【完結】私は最後にあなたの幸せを願う

今川みらい

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【序章】ベルレアン王国編

レアン・アングラーズ(カリーナ視点)

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 エアリスが侯爵家に来てから、早くも1ヶ月が経っていた。

 私はその間、エアリスの事を知ろうと、暇さえあれば彼と一緒に過ごし、あれこれ質問した。

 分かったことは、エアリスは器用で、要領が良いけど飽きっぽくて、面倒くさがりで、体力がなくて、時々冷めた目つきをする、ミミズが苦手な17歳の青年だった。

 私の質問に、嫌々ながらも一応答えてくれるエアリスが、自身の家の事についてだけは、一切話そうとしなかった。

 よほどの事情があるのだろうか。
 私はエアリスが心配になった。

 そんなエアリスは私の向かい側に座り、執務を手伝ってくれている。

 エアリスは痩身の体躯に、青みがかった黒髪、真夏の突き抜ける青空のような、紺碧色の綺麗な瞳をしていた。
 その瞳は涼しげな切れ長で、どこか冷淡な印象を与えた。

 エアリスは執務を教えても、物覚えが早く、仕事がとても早かった。
 しかし、飽きるのも早くて1、2時間すると集中が切れてしまい「ちょっと散歩してくる」と言って、どこかにふらっと行ってしまった。

「エアリスは字も綺麗だし、計算も早いし、とても優秀ね」
「…俺よりも優秀な奴なんて、いっぱいいるよ」

 エアリスは吐き捨てるように、そう言った。
 そんなエアリスの態度を、私が疑問に思っていると、階下が急に騒がしくなった。

「カリーナ様!」

 バタバタと走って、執務室に飛び込んで来たのは、侍女のマリーだった。

「そんなに慌ててどうしたの?階下が騒がしいようだけど…」
「エアリス様のお兄様だと名乗る方がいらっしゃいました!」

 そう一息で叫んだマリーは、走って来たからか、頬が紅潮していた。

 あれ?以前、私がエアリスに兄弟はいるのかと聞いたら「いないよ」と言っていたけど…
 私はエアリスの方をチラッと見たが、彼は涼しい顔をして執務を続けている。

「えーと、エアリス?あなたお兄様がいるの?」
「さぁね。取りあえず行ってみたら?」

 エアリスにそう言われ、私は戸惑いながらも階下へ降りた。
 玄関の近くで、女性の使用人達が集まり、なぜだかキャーキャー騒いでいる。

「何をそんなに騒いでいるの?侯爵家の品性が疑われるから、静かにしてちょうだい」

 私はそう言って、彼女達をたしなめた。
 そして私は玄関の扉を開けると、外に立っていたエアリスの兄だと名乗る人物を見た。

 私はその人物を見て、一瞬息を飲んだ。

 光輝く銀髪に、深い深海のような瑠璃色の瞳は少し目尻が下がり、優しい甘さを感じさせる。引き締まった長身の体躯には、軍服のような濃紺の服を身に纏っていた。

 エアリスも顔が整っているけれど、また違った雰囲気なので、あまり似ているとは思えない。

「初めまして。私はローレル侯爵家長女のカリーナ・ローレルと申します。あなたは…」

 そう問いかけると、私を凝視していた相手は、ハッと我に返った。

「失礼致しました。私はアングラーズ王国の王太子レアン・アングラーズと申します」

 そう言うと、美しく洗練された動作で一礼した。
 アングラーズ王国は、侯爵家があるベルレアン王国の領地から程近い場所にある、隣国の軍事大国だった。

 あまりに高貴な身分のその人に、私は驚きのあまり言葉を失った。

「初めまして、カリーナ様。この侯爵邸で、私の弟がお世話になっていると言う情報を得まして、こちらに参りました。青みがかった黒髪の、青い瞳をしたエアリスと言う名の17歳の青年です」

 王太子殿下が口にしたその人は、紛れもないエアリスと同じ特徴だった。
 でも、エアリスは事情があるらしく、家には帰りたくないと言っていた。
 侯爵家にエアリスがいると、認めて良いのだろうか…

「レアンお兄様」

 私が思案していると、突然、背後から声が響いた。
 私は驚いて後ろを振り向くと、いつの間にかエアリスが立っていた。

「エアリス。探したんだよ」

 王太子殿下は、エアリスを見てそう言った。
 やっぱり、探していたのはエアリスだったのだ。

 と言う事は、エアリスもアングラーズ王国の王子──

 その事に気がついた私は再度驚いて、エアリスをまじまじと見つめた。

「え、何?」
「いえ…エアリスって王子殿下だったのね。気がつかなくてごめんなさい」

 大国の王子殿下に執務を手伝わせ、畑仕事までさせてしまった。

「畑仕事させたのを後悔してるの?」

 エアリスはニヤニヤしながらそう言った。
 私は恥ずかしくなってうつむいた。

「畑仕事したの?それは貴重な経験だね」

 そう言って、王太子殿下は可笑しそうに笑った。
 それを見て、私はますます自分が恥ずかしくなった。

「ところで、エアリス。どうして何も言わずに、宮殿から出て行ったの?お父様とお母様も心配しているよ」

 その問いに、エアリスは何も答えず押し黙った。

「──あの、良ければ屋敷に入ってお話しませんか?」
「ありがとうございます。そうさせて下さい」

 私の問いに、王太子殿下は整った笑顔を見せてそう答えた。




「この度は、エアリスがご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ありませんでした」

 目の前のソファに、浅く腰掛けた王太子殿下は、私に深々と頭を下げた。

「そんな、迷惑では…」

 むしろ王子殿下であるエアリスに、畑仕事を手伝わせてしまった私の方が謝りたかった。

「ここに来る前は、どこにいたんだい?エアリス」

 王太子殿下の問いに、私の隣に座っているエアリスはまた押し黙った。

「あの…ベルレアン王国のエヴェスト山にいたのを、私の父が見つけて、ここに連れて来たのです」
「そんなところに…」

 王太子殿下は驚いたように、目を見開いた。
 隣のエアリスを見ると、つまらなそうに目線を下に向けていた。

「エアリス。私は君を迎えに来たんだ。一緒に帰ってくれるよね?」
「今はまだ帰りません」

 ずっと押し黙っていたエアリスが、キッパリとそう言った。

「どうして?」
「宮殿での生活はうんざりです。それに私がいなくても、何も問題はないかと思いますが?」

 下を向いていたエアリスが、挑むような目つきで王太子殿下を見据えた。
 その場に、ピリついた空気が漂った。

「あの…王太子殿下…」

 私はその空気に耐えきれず、思わず口を挟んでしまった。

「レアンと呼んで下さい。カリーナ様」
「え?」

 思わぬ返しをされて、私は一瞬何を言われたのか分からなかった。
 王太子殿下はなぜか、じっと私を見つめてくる。
 その深い深海のような瞳に、吸い込まれそうになる感覚を覚えた。

「カリーナ様。私と結婚しませんか?」
「えぇっ?」

 驚き過ぎて、うわずった変な声が出てしまった。
 け、結婚?
 冗談を言っているのよね。きっと。
 私は助けを求めるように、隣に座るエアリスを見た。

「からかい過ぎですよ。お兄様」

 それを察したエアリスが、助け船をくれた。

「からかってなどいません。カリーナ様、私は本気です」

 王太子殿下はそう言うと、私に向かってにっこりとほほ笑んだ。
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