる。

だが、その様子に心底ホッとした。

ヤツの動きは並みの人間。うむ、超人ではない。ダンジョンで力を得た能力者なら、この時点でもうその力を使っているだろう。鷹でもライオンでも、獲物に喰らいつく時は全力で襲いかかるものだからな。

視える男の髪は黒の直毛。顔はコレといった特徴はないが、しいてあげるなら能面のようで陰気な印象か。だが、今は浅ましい欲望の興奮と期待の為か、その口元を歪ませて薄く笑っているようにも見える。

ストーカー男がアパートの三階にまで辿り着いた。階段を一気に登ったことで上がった息を殺し、腰を屈め、首を伸ばして左右の廊下を確認している。そして瀬来さんの部屋である301号室の開け放たれた扉を視て、ニタリと笑みを深くした。

姿勢を低くしているのは、オレの潜んでいるマンションの住人に姿を見られたくないからだろう。

そんなストーカー男がひたひたと301号室の開け放たれた扉に忍び寄り…、突然上から降ってきたスライムに襲われた。

「…っ!むがぁ!むぐぐっ!!…ッ!」

映画やドラマよろしく、突然背後から袋を被せられ誘拐される人のように頭から粘液を浴びせかけられたストーカー男。

解説しよう。

突然上から降ってきたスライムは、オレが予めトラップとして瀬来さんの部屋の前の天井に薄く伸ばして張り付かせていたスキルで生み出した粘液。ソレを追加の魔力で操って、スライムのようにストーカー男に襲いかからせたのだ。

「うぐぅ…!ぐももぉ!」
「ウッサイ、いいかげん暴れるな(ボコッ)」

向かいのマンションの屋上から跳躍し、粘液ロープで瀬来さんの住むアパートに移動すると、ストーカー男の顎を小突いて気絶させる。

「師匠ッ!終わった?!」

物音に部屋から瀬来さんが顔を出す。いつでも逃げ出せるように足にはスニーカーを履き、怖かったのか手には護身用に持たせたミニバールをきつく握りしめている。

「ああ、終わったよ。警察と仁菜さんに連絡よろしく」
「う、うん!」

…。

戦いは終わった。

実にあっけない幕引き。だがこれでいい。

ダンジョンで力を得た能力者と、本気で街中異能バトルを繰り広げるなんてとんでもない。勝っても負けても、器物損壊やら傷害などでオレまで罪に問われてしまうのだから。

そして最悪は、オレが死んだり相手を殺してしまう事。

そうなっては何も良い事がない。異世界や江戸時代よりも前ならば盗賊や強姦魔など切り捨て御免で済んだろうが、現代の日本は法治国家であり、法を犯せば警察に捕まってしまう。

ストーカーだからといって、問答無用でぶっ殺してしまう訳にはいかないのだ。

(どれ、警察が来る前にふん縛って所持品を検めるか…)

と、倒れ伏す男のそばに屈みこむ怪人蟲男の図。この場に警官が来れば、抜いた拳銃の銃口がオレと男のどちらに向くかは、想像だに難しくない。

(はいはい折り畳みナイフ…ギルティだ。これで瀬来さんを脅すつもりだったのか?どれ、通信端末はどうだ…?)

ストーカー男の通信端末を弄ってみる。

と、画像フォルダには良く解らない不審な写真がいくつもあった。瀬来さんを隠し撮りしたモノは当然予想していたが、きったない廃屋とか、人気のなさそうな路地とかそんな写真が…。

ッ!…そこで唐突に理解した。

(クッ!コイツもしかして、攫って廃屋に監禁したりすることまで計画してたのかッ!?)

すると急にムカムカと胸が悪くなる。

コイツがどこまで本気だったかは解らない。が、少なくともチャンスがあればそれを実行に移すつもりだったのだろう。現にこうして、瀬来さんの部屋の前まで侵入してきているのだから。

「師匠、連絡おわったよ。あ…、私、この男に何度か話しかけられたことあるかも…」

報告のために再び部屋から顔を出した瀬来さんが、廊下に倒れ伏して意識を失っている男の横顔を見て暗い顔でつぶやく。

「どんな事を話したか覚えている?」
「ううん。ブツブツと声がすごく小さくって、何言ってるのか聞こえなかった…。場所は大学の近くとか、駅とかで…怖かったからすぐその場を離れたし…」

