うちの冷蔵庫がダンジョンになった

空志戸レミ

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公私、という言葉がある。

公とは、社会に向けられた個人の意識またはその認識。私とは、その個人のみに向けられた自身の意識や認識。公私混同や利己主義、個人主義などといった言葉も、その意識や認識から生まれる。

そしてまた別の側面からみれば、公とは個人が他者からどう見られるかを意識した顔、ともいえる。

だが今まで働いたこともなければ恋人のいたためしもなかった糧品瑠羽には、他者に自分をどう見せるかといった顔が存在しなかった。その為、いつも素の自分を見られることを恐れ、ビクビクと怯えていた。

しかし、怯えていた時代はすでに終わった。

江月という恋人ができたことで、自分を相手によりよく見せようという意識が芽生え、変わったのだ。それからは親友で異性からとてもモテる瀬来万智と仁菜静絵を見倣い、他者から良く思われる仕草や表情といったモノを、学んでいったのだった。

そんな彼女を指導をしていた江月もまた、「戦う時は、自分をだれにも負けない最強の戦士と思ってごらん。料理をする時は、自分を天才料理人だと思って料理してごらん」といったペルソナ式マインドアップ法を伝授していたので、根が真面目で素直な糧品瑠羽はそれをそのまま実践し続けていた。

(そうだ。わたしは最強のアイドルなる…。そしてみんなに、強くなる方法をおしえるんだ…)

その声を届けるには、振り向いて耳を傾けてもらわねば始まらない。その為にはまず、アイドルとなって世間の注目を集めなければならない。

記憶に浮かび上がってくるのは、たくさんの悲しい出来事。

怒鳴り声をあげ迫ってきた人に、突き飛ばされて倒れた時。うなりをあげて加速し、自分達を轢こうと車が迫ってきた時。どうしてこんなことをするのかと、とても悲しかった。

モンスターと戦っていて手が届かず、悲鳴をあげながら引き摺られていく人と目が合った時。その一瞬一瞬が深く刺さってしまったトゲのように、今も瑠羽の心にチクチクとした痛みを走らせる。

(だから…。あんな悲しいことが、また起きないように…。わたしが変われたように、みんなも強くなれればきっと…)

それを願い、糧品瑠羽は今日も熱心にアイドルへなる為のレッスンに取り組むのだった。


…。


テレビ帝京のプロデューサー・八重樫小五郎は野球帽にグラサンといったいつもの恰好で、播磨プロダクションを訪れた。テレビ業界というのは少々特殊で、裏方であってもそうやってキャラ立ちしていた方がなにかと都合がいい為である。

「やぁどうも、コンチハ」
「アラま、八重樫さんさんじゃな~い!やだもぉ、おひさしぶりぶりぃ~!!」

その甲斐あって顔の半分以上を隠しているにも関わらず、事務所に入っていっても不審者とは思われずこうして歓迎してもらえる。

「ハハ、組苑ちゃんも相変わらず、絶好調だねぇ」

そうして迎えてくれた事務所側の人間は、仕事での付き合いももうだいぶ長くなった振付師。それに八重樫も気心の知れた笑みを返す。

相手もまた自分と同じ苦労人で、アイドル歌手として売り出したもののたいして売れず、苦悩のバックダンサーを続けたりしたのち、振付師という立場で今も頑張っている。どういうわけか途中から、すっかりオネェキャラになってしまったが。

「そうよォ~、ワタシはいつだって絶好調なの!で、今日はなんの御用かしら?」

顎に手をあて、そうウインク混じり返してくるに組苑に、八重樫も苦笑交じりに用件をきりだすことに。

「いや、新しくデビューさせる子達の件なんだけどね。スポンサーからせっつかれて。ホラ、今UFOの子たちが、弾けてるだろ?」
「あ~!あの子たち!スゴイ人気よねェ~」

ふたりは頭の中で、デビューした瞬間から爆発的人気を博したダンジョン能力者の女子高生たちだけで結成されたMJ13のことを思い浮かべる。

「ああ、それがあるもんだから、コッチも早くデビューさせろってね…」
「う~ん…。でも売り出す側の者として言わせてもらうなら、13の子達ってば、てんで素人じゃない?元気で覇気があるのはいいけどぉ、歌も踊りもサッパリでしょ??」

「ハハ、組苑ちゃんは相変わらず手厳しいねェ。でもそんな初々しい姿が可愛いとか、成長していく姿を観るのが嬉しいって、そういうファン心理もあるんだよ」

そう返されると、組苑も腕を組んで考え込んでみせる。

「それもまた、時代よねぇ…。ワタシなんか散々、歌がダメ踊りがダメって、いっくら練習してもテレビで使ってもらえなかったのに…」
「いやいや。組苑ちゃんのガンバリは、ボクもよく知ってるよ。だからこうして、使うって決まってる新しい子を任せてるんじゃない。キミのガンバリは、ぜんぜん無駄になってないよ」

それに肩を竦めて組苑も笑う。いくら自身の過去を振り返ってみても、もう変えようはないと解かっている。

「ハァ…。ふふ、なんか愚痴っちゃってゴメンなさいね。もちろんそんなことは承知してるんだけど、八重樫さんの顔みたら、つい甘えたくなっちゃったのかしら」
「そうかい、でも長い付き合いなんだ。お酒くらいなら付き合うよ。それで、あの子たちは今、どんな調子だい?」

「もぉカンペキ~ッ!!って、言いたいところだけど…、まだ芸能界のイロハについては教え込めてないわ。だからまだちょっと不安なのよ。歌や踊りに関しては、なにアナタたち超人なの!?ってくらいにやってくれるんだけど…」
「そうか…。じゃあ、そこはウチの方でも面倒みるし、マネージャーも経験の長い者をつけてやれるかな?そうすれば少しは期間を短縮できると思うんだが」

「ん~どうかしらねェ。慣れてるマネージャーを引き抜かれて、ほかの子が不満に思わなきゃそれも可能だけど…」
「ま、そこは無理のない範囲で頼むよ。なにごとも、無理をしても碌なことがないからね」

「もぉ…、さすがは歴戦の八重樫さんね。そうやって、希望をねじ込むのが巧いんだから」
「そんなことないさ。無理をせず、よろしく頼むよ組苑ちゃん」

そう言うと、瑠羽たちの顔を見ていかずにいいのかという組苑からの誘いを断り、八重樫小五郎は播磨プロダクションを後にするのだった。
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