「そうか。でも、もう捕まえたから安心だよ。瀬来さんは部屋に戻ってて。縛り終えたら呼ぶから」
「はい、おねがいします師匠」

瀬来さんはオレに頭を下げ、チラリとストーカー男の顔を一瞥すると扉を閉めた。瀬来さんの事だから、怒って伸びてる男の頭を蹴りつけたりするかとも思ったけど、よほど怖かったのかそんな素振りは一切見せなかった。

とにかくストーカー男を用意した結束バンドとガムテームで拘束だ。

オレも腹が立ったので、手足の拘束だけでなく、顔もガムテームでグルグル巻きにした。目も耳も口もガムテープで塞ぐ。鼻だけ出てれば充分だろう。

(ハァ、しかしなぁ…)

それでもまだ腹の虫は治まらない。警察に引き渡して、裁判が行われて、刑罰が決まって服役したとしても…。その何年後かにはこのストーカー男は、また世に放たれてしまうのだ。

オレも瀬来さんからストーカー問題を相談されて、すこしだけ調べてみた。

すると強制性交等罪の刑罰は5年以上の有期懲役らしいが、刑事裁判で執行猶予がつけばすぐに自宅にだって帰れてしまうという。さらに示談が成立すれば、刑罰にだって問われなくて済むというではないか。

執行猶予は3年以下の懲役刑又は禁錮刑の場合しか付かないらしいが、コイツにどんな判決が下されるかは解らない。

(だが、そんな甘い事で許されていいのか!?もし瀬来さんがココで強姦されていれば、彼女は心に一生癒えぬ傷を負うことになるのだぞ!そんな彼女の苦しみを、5年やそこら服役しただけでチャラ?うむ!そんなコトは断じて在り得んッ!執行猶予や示談などもってのほかだッ!!)

うむ、結論は出た。

ダンジョンでは食うか食われるか。ストーカー男が瀬来さんを喰らうつもりでいたなら、自身もまた喰われる覚悟がなければならない。

よって法で裁かれる前に、オレが勝手に捌かせてもらおう。

裁くなんて烏滸がましい事は言わないよ。うん、勝手に捌かせてもらうだけ。ただこの男がしようとした様に、それをただ返してやるだけだ。

さぁ!おまえには実験台になってもらうぞ!!

スゴゴゴゴゴゴ…ッ!

(昂ぶれアシッド…!ほとばしれオレのソルト…!)
『スゴゴゴゴゴゴ…ッ!びきゅーーんッ!!』

体内で練られた気がどんどんと魔力に変換され溢れていく。そしてその魔力をもってスキルを発動し、ストーカー男の体内にそれを無理やり流し込しこんでやる。

…。

『バタムッ…バタムッ…』

サイレンは鳴らさず、パトランプだけを光らせたパトカーが静かにアパート前に到着した。向かいのマンションの外壁が赤く染まり、チカチカしている。

「(コンコンコン)瀬来さん、パトカーが来たよ」
「(ぱたたた…ガチャ)あ、ホントだ」

「オレはこの格好じゃ不味いから消えるよ。ベランダまで部屋のなか通らせてね」
「あ、ハイ。でも警察にはなんて言えば…?」

「『襲われたところを一撃でのした』ってことにしといて」
「…は、はぁ」

「じゃ、そういうことで(しゅば!)」

ベランダから脱出し、再び屋上に身を隠す。

サイレンこそ鳴らしてはいないが、パトランプの光に『なんだなんだ?』と近隣住民が窓から顔を覗かせている。なので今移動するのは人目があって不味い。

そこで建物の屋上に仰向けになり夜空を見上げると、先ほどまでは雲に隠れていた月が昇っていた。

(………)

オレがストーカー男に対し行ったこと。それは呪いと言い換えても良いだろう。なぜならば、ヤツの金玉をガッチガチの塩漬けにしてやった。

それ故にもはや性欲に苛まれて、良からぬ事を考えることも無いだろう。

そしてスキル【強酸】により体内の酸性度を数倍化しダメージ、血管年齢も一気に加齢した。なのでヤツはこの先、ボロボロに老いた血管とじわじわ溶け出す金玉をガッチガチに固めた岩塩により、極度の高血圧で苦しむことになるだろう…。

ま、実際そう巧く出来たかどうかは経過をみない事には解らないが、たぶん出来たと思う。

(命は奪わなかった。だがこれでヤツの人生において、もう他人に感けている暇など無くなった事だろう…)

これぞオレ的ハンムラビ法典。

自分では悪くない落し所だったと思っている。が、もしオレの死後にでもこのノートを読んだ奴がいたなら、ぜひ感想を聞いてみたいものだ。

『アンタなら、どうする?』ってな。

ちなみにハンムラビっていうのは、王様のことらしいぞ。
